◇24-2
タリス夫人と話をしていた、その時だった。
「お話中失礼いたします、ダルナード夫人、タリス夫人」
そんな、少しか弱い声が私達を呼んだ。声のする方に目を向けると、とある女性が一人立っていた。
「お初にお目にかかります、ダルナード夫人。わたくし、バレーヌ子爵の妻、アニエス・バレーヌでございます」
だいぶ緊張気味のように見える。まぁ、こちらは大公家で、彼女は下位貴族のご夫人だからか。けれど、それにしてもおどおどしているような……
「その……恐れながら、ダルナード夫人にご相談をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか……?」
「バレーヌ夫人」
そして、隣のタリス夫人の槍のような声がその場をぴしゃりと一刀両断した。……怖いな。
「ダルナード夫人に対してそれは失礼に値するのではなくて? まずはお手紙をお送りしてからご相談するのが筋でしょう」
「あっ……もっ申し訳ございませんでしたっ!」
焦りを見せつつ頭を下げた夫人は、だいぶ困惑している様子だ。だけど、注意は必要だけれど、タリス夫人は強く言いすぎなようにも見える。
「初めまして、バレーヌ夫人。ご相談とはどういったものかしら?」
「ダルナード夫人」
「良いではないですか。せっかく私に声をかけてくださったのですから」
その言葉に、タリス夫人は口をつぐんだ。もう知らないぞ、とでも言ってくるだろうか。
「その、見ていただきたいものがございまして……」
斜め後ろに立っていたメイドが持っていたものを見せてきた。大体、宝石箱くらいの箱かな。手のひらサイズくらいの。
「これに、見覚えはございますでしょうか……?」
「箱……?」
……見覚え、だいぶありますね。この、麻の葉模様や縞模様などが組み合わさった幾何学模様が箱の全面に描かれている。これ、寄木だ。
「実は、これはいただきものなのです。普通の箱と違って特殊な開け方があるようなのですが、お恥ずかしながら忘れてしまいまして……頂いた相手の方も忘れてしまい……」
「これを開けてほしい、という事でしょうか」
「あ、あの、実は新聞で暁明王国に関する記事の中にこれと同じ模様のものを見たのです。中々ない模様ですから、これはもしかしたら暁明王国で作られたものなのかもしれないと思いまして……」
あ、はい、そうです。正解です。見覚えあります。
「もしこれが暁明王国で作られているものでしたら、開け方を教えていただきたいのです。あっ、夫人のお手を煩わせるようなことは……」
私の機嫌を悪くさせないように、というよりタリス夫人に怒られないようにと思っているのか、彼女がそう焦っている時だった。
「アニエスっ!!」
少し遠くから男性の声がして、カツカツと足音が聞こえてきた。そして、バレーヌ夫人の肩に手を乗せた人物。
「だっ、旦那さ……」
「申し訳ございませんっ、妻がとんだ失礼をしてしまい……」
「あっ」
ガシッと彼女の後頭部を掴み、強引に頭を下げさせた男性は恐らく彼女の旦那だろう。それにしても、それはだいぶ乱暴なのでは?
しかも、強引だから夫人は箱を落としてしまうし。
「だから言っただろう、これは諦めろと!」
「で、でもこの中にはおばあさまの……」
「壊せばいいだろう! お前が模様が綺麗だからとこだわるから……」
「バレーヌ子爵、夫人、ダルナード夫人の前ですよ」
「あっ、申し訳ございません……! 妻のせいでご機嫌を害されていらっしゃるようでしたら……」
だいぶペコペコと子爵は謝ってくるけれど……あの、自分の奥さんなんだと思ってるの? 今、奥さんだいぶ顔真っ青で委縮してますけど。それに、その箱の中身が彼女にとって大切なものなのだとさっきまでの彼女の様子でよく分かったのに、だいぶきつい事を言うのね。
それでも夫婦か、と言いたいところではあるけれど……この貴族社会にとって政略結婚は普通の事。私も国際結婚であり政略結婚だった。だから、相手と結婚した時点で愛がない方が普通なのだ。
「スイラン」
今度は誰だ、と一瞬思ったけれど、声で分かる。私の座るソファーのちょうど真後ろに立つ男性は……私の旦那様だ。
そして、私の肩に手を乗せつつ後ろから首を伸ばして私を見てきた。
「何かあった?」
「いえ、旦那様が出るほどのことではありませんよ」
微笑んだ旦那様に微笑み返し、バレーヌ夫人に視線を向けた。ちょうど箱を拾って旦那の顔色をうかがっている様子だ。
「ダルナード大公閣下! お会い出来て光栄です! 私は……」
そんな子爵の言葉をよそに、彼女に手を伸ばした。その箱を渡して、と言わんばかりの顔を向けて。
その様子に、子爵は言葉を止め驚愕していた。
「あっ、あの、ダルナード夫人! もうその箱は……」
「それは、簡単には壊せませんよ」
「えっ……」
「これは、私の母国である暁明王国の職人が丹精込めて作った作品です」
その言葉に、子爵はまたもや驚愕していた。というより、青ざめていた。バレーヌ夫人は、箱を凝視し驚いている様子だ。
確かこれは日本の技術とかだったかな? 詳しくは知らないけど。暁明って中華ファンタジーでは? と思いたいところだけどそこは黙っておこう。何でもアリのファンタジーだ。
この箱は、固い木で作られている。そして、塗料も燃えないものらしい。だから簡単には壊せないのだ。まぁ、機械か何かで思いっきり叩けば凹むかな?
そして、バレーヌ夫人はポケットのハンカチで箱を拭いてから、恐る恐る私に渡してくれる。
あんれま、底の下の面の端にある小さな焼印。やっぱりこれはあの狸ジジ……島一番の大工であるおじちゃまが作ったやつか。
「へぇ、とても繊細な模様だ。だが、ここに傷が付いているが……まるで強く地面に落としたように見えるな。どうだ? バレーヌ卿」
「えぇと……」
旦那様、さては見てたな?
「これは、開け方を知らないと絶対に開けられないからくり箱です」
「は、はい、そう聞きました!」
「からくり……へぇ、こんなに小さいのに」
一番上には四角と三角の幾何学模様が組み合わされて四角の形を作っている。これを開けるには、この三角と四角のパーツを手順通りに少し動かさないと開かないのだ。
「このサイズは、7回仕掛けかしら。ならまずは……」
と、側面をそっと下に2cmほどスライドさせた。
「あら……」
隣のタリス夫人も、このからくり箱に興味があるようだ。隣からじっと見ている。
上の面のパーツを覚えている手順通りにスライドさせ、そして最後に大きく右にスライドさせると……よし。
「開いた……!」
「はい、どうぞ。とても素敵なネックレスですね。これはもしや、アクアマリンですか?」
中には、とても素敵なネックレス。水色の宝石がこの会場の明かりに反射して輝いている。
「これは、私の祖父が祖母にプレゼントしたもので、形見なのです……本当に……ありがとうございました……!」
ネックレスを見ては涙を流す夫人に、ホッとした。よかった、ちゃんと開いて。さっき箱に衝撃を与えてしまっていたからどこか引っかかるんじゃないかって思ってたんだけど、上手くいってよかった。。
「へぇ、見事な仕掛けだな。見ただけでは普通の箱にしか見えないし、手順を見るに仕掛けが分からないと素人は開けられない」
「貴重品を仕舞うために考えられた箱なんですよ。暁明の船を作る大工達は、まずこれを作ることが出来れば一人前って言われるんです」
まぁ、それを言っていたのはあのおじちゃまだけど。あの人はこれを作るのが好きだから、勝手に言って作らせてただけだし。言わないけど。
「なるほどな……一寸の計算ミスがあればちゃんとした箱にならない。そして、硬さもあるとなると扱い方も難しそうだ」
「はい」
うちの島一番の大工さんであるおじちゃま(意地悪なジジイ)はこれを作っては私に箱を開けさせた。
これが開けられなければだのなんだの煽り文句を言ってくるから、子供の頃の私もムキになって開けてたっけ。今では良い思い出……いや、良い思い出じゃないな。泣かされたし。
「暁明王国の船の技術が高いことは、この箱を見てよく分かりましたわ。素晴らしいからくり箱です」
「タリス夫人もおひとついかが? 貴重品を入れるのに最適ですし、このままインテリアにするのもよろしいかと思いますよ」
「では、お言葉に甘えて一つ購入させてください。そうですね、中には何を入れましょう……旦那様の浮気の証拠でも入れましょうかね」
……それは、恐ろしいな。さすがタリス夫人といったところか?
「……それは、夫婦円満の秘訣ですか?」
「さぁ?」
そう言いつつ、バレーヌ子爵を睨みつけていた。あ、なんとなく分かった。
「タリス卿は浮気するほど暇ではないと思うが」
「ふふ、いずれ、ですわ。閣下もお気をつけあそばせ」
「心配には及ばないさ。私は可愛い妻に寄り付く変な虫を払う役目で忙しいからな」
「あらまぁ、それは失礼しました。夫婦円満は、ダルナード夫妻に相応しいお言葉でしたわね」
「お褒めいただき光栄だ」
……あの、旦那様、私を後ろから抱きしめてそんな恥ずかしいこと言わないでくださいますか。周り見てるから。馬車から降りる前までわんこだったのに、いきなり紳士で大人な旦那様モードに切り替わって対応出来てないんだから。
「これは、我々も見習わなくてはなりませんね。ね? バレーヌ子爵」
「そ、そうですね……じ、実に素晴らしい、とても模範的なご夫婦でございますね! いや〜閣下にそんな……」
おぉ、開き直った。しかもゴマすり始まったし。調子の良い事を言うけれど、もう少し自分の奥さんの方に目を向けてあげないといけないんじゃなくて?




