◇22
「……旦那様、起きてます?」
「……」
「起きてますよね?」
外は明るくなっているのに、ぎゅ~っと抱きしめられて布団の中から出られない。今日、デートしようって言ったのどこの誰ですか。
「……起きたくない……」
ほら、起きてた。
「お出かけはどうするんですか? 私、楽しみにしてたのに」
「……よし、起きる」
抱きしめていた腕が解かれて、ようやく起きられると思っていたらキスをされた。おはようのキスらしい。おやすみなさいのキスもしてくるけれど。だいぶ恥ずかしいけれど、どうにかして慣れたいところである。
「スイラン、おはよう」
「おはようございます、旦那様」
「……オリバーって呼んでくれないの?」
また来たか……たびたびそう言われるけれど……ちょっと恥ずかしい。名前を呼ぶだけ、と思っていたけれど……中々に難しい。こんなイケメンスパダリわんこの名前を呼ぶのは……照れるというか、何というか。
「……旦那様」
「ははっ、スイランは恥ずかしがり屋だね」
……はぁ、どうしたものか。旦那様の満面の笑み、外の太陽より眩しすぎてどうにかなっちゃいそう……
まぁ、それより、お出かけの日だったから今日は晴れて良かった。よし、早く準備をしよう。
どこに行くのかは分からないけれど……何の用事もないお出かけなんて、楽しみね。
本当は、あのお茶会のように旦那様とお揃いの服にしたかったけれど……仕方ないか。シャレニアだと、デートではお揃いの服を着るみたいだから、あとでブティックに予約を入れておこう。
そう思っていたのに……素っ頓狂な顔をしてしまった。
「……あの、旦那様、それって……」
何故、私とお揃いの服を着ていらっしゃるんだろう。それ、いつ用意したのかな……?
けれど、あれ? どうして、手で口を押えてるんです……?
「あの、旦那様?」
「……すっごく可愛い……マジで美人さんで似合いすぎて俺困っちゃうな……」
確か、陛下方とのお茶会の時にもお揃いのものを着たはずなんだけど……すっっっごくいい笑顔で「綺麗だ、似合ってる」って言われてノックアウト寸前だった時とはまるで違う。これはこれで恥ずかしいが。美人さんとかやめてほしい。
でもさ、自分の方も見てほしい。この人顔も整ってるし背も高いし体型もいいから何着ても似合う。もうかっこいい。……とは絶対口に出さないほうがいいと思う。ここで言ったら出かけられなくなりそう。
「今日は独占させてね、俺の天使さん」
てっ……
「……も、じゃないんですか?」
「だって、邪魔してくる奴がいるだろ、いつも。今日は俺優先な」
「あ、はい……」
はぁ……何てこと言い出すんだこのわんこは。こっちの心臓が持たないからやめてほしい、本当に。
けれど……邪魔してくる奴? もしかして、アドラ達も入ってる? 邪魔とか、していない気がするんだけど……?
そう考えると、いつもと変わらないのでは? と思いつつ、二人で玄関を出た。
「どうぞ、姫さま」
「……ありがとうございます、旦那様」
馬車のドアの目の前で、旦那様が手を貸してくれたけれど……姫さまって……私、ダルナード夫人なのですが? けど……笑顔が、眩しい。
旦那様に、姫さま、なんて呼ばれると……何というか、くすぐったいというか……おにぎり事件の時は殿下って呼ばれたし……
「いかがなさいました、姫さま?」
そう言いつつもニコニコ楽しそうに隣に座ってくる旦那様。向かい側に座ると思っていたからちょっと驚いたけれど……それは、ずるい。
「……もう勘弁してください」
「ははっ、スイランは本当に可愛いなぁ」
クスクス笑いつつも私と手を繋いでくる。
「こ、これからどこに行くんですか……?」
「ん~、まだ秘密。デートスポットで人気のところだよ」
デートスポット……あ、まぁ、一応今日はデートだし、私達夫婦だし……
でも、デートだなんて初めてだから……大丈夫かな。そう内心思いつつも旦那様と他愛のない話に花を咲かせた。
そして、少しすると馬車が停まる。
「さて、着いたかな」
「え?」
「スイラン、今日は楽しもうね」
と、隣の旦那様にキスをされた。いきなりはやめてください。
到着したみたいで馬車を降りると、なんとなく公園のような場所が見えた。緑がいっぱいだ。そしてその奥に、湖みたいなものが見える。
「ここ、ですか?」
「うん、スイランはボートって乗った事ある?」
「ボート……」
あ、湖に船がいくつか浮かんでるような。あれがボートか。まぁ、あれよりはるかに大きな船に乗った事はあるけれど……ボートは初めてだ。どんな感じなんだろう。
ちょっと期待しつつも湖に向かって二人で腕を組み歩いているけれど……視線を感じる。見たところ、貴族の人達が何人もいる。この大公家の家紋の描かれた馬車があったから驚いているのかな。
まぁ、あの王城ほどではないから気にしないでおこう。
「天気、晴れてよかった。最高のボート日和だね」
「日差しは少し暑いですけど……湖の上は涼しいですか?」
「涼しいと思うよ。屋根も付いてるし。早く行こうか」
もう予約はしていたらしい。ここの管理人らしき人に、お待ちしておりましたと言われた。そして豪華なボートを用意してくれたようで、白に金色の装飾がされたとても綺麗なボートに案内された。というか、でかっ。湖に浮かんでる他のボートより大きくないですか?
さ、どうぞお乗りください。そう言われると先に旦那様が乗り、続けて私が旦那様の手を掴んでボートに乗った。わ、揺れた。
ボートにはゆったりとした大きさの椅子があり、私達はそこに座った。
「ごゆっくり、お楽しみください」
と、ボートは乗り場から離れた。ボートは私達ではなく使用人が漕ぐらしく、連れてきた使用人が端に立ち漕いでくれる。ちょっとやってみたかったな、とは言わないでおこう。
あ、ボートだから揺れる、と思ったけど、そんなに揺れなかった。屋根もあるし涼しいから快適かも。
「どう?」
「全然揺れないです」
「でしょ。だから結構人気があるって聞いたよ」
なるほど、だから今流行りになってるのか。こんなに快適だと、貴族の方々が気に入りそうだな。
「ちょっと怖い?」
「あ、いえ……」
「本当に?」
……どうして、そこまで聞くんだろ……あっ。
私は、無意識に旦那様の腕に抱き着いていたらしい。焦りつつもパッと離したけれど、今度は腰に手を当てて引いてきた。近すぎる……まさか、無意識でやってしまっていたとは。だから、そこまでニコニコしてたのね。
「俺が落とさせないから大丈夫だよ。だから安心して」
……恥ずかしい。
まぁ、今まで乗った事がある暁明の船よりはだいぶ小さいから心もとない船ではあるけれど、それほど怖いものではない。それに、海じゃなくて湖だし。落ちるのは危険だけど、波が来るわけじゃない。
「あの、別に怖いわけではないんですけど……落ち着かない、と言いますか……」
「そっか。少ししたら慣れると思うけど、それでもダメだったら言ってね」
「はい」
……波は来ないけれど、いきなり何かにぶつかって大きく揺れちゃったらどうしようって思ってしまう。
私、ビビリなはずじゃないんだけどなぁ。
「旦那様、って、泳げます?」
「ん? もちろん泳げるよ。騎士は全員教育を受けてるからね。もし海に投げ出されてもスイランを抱えて泳ぐのは簡単だ」
「へぇ……じゃあ、任務とかで必要になったりするって事ですよね」
「そうだね。まぁどんな任務に必要かってところは言えないけど、それに特化した特殊部隊もいる」
「特殊部隊……な、なんかかっこいい……」
そ、そっか、任務とかそういうのは重要機密とかだよね。すごい、やっぱりこの人凄い人だ。
……けど、そんなすごい人が、何故私の隣で不満気な顔をしてるのだろうか。
「特殊部隊がかっこいいの?」
あ、なるほど。そこか。
「普通と違う部隊ってすごいじゃないですか。きっと入るの大変なんですよね?」
「普通の騎士だと無理だけど、俺なら余裕で入れる」
「……張り合わないでください。そんなにすごい部隊を率いているのが旦那様なんですよね? 十分にカッコいいじゃないですか。騎士の皆さんの憧れの存在なんじゃないですか?」
「本当? かっこいい?」
「かっこいいですよ」
「嬉しい」
と、キスをしてきた。いきなりのわんこに驚きはしたけれど……笑いそうにもなった。旦那様は王国騎士団総括なのに。そんなの、かっこいいに決まってるじゃないですか。
「私、騎士団に入りましょうか」
「絶対ダメ」
「かっこいい王国騎士団総括様に憧れてるんだけどな~」
「俺が全身全霊をかけて守るから、代わりに俺の事癒して? 俺の奥さん」
と言いつつもまたキスをしてきた。あの、使用人がそこにいるの分かってます? それとも分かっててやってる?
全身全霊、ね。この人どれだけ強いのか知らないけれど。でも仕事姿とか見てみたいな。きっとかっこいいよね。
そんな他愛のない話をし、楽しいボートデートを満喫する事が出来た。
けれど、ボートから降りた私達に、声をかける人達がいた。
「あら、閣下?」
閣下、とは旦那様を呼ぶ時によく使われる名前。
後ろを振り向くと、見たことのある方がいた。
「こんなところで閣下と夫人にお会い出来るなんて思ってもみませんでしたわ。ご機嫌よう」
「お久しぶりです、閣下、大公妃殿下」
トメラス公爵と、夫人だ。結婚披露宴でもちゃんと挨拶をした。その時にも思ったけれど、やっぱりお二人はとてもお若いし、仲がよさそうだ。
「閣下も夫人とボートですか? 今人気ですものね。私達もボートを楽しんだ後なのですが、いかがでしょう、この後ご一緒に食事は。これも何かの縁ですし、私夫人ともっとお話をしてみたいと思っていましたの」
お食事……私達、お弁当持ってきてるんだけどなぁ……
でも、相手は公爵。なら、このお誘いは断らないほうがいいのかな。
「今は妻とのデート中でね。今日は妻を独り占めしたいんだ。すまないが断らせてくれ」
「……そうでしたか、それは失礼しました。ではまた今度」
……あの、すごく恥ずかしいのですが。独り占めって最初に言っていたけれど。でも、サラッと言っちゃうんだから本当に凄いよね。
ではまた、と二人と離れた。
「……いいんですか?」
「公爵達と食事したかった?」
「いえ」
公爵達との食事なんて何話したらいいか分からないし、あんなマズい料理を食べるなんて無理だ。せっかくのデートなのに。
というか、旦那様に質問しておきながら即答で答えてしまい、自分の口はだいぶ正直だなと呆れてしまった。
「せっかくのデートなのに、邪魔されたら困るでしょ」
まぁ、気持ちは分からなくはない。初めてのデートだし。
「じゃあ公園行こっか。お腹空いたでしょ」
「はい」
それに、せっかくコック達が丹精込めて作ってくれたおにぎりをちゃんと食べなくちゃ悲しませちゃう。
「……あの、ここ公園ですよ」
「知ってるけど」
「座りませんからね、そこには」
「恥ずかしがり屋だね~」
公園の木の下に敷いた布の上にあぐらをかいた旦那様は、あろうことかここに座れと自分の膝を叩いてきた。今公園に一体何人いると思ってるんだ。絶対に座らないからな。
楽しみすぎてしまっているのも考えようだ。
「今日のお弁当はおにぎりですよ。鮭も入ってるみたいです」
「へぇ、それは嬉しい」
さらっと流して隣に座りお弁当を開いた。こういうスキルを身に付けた方がいいのかもしれない。
お弁当を覗くと、聞いていた通りおにぎりがいくつも入っていて、から揚げにとお弁当の定番料理も詰め込まれている。きっとこれはリーファだな。
「はい、あーん」
「……」
困ったな。この眩しい笑顔に逆らえるほどのスキルは持ち合わせてない。恥ずかしすぎる。




