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魔女と邪龍の使い方  作者: 中島とととき
魔女と邪龍の使い方
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第十話 人間性の証明


「お待たせしました。これなら、メルキルエトに向かえますよね」

「…………あぁ、大丈夫だと思うよ。すぐに出発できる?」

「ええと、ちょっとだけ時間を下さい」


 腐敗の影響によって柔らかく崩れた大地の上、邪龍の存在は影も形もなくなって、代わりにそこにいたのはヨシュアと名乗る従者の姿。……これってそういうことだよな。


 広い龍の背に積み込んでいたのか、地面には小型の荷車も現れていた。無造作に周囲に転がる積み荷を荷車に積み込む時間を、魔女は欲した。魔女と従者が二人がかりで荷物を積み込んでいくところを、俺は離れた位置から眺めていた。


 一抱えほどの木箱が二つ、小ぶりの樽が三個、それからいくつかの袋。何に使うかは知らないが、彼女達の大荷物は俺にとっては大変好都合であった。

 空いたスペースに魔女が乗り込んだのを合図に、従者が荷車を引き始める。泥状になった地面で車輪はさぞ引きにくかろうに、従者が殊更力を入れているようには見えなかった。


 荷車と共に、従者は俺の前に立った。相も変わらず感情の薄い顔、その左目には血の流れ出た跡がある。それなのに、肝心の傷跡はどこにも見つからないのだ。この所業を回復魔法によるものだと思える純粋さを、俺はとっくに捨てている。


 あっちもこっちも人間じゃないものばかり。やっぱり世界は人類にとって過酷な場所だ。


「お待たせしました」

「案内を、頼んでいいか」

「もちろん、任せてよ。メルキルエトまで、二名様ご案内ってね」


 俺は持ち込んでいた魔術式のランタンに明かりを灯した。太陽の光が完全に失せた今、こんなにも堂々と壁外を歩くのは自殺志願者か馬鹿しかいない。でも、


「魔物が出たら、守ってくれるんでしょ?」

「……出てこられるものなら」

 

 ということらしいので、俺はそのどちらでも無いってことが示されたね。

 そんじょそこらの魔物よりももっとずっと危険な存在を引き連れながら、俺はメルキルエトもとい尊い犠牲の都市に向けて映えある一歩を踏み出した。



□ ■ □



「それで、結局従者殿が邪龍ってことで合ってる?」

「……概ね合っている」

「ヨシュアさんは邪龍じゃないですよ」


 二人で違うこと言わないでくれないかな。


 集合場所であるネシュの森と都市メルキルエトとは、歩いて移動するにはちょっとダルさを感じるくらいの距離があった。もっと近くでも良かったかもしれないが、この胡乱な二人組との待ち合わせを都市の近くで決行するほど、俺は楽観的な人間ではなかった。

 実際魔女は邪龍の背に乗って来たしな。もうちょっと都市に近かったらガンガン警鐘をならされてたよ、絶対。


 人間の歩行速度かつ魔物に一切襲われないという条件下なら、徒歩二時間くらいの道程だろうか。この長い時間を、折角面白い話し相手がいるっていうのに、無言で歩き続けるなんてできる? できないよね。できないだろ?

 だから俺は興味のままに、彼女達に色々な質問をぶつけてみることにした。俺はジャブなんて打たないよ、打つ必要のない相手には。


「でも、魔女殿が乗ってきたやつ、あれは従者殿でしょ?」

「……それは、そうです」

「やっぱり従者殿が邪龍じゃん。彼自身も認めていたしさ」

「邪龍、みたいな特徴があるのは確かです。でも、それでもヨシュアさんは邪龍ではないんです。……従者でもないですよ」

「俺はリリエリの意見に合わせる。俺は邪龍ではないし、従者でもない」


 総合すると、従者は邪龍っぽいけど邪龍ではない存在ってことね。よくわからないけど、峰を一個吹っ飛ばした力はたぶんこっちが持ってるんだろう。にしてもこの従者、ずっと適当なことばかり言いやがって。

 俺はあたかも納得した体で、「そうなんだ」とだけ返答した。邪龍と邪龍でないものの境を定義づける行為に、俺は意味を見出すことができなかった。もちろん、従者と従者でないものにも。


「……ヨシュアさんは、その身で邪龍を封じてくれているんですよ。貴方や、人々や、歴史の知っている邪龍ヒュドラとヨシュアさんは、別の存在です」

「へぇ。大変そうだね。魔女殿が封じたの?」

「広義では、そう言ってもいいのかもしれません。私自身でも、邪龍の一部を封じています」


 暴れまわっていた邪龍を従属させているのではなく、自分や従者の身体に封じて力だけをいいように使っている、って感じか。

 不死の肉体に腐食の力。欲しがる人間は星の数ほどいそうだし、正直俺もノーリスクなら欲しい。ただ、その分、デメリットも計り知れないほどあるのだろう。 

 例えば転移結晶が使えないこと。魔物除けの影響を受けること。魔女がやたらとアルセダ顔料三番――魔力を遮断する物質に固執していたことも、きっと邪龍に関係している。


「ところで、さっき従者殿になんか注射してたけど、アレなに? すごく見覚えのある緑色だったけど」

「ええと、なんて言ったらいいですかね。元気が出る薬、的な?」

「俺はアレがないと人の形を保てない」

「……ヨシュアさん。そう赤裸々だと、グラウスさんが誤解してしまいます」


 魔女が荷台の上で呆れた声を出した。いやいや誤解も何も、俺からしたら、二人とも絶えず化物だってば。

 ……という気持ちは当然胸の内に秘めながら、俺は適当に「大丈夫だよ」なんて言葉を口にした。何が大丈夫なのかは俺だって知らないけど、「それなら良かったです」と言う魔女の声には若干の安堵が滲んでいた。


 さて、今の従者の回答は、魔女と邪龍のなんたるかを探る重要な鍵だったんじゃないだろうか。

 従者は概ね邪龍みたいな存在で、元気が出る薬……たぶん魔力を断ち切る何かの力を借りないと人間のふりができない。で、その何かを魔女が欲していて、それを得る手段として人間の願いを叶えてくれているのだ。


 真偽も定かでない与太話のためにバルタラ山を登る人間は多くない。というかいない。

 数年、あるいは十数年ぶりに訪れた人間が俺で、だからあんなにも歓待した。いつも人間の形をしていられるわけじゃないから、俺に都市メルキルエトに入る手段を求めた。


 ……というのは殆ど俺の想像に過ぎないが、そうだとしたらなんて涙ぐましい話だろうか。俺がまた魔力を遮断するアイテムをちらつかせたら、もっと言うことを聞いてくれるのかな。


「従者殿ってやっぱり人間の姿でいたいの?」

「……いたい」

「そっか。それって、どうすれば叶うの? 俺、これでも顔は広い方でさ。協力できることがあるかもしれないよ」

「アルセダ顔料三番のような、極めて効率良く魔力を遮断する素材が必要です。それか、邪龍の力を成している魔力を一度吐き出しきれば、蓄積するまでの間は」

「魔力を、吐き出す?」

「バルタラ山の峰にしてみせたようなことです」


 つまり、見境なく辺りを腐り落とせばいいってこと?


 俺は落胆した。なんだ、自力でどうにかしようと思えばできるんだ。物で交渉するのはあまり強いカードにはならないかもな。

 そこまで考えて、俺ははたと気がついた。矛盾していないか。魔力を吐けば人間になれるのなら、この二人はどうしてアルセダ顔料を欲しがった? どうしてメルキルエトをこんなにも楽しみにしている?


「魔女殿さ、それって、俺の協力なんてなくても簡単に解決できるんじゃない?」

「……と、いいますと?」

「その辺適当に腐らせればいいだけじゃん。ネシュの森でも、メルキルエトでも、なんでも。そうやってパーッと魔力を使い切ったら、従者殿は人間でいられるんだろ」


 先ほどまできちんと受け答えしてくれていた魔女が、言葉を詰まらせた。

 からからと車輪の回る音が聞こえる。数歩後ろの荷車が、時折軋みを上げながら、それでも離れることなく俺の歩みについてきている。


 不況を買ってしまったかな。俺は堂々と背中を晒しているから、もしもの際には碌な抵抗一つできないだろう。もっとも、龍の魔女にコンタクトをとると決めた時点で、俺は全てを飲み込んでいる。


 小石か根でも踏んだのか、ガタンと大きく荷車が揺れた。それを契機に魔女が言う。俺の予想とは大きく外れた、降る雪のように静かで柔らかな声だった。


「……例えば、グラウスさんに世界をも滅ぼせるような力があったとして、それを自由に振るうでしょうか。振るわないとすれば、それは何故ですか?」

「うーん、難しいけど、人様に迷惑がかかってしまうからかな」

「私達も、同じです」


 彼女の響きに近いものを、俺はどこかで聞いたことがある。いや、折に触れて耳にしているはずだ。それは誰かと囲む食卓の前で。テレジア教の聖堂の中で。失くした友人の墓に向けて。


「私達もまた、人間だからです」


 ああそうだ。魔女の言葉は祈りに似ている。


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