表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

奏空と咲良。

フローライト第七十三話

ゴールデンウィークが開けて美園の学校も始まり、奏空のドラマは絶好調に視聴率を保っていた。主題歌も奏空のグループが歌っていてヒットチャートに乗っていた。奏空の忙しさと共に、咲良との間がどんどん冷めていっているような気がする。


「ねえ、奏空と喧嘩してるの?」と何日もすれ違いのように生活している二人を不審に思ったのか、美園が夕飯時に聞いてきた。


「喧嘩なんてしてないよ」と咲良は答えた。


「でも奏空がすごく元気がないんだよね」


「そう?」


「咲良もだしね」と美園は言うと「ごちそうさま」と箸を置いた。


 


咲良はどうしていいかわからずにいた。一つだけわかっているのは、おそらく自分が何か大事なことを見落としているということだった。


── 頭の中を整理して


そう以前奏空から言われたが、自分一人ではどうしようもなかった。いつも奏空のナビゲーションが必要なのだ。


(どうしたらいいの?)


咲良はわからなかった。でも別れたくはなかった。奏空のことだって好きなのだ。でもこないだのセックスはまずかった。感じないからといって利成のことを思いながらするなんて・・・。きっと奏空はよほど深く傷ついたのだ。


 


その日は珍しく奏空が早く帰宅した。


「眩暈がして・・・」と帰宅するなり奏空が言った。


「え?大丈夫?」


「ん・・・ちょっと寝る」」と奏空がまっすぐ寝室に入っていった。


咲良は夜ご飯はどうするのだろうと一時間くらいしてから寝室に行ってみた。


「奏空?」と声をかけたが奏空の返事がない。顔を覗き込むとひどく苦しそうに息をしていた。


「奏空?!」と咲良は奏空の額に手を当ててみた。


(熱い・・)


物凄い熱さだった。慌てて咲良は体温計を奏空の脇に挟んで熱を測った。


(四十度??)


「美園?!」と寝室のドアを開けて咲良は美園を呼んだ。


「何?」


「冷蔵庫から氷持ってきて。奏空が大変なの」


そう言ったら美園が奏空を見て顔色を変えた。


「わかった」と言ってキッチンに走っていく美園。咲良はスマホを取りだした。救急車を呼ぼうと思ったのだ。すると奏空が「咲良・・・」と小さく呼んだ。


「奏空?!大丈夫?!今救急車呼ぶから」


「いい・・・大丈夫だから・・・」


「何言ってるの?大丈夫じゃないよ。四十度も熱あるんだよ?」


そこで美園が「咲良、これでいい?」とアイスノンとタオルを持ってきた。


「うん、ありがと」と咲良は奏空の額にタオルで巻いたアイスノンを乗せた。


「奏空、大丈夫?」と美園が奏空のそばまできて言う。


「美園・・・大丈夫・・・」と奏空が少しだけ目を開けた。


「救急車呼ぶからね」と咲良がスマホを持つと奏空が手を伸ばしてきた。


「咲良・・・いいから。手、握って」


「奏空・・・」と咲良は奏空の手を握った。ものすごく熱かった。


「ごめんね・・・咲良・・・」


「何言ってるの?奏空は悪くないでしょ?」


「・・・ん・・・」と奏空がまた目を閉じた。


「奏空?」


今度は返事がない。


「咲良、救急車」と美園が言う。


「うん、そうだね」と咲良はスマホをもう一度握った。


救急車はすぐに到着して奏空を担架に乗せた。咲良は美園と一緒に救急車に乗り込んだ。


「奏空?」と咲良は何度か呼んでみた。でも奏空の返事はない。美園が「奏空・・・?」と泣き出した。


「美園、大丈夫だから泣かないで」と咲良は美園の手を握った。


 


救急病院についてから、点滴と解熱剤を打った。奏空はずっと目を閉じて眠っているようだったが、熱が少し下がってくると目を開けた。


「奏空?」と咲良は声をかけながら涙が出てきた。


「・・・咲良・・・」と奏空が言った。


「奏空」と美園が言うと、奏空が「美園・・・大丈夫だからね」と言った。


「ん・・・」と美園が涙ぐんでいる。


救急病院で朝までそうしていたが、熱はまだ下がらなかった。朝になって別の病院にまた救急車で移動した。


「奏空・・・」


昼近くになって奏空が目を開けたので咲良は呼んでみた。


「咲良?・・・美園は?」


「布団借りて寝てる。昨日の夜の間ずっと起きてたから」


「・・・そう・・・」


「具合は?どこか痛くない?」


「ん・・・大丈夫・・・」と奏空が手を伸ばしてきたので咲良はその手を握った。


「咲良・・・ごめん・・・」


「だから奏空は悪くないんだって。謝らないで」


「ん・・・でも、俺の方が逃げてたから・・・」


「いいんだよ。逃げて。私が悪いの」


「そうじゃないから・・・」


「奏空、ちゃんと考えるからまた教えて」


「・・・・・・」


「奏空がいなかったら私・・・生きていけない・・・」と咲良は泣いた。本心だった。


奏空がいたからわがままが言えたのだ。咲良は奏空がどこまで許してくれるだろうかと、いつもそんなことを無意識に思っていたことに気がついたのだった。奏空が自分を本当に愛してくれてるのだろうかと、いつもいつも本当は思っていた。


「咲良・・・俺も・・・咲良がいなかったら・・・死んじゃうみたいだよ」


「ん・・・ごめんね。早く元気になって」


「ん・・・」と奏空がまた目を閉じた。


 


奏空の事務所へ電話をかけてから明希へ電話をかけた。明希がものすごく焦った様子で病院まで駆けつけてくれた。少し熱が下がったと明希に言うと「良かった・・・子供の頃も一度あるからほんと焦ったよ」とホッとしたように明希は言った。


夕方になって夕飯におかゆが出た。奏空はまったく食べたくないと言ったが、咲良が無理矢理少しだけ食べさせた。美園は明希が連れて行くと言って、さっき帰っていったばかりだった。


夜に咲良は奏空のベッドに突っ伏したままウトウトした。不意に頭に何かが触れた気がして咲良は目を開けた。


「咲良・・・」と奏空が少し笑顔を作っていたので、咲良はホッとして奏空の顔を見つめた。


「ごめんね、事務所に連絡してくれたんでしょ?」


「うん、しておいたから安心して」


「ん・・・咲良、もう一回話そう・・・」と奏空が切なそうな表情で言った。


「ん・・・ちゃんと自分に向き合って考えるから・・・教えて」


「ん・・・今、話そう」


「今?今は休んで。熱があるんだよ?少しは下がったけど・・・」


「ん・・・でも話したい」


「じゃあ、気分悪くなったらすぐやめてね」


「うん・・・わかった・・・」


「ん・・・」


「咲良・・・どうやら俺は咲良のためにここにいるみたい・・・」


「私のため?」


「そうだよ。咲良を愛するためにここにきたんだよ」


「・・・・・・」


「だから咲良と離れようとしたらこんな状態になっちゃったよ」と奏空が切なそうな笑顔を作った。


「奏空・・・」


「咲良、前に味わいきらないと思いが残っちゃうよって言ったの覚えてる?」


「・・・うん・・・」


「・・・でもね、いつまでも味わいきれないものがあってね・・・それは欲すれば欲するほど渇いていくんだよ」


「うん・・・」


「・・・それが愛情なんだよ」


「愛情?」


「ん・・・愛して欲しい、愛して欲しいって思えば思うほど、失くしていくような感覚になる仕組みになってる」


「・・・うん・・・」


「そこにハマると地獄になるんだよ・・・」


「ん・・・」


咲良の目に涙が滲んできた。


「快楽もね、刺激を求めれば求めるほど物足りなくなっていくから・・・でも、それが悪いっていってるんじゃないんだよ?」


「ん・・・」


「だけど・・・咲良は・・・」と奏空がそこで言葉を詰まらせた。


「奏空?大丈夫?」


「うん・・・」と奏空の目から涙がこぼれた。


「咲良・・・俺が咲良を愛してるの・・・わかって欲しいよ」


「うん・・・奏空・・・わかった・・・ごめんね・・・」


咲良も涙で言葉を詰まらせながらそう言った。


「ん・・・」と奏空が手を伸ばす。咲良はその手を握った。


「もう少し眠った方がいいよ」


「・・・ん・・・」と奏空が目を閉じた。


個室なので他の誰もいない病室はしんと静まっていた。咲良は奏空の寝顔を見ながら、一番大切な人を失いそうになるまで気が付かないなんてと涙が溢れてきた。


(奏空・・・ごめんね・・・)


咲良はもう一度奏空の手を握りしめた。


 


色々検査をしたが、結局異常なしと出た。なのですっかり熱が下がった四日目には奏空は無事退院となった。奏空が「お世話になりました」とナースステーションに頭を下げてから通り過ぎようとすると、「すみません」と握手とサインを求められていた。


明希が一階で会計を済ませてくれていた。一緒に三人で表に出ると真っ直ぐ明希が一台の車の前まで歩いて行く。


(あ・・・)と咲良は思った。見覚えのある車だ。


「お久しぶり」と車から男性が降りてきて奏空に挨拶をしている。奏空がただ頭を下げた。


「咲良さんと奏空は後ろに乗ってね」と明希が笑顔で言う。


「すみません」と咲良が頭を下げるとその男性が頭を下げた。


「安藤さん、今度こっちにも曲作ってよ」と車に乗り込むと奏空が言った。


「え?それは無理でしょ?」と安藤と呼ばれた男性が答える。


「何で?利成さんとはやってるでしょ?」


「天城さんとはね、元々そういう契約だからね」


「ふうん・・・」と奏空がシートにもたれた。


「それより奏空君、身体もう大丈夫なの?」


「大丈夫だよ」


「無理しないようにね」と安藤がシートベルトを締めてエンジンをかけた。助手席には明希が乗っている。何となく慣れた感じだ。


車に乗っている間奏空は窓の方を向いたまま寡黙だった。咲良は珍しいなと奏空の横顔をチラッと見た。明希は楽しそうに時々安藤と話している。


マンションの前に着くと明希が「奏空、忙しいのはいいことかもしれないけど、無理しないようにね」と奏空に言った。奏空は「わかったよ」とつっけんどんに答えていた。


「じゃあね、咲良さん。美園とまた遊びに来てね」と明希が咲良に笑顔を向けた。


「はい、ありがとうございました」と咲良は頭を下げた。


 


部屋の中は出て来た時と同じままで何となく散らかっていた。美園は学校からまだ帰宅する時間ではない。


「あー何か疲れた」と奏空がソファに座った。


「大丈夫?休んだら?」


咲良が言うと奏空が笑顔になって「大丈夫だよ」と言った。


「咲良もここに来て」と奏空がソファの自分の隣の部分を手で叩く。咲良はいつもの奏空にホッとして隣に座った。


「咲良~」と奏空が抱きついてくる。これもいつもの奏空だ。


「・・・ほんと良くなって良かった」と咲良は言った。


「ん・・・心配かけてごめん」と奏空が咲良の顔を見つめた。


咲良が奏空の顔を見つめると奏空が口づけてきた。それからまた抱きしめてくる。


「わりとピンチだったね。今回は」と奏空が咲良の背中をポンポンと叩いた。


「・・・だいぶピンチだったよ」


「ん・・・そうだね・・・」


「・・・・・・」


咲良は無言で奏空の肩に頭を乗せた。


「だけどさ、明希もちょっとだよね」と急に口調を変える奏空。


「何のこと?」と咲良は奏空から身体を離して奏空の顔を見た。


「安藤さん。彼氏連れてくんなってんの」


「やっぱり彼氏なの?」


「そうだよ」


「そうなんだ・・・」


「安藤さんは何十年も明希が好きだったんだよ」


「え?何十年も?」


「そう。利成さんが昔バンド組んでた時のメンバーだからさ、二十年くらいは経ってるよ」


「えー・・・そんなに?」


「そう。おまけに明希が好きすぎて結婚もしてないの」


「そうなんだ。一途なんだね」


「一途か、物は言いようだね」といつになく棘のある言い方の奏空。


「何か奏空は気に入らないの?」


「まあね」


「珍しいね、奏空がそんなこというの」


「そう?俺結構好き嫌い激しいよ?」


「そんなことないでしょ?奏空は誰に対しても同じに見えるけど」


「えーそれはないよ。そうか、咲良って俺のことそんな風に見てたんだ」


「うん、だってそうでしょ?」


「んー・・・ほら、前のドラマの話し。俺が断ったのに無理やりやらされてって言ったら咲良が「いい身分だね」みたいなこと言ったでしょ?」


「あー・・・そうだね」


「断ったのなんて一度や二度じゃないよ?」


「え?仕事を?」


「うん、仕事もだけど・・・」


「何よ?」


「実は何人かに誘われたこともあってさ」


「・・・女性ってこと?」


「そう。でも全部断ったよ」


「ふうん・・・そこは怪しいけどね」


「いや、そう言われると思って言ってなかったけど、この際だから言っちゃうけど・・・」


「・・・・・・」


「女性も好きなタイプと嫌いなタイプがはっきりしてるからさ」


「そうなの?じゃあ、好きなタイプってどんなタイプ?」


「え?それはわかるでしょ?」


「わからないけど?」


「またまた。咲良じゃん」


「・・・へぇ・・・私ってどんなタイプなのよ?」


「お姉さんタイプ」


「・・・・・・」


「俺は年上好みなの」


「へえ・・・知らなかったよ」


「そうなの?知ってるかと思ってた。後、胸が咲良くらいの大きさね」


「・・・・・・」


「髪はショートカットで少し染めてるのがいいよ」


「まあ、出会った時の私の髪型だね」


「でしょ?頭は良くない方がいいし」


「・・・・・・」


「色気は必要」


「つまり頭空っぽの色気のある女性ってことだね?私が」


「そう。咲良がピッタリだったんだよね。性格はちょっときつめがいいし」


「・・・・・・」


「全部咲良がピッタリでしょ?」


「あーほんとにね。頭空っぽで売れない女優で、胸も中くらいで脱ぐこともできなかった中途半端な女がお好みなんだね」


「そうそう・・・て、”売れない”は必要ないよ」


「だってそうでしょ?」


「もう、違うって」と奏空が口づけてきた。奏空の舌が咲良の口の中に入ってくる。それからソファの上に咲良は押し倒された。


「やっぱり咲良が一番だね」と奏空が言う。それから奏空の手が咲良のTシャツをめくり上げてブラジャーを押し上げてくる。


「ちょっと、もう美園が帰ってくるよ」


「ん?そう?大丈夫だよ」と奏空の唇が咲良の胸に移動する。


(でもほんとに奏空が良くなって良かった・・・)


咲良は心からそう思った。あの奏空を失うかもしれないと思った時の心細さは、咲良の胸に刻み込まれてしまった。


奏空の手が咲良のズボンのボタンを外してくる。そして下着の中に手が入っていた。


(あ・・・)と咲良は強烈に感じてしまった。前にした時はあんなに感じなかったのに・・・。


奏空の指が咲良の下半身を刺激してきて、咲良は首をのけぞらせて声をあげてしまった。


「咲良・・・」と奏空が耳のあたりに舌をはわせてくる。


奏空の指が奥の方まで入ってきて咲良は絶頂感を感じて少し身体をけいれんさせた。奏空が自分のズボンのボタンに手をかけた時、玄関のドアが開く音がした。美園が帰ってきたのだ。


「あ・・・」と咲良は慌てて衣服を直した。


「えーやめちゃう?」と奏空が言う。


「しっーって。当たり前」と咲良は声を潜めた。


奏空がしぶしぶな感じでズボンのボタンを閉めたと同時に「ただいま!」とリビングに美園が顔を出した。


「おかえり!」と奏空がいつもの明るさで答えたので美園が嬉しそうに奏空の胸に飛び込んだ。


「奏空?もう大丈夫なの?」と美園が言う。


「うん、大丈夫だよ。美園にも心配かけてごめんね」


「いいよ。奏空が良くなったなら」と美園が笑顔になる。


 


次の日から奏空はまた休んだ分も含めて仕事が忙しくなった。奏空が帰宅する時間は咲良ももう寝ていたりでしばらくはまたすれ違いのような生活になった。けれど咲良は奏空が元気でいてくれることがとてもありがたい気持ちになっていたので不満はなかった。


でも、災難というのは連続で起こったりするものだ。今度は咲良が事故にあってしまった・・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ