第三話
「今日は月が綺麗ですね。」
特に話題も思いつかず、口にしたその文章。
女性は突然話しかけられたからか少し驚いた表情を浮かべた。
しかしそんな表情もすぐ元に戻り、
「そうですね。」
と僕に微笑んだ。
その笑顔を見てどこか懐かしいと感じさせられる。
この人と会うのは初めてのはずだから、今まであった人で似ている人がいたのだろうか。
僕は記憶を遡ってみるが、そんな人はいなかった。
不思議に思いながらも、僕は女性との会話を続ける。
「今日はここに何をしに来たんですか?」
そう尋ねれば女性は少し悲しそうな笑みを浮かべて口を動かし始めた。
「思い出に浸りに来たんです。私にとって一番と言っていいほどに大切な思い出に。」
『思い出』か。
悲しそうな表情を浮かべていたことから察するに、そのあとなにか辛いことがあったのだろう。
この話を深堀するのはやめておこう、そう思った時だった。
女性がゆっくりと口を開く。
「あの時も、月が綺麗だったな。」
女性は月を見上げる。
そしてそばの小さな野原に咲いているシロツメクサを摘み取れば、慣れた手つきで花冠を作り始めた。
その姿を見て僕の頭に痛みが走る。
咄嗟に頭を抑えるが、頭痛は収まりそうにない。
僕はその場に座り込むと、重たい瞼をゆっくりと閉じた。