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032 鈴蘭の選択

「この様な事象は初めてだが、鈴蘭は選んだ者に加護を与えなかったようだ。お前はただ、加護があるだけなのだ」

「加護があるだけとは聞き捨てなりませんわ! わたくしは鈴蘭に選ばれた正当な婚約者ですのよ!」

「ふんっ。……お前が加護を与えた娘はこう申しておるぞ。鈴蘭の精霊よ」


 フェミューは不思議そうな面持ちで私と顔を見合わせると、伯爵へ視線を伸ばし恐る恐る尋ねました。


『でも……それってアリなの?』

「は?」


 伯爵が呆れた様子で聞き返すと、フェミューは早口で言い返しました。


『だって、加護がないと駄目なんでしょう? 私はシェーラを助けたくて馬車を追ったわ。それで、シェーラの願いを叶えたの。シェーラは、母親と妹を私の力で助けて、妹をずっと守ってって願ったのよ。だから、妹に加護を与えたのよ』

「ほう。紛らわしいことをするでない。お前は選び守るのが役目と伝えたではないか」

『選んだし守ったわ! 加護がないと婚約者に選ばれないなんて知らなかったもの。だから、苦労して加護っぽいものも付けたんじゃない! 元はと言えば、ちゃんと説明しなかった伯爵のせいなんだからっ!』


 フェミューに追い立てられ、伯爵は首を横に振ると、ルシアンへ首を捩りました。


「はいはい。私のせいで良い。鈴蘭もルシアンも、それで文句はなかろう?」

「はい。父上。――シェーラ。これを受け取ってくれ」


 ルシアンは指輪ケースから七色に光る不思議な宝石のついた指輪を取り出し私に差し出しました。ローブを取り、ルシアンは普段よりも少し固い笑顔を私に向けました。


「婚約指輪だ。正式な婚約者として。シェーラに」

「ルシアン――」


「ちょっ。ちょっと待ちなさいよ。どうしてお姉様なの? おかしいわ」


 受け取ろうとした時、ガブリエラの異議が割って入ってきたので、ルシアンは笑顔を引きつらせながら言葉を返しました。


「鈴蘭はシェーラを選んでいた。ガブリエラの加護は、精霊に妹を守って欲しいというシェーラの願いで与えられたものだったんだ。精霊が見えないから、話についていけていないのだな」

「な、なんですって!? ルシアン様っ。全部、貴方が仕組んだのね。精霊はずっとわたくしを守り続けていたのよ。それなのに、お姉様に従うように仕向けたのね!」

「そんな事はしていない。鈴蘭に聞いてみるといい」

「お姉様。わたくしに貸してっ」


 ガブリエラは鈴蘭の鉢植えを奪い取ると大声で聞きました。


「ねぇ。あなたはわたくしに加護をしているでしょう? わたくしだけを守り願いを叶えればいいのよ。応えなさい!?」

『私は、シェーラが……』

「何で応えないのよっ」


 フェミューが見えないガブリエラは、鉢植えを小刻みに振りながら叫びました。見かねた伯爵が、鉢植えを返すようにと手を伸ばしました。


「鈴蘭は応えているぞ。君には聞こえていないようだがな。それをこちらへ」

「っ。何よっ。こんなものっ!」


 ガブリエラは鈴蘭の鉢植えを地面に叩きつけました。

 鉢は割れ、その瞬間、鈴蘭の花は生気を失い、しおれて枯れていきました。


『あっ。シェーラっ。嫌っ。わたし ――』


 フェミューは、枯れた鈴蘭の花が風で霧散すると同時に、私の目の前から消えてしまいました。


「フェミュー? フェミューはどこ? ルシアンっ」

「フェミューは……」

 

 ルシアンは瞳を曇らせ、私から視線を外しました。

 辺りを見回してもフェミューの姿はなく、伯爵の声が耳を掠めました。


「ほぅ。自ら加護を断ち切ったか」

「な、何で……」


 伯爵の視線の先には地面に踞るガブリエラの姿がありました。ガブリエラの輝く銀髪は見る見る黒く染まり、瞳も色が黒く変色していました。驚いた両親はガブリエラに駆け寄ると、伯爵は三人に言葉をかけました。


「貴様らには、二度と精霊は寄り付かぬだろう。いかなる精霊とも結びつかぬ黒を、その身に刻み込んだのだからな」

「嫌っ。こんなのわたくしじゃないわっ」

「興が削がれたな。シェーラ。私と来なさい」

「はい」


 失意のガブリエラと両親を残し、私は伯爵の手を取り馬車へ向かいました。伯爵は、耳元でこう囁きました。


「鈴蘭ともまた会えるだろう。それと、ルロワには鈴蘭の加護が微かに残っている。発展はせぬが、滅びることもないだろう」

「ありがとうございます」



 馬車の前では書状を手にしたレオナルド王子が待ち構えていました。


「サリュウス伯爵、こちらを」

「これは」


 レオナルド王子が渡した書状を見ると伯爵はそれをルシアンに渡しました。


「なっ。……これをどうする気だ?」

「どうもしない。父は、ガブリエラが真の婚約者だとして、サリュウス伯爵家の為を思って、この王命を出した。その前提が崩れた今、これは無効だ。父の意に反している」

「やはり君は、ただの我儘王子ではなかったんだな」

「おいっ。年上だからって馬鹿にするなよ」

「褒めたんだよ」


 いつの間にか仲良くなった様子の二人を横目に、私が書状に目を向けると、王子はルシアンの手から素早く回収し、マッチの火で燃やしてしまいました。


「あっ。あちっ」

「まぁ。大丈夫ですか?」

「ああ。大丈夫だ。シェーラ嬢。隣国でお幸せに」

「ありがとうございます。レオナルド王子も、素敵な方と巡り会えることをお祈りしています」

「……はぁ。ありがとう」


 レオナルド王子は大きなため息をつくと、笑顔で答えてくれました。



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