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44 謎の卵②

「ニコラ、起きてる? 部屋に入るわよ?」


 翌日、私はノックの音と、その後に続くアニーの声で目を覚ました。

 ベッドの上で寝ていた私は、ふと窓の外を見やる。すでに太陽は高く昇っていて、どうやらぐっすり眠ってしまったようだ。


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


 慌てて返事をし、ベッドから飛び起きる。

 身に着けている服は、昨夜ロイドの部屋を訪れたときのままだ。途中からの記憶がない……。あの後、私は気を失ったのだろう。ロイドがここまで運んでくれたに違いない。


(ああ……後でロイドにも謝らなくちゃ……。というか、今日の朝の仕事は……!?)


 朝の仕事を寝過ごしたのではと焦りながら周囲を見回すと、机の上に一枚のメモが置いてあるのに気づいた。

 そこには「明日の朝の仕事は俺一人でやるから、ニコラはゆっくり休んでいろ」と書かれている。それを読んで、私は少しだけ安堵し、ロイドの気遣いに感謝した。

 

 あとは、部屋の外に待たせているアニーのことだけだった。

 私は机から櫛を取り出し、手早く髪を整えると、ドアを開けた。

 そこにはアニーだけでなく、ボブの姿もあった。二人は私の顔を見て、ほっとしたような表情を浮かべる。


「ニコラ、おはよう。まだ寝ていたのね。起こしてしまってごめんなさい。ただ、体調の確認をと思って」

「やあ、ニコラ。思ったより元気そうでよかった。診察をしに来たよ」


 そう話す二人の言葉にうなずき、部屋に招き入れた。

 ボブは持参したカバンから聴診器などを取り出し、手際よく私を診察していく。


「うん。特に問題なさそうだ」

 

 診察が終わり、ボブがそう告げた。後ろで様子を見守っていたアニーが、ふうと小さく息をつく。

 昨夜、ロイドからも聞いていたが、みんなには随分と心配をかけてしまったらしい。


「問題ないようで良かったわ。急にニコラが倒れてしまって、みんなとても心配していたから……」

「……心配かけてごめんね」

「いいのよ。でも、その前までは普通に見えたのに、急に倒れるなんて、何か思い当たることはない?」


 アニーの問いに、私は言葉を詰まらせた。原因があるとすれば、間違いなくあの卵だ。

 けれど、私はなぜだか卵のことを話す気になれなかった。

 あの死骸の足元にあったから、卵に何らかの秘密があるとは思うものの、魔法を使った後ろめたさや、ロイドとの約束が頭をよぎる。


「……何もないよ」

「そう。まあでも、これまでの疲れが溜まっていたのかもしれないわね。ニコラには、ずいぶん頑張ってもらっていたから……。今回の依頼は私たちの方でするから、その間にゆっくり休んでね」


 アニーの優しさに、胸がチクリと痛む。

 そして、アニーとボブは部屋を後にした。

 二人を見送ると、私はそのまま部屋を出て、ロイドの部屋へと向かった。


 ☙ ☙ ☙


「起きたんだな。体調も問題なさそうでよかったよ」


 ロイドは私の姿を確認すると、周囲を気にしながら部屋に招き入れてくれた。

 開口一番、体調を気遣う言葉が胸に染みる。


「うん。あの後、ロイドが部屋まで運んでくれたんでしょう? 重くなかったかな……ありがとうね」

「いや、実は俺一人じゃ無理でさ……エリックに頼んだんだ」

「え? エリックに!?」


 ロイドの口からエリックの名前が出たことに驚く。

 でもたしかに、ロイド一人で私を運ぶのは大変だろうし、あの時間に起きている大人といえばエリックくらいだ。


「……エリックは何か言ってた? あと、卵のことも話したの?」

「いや、卵のことは隠したから大丈夫。エリックも気づいてないと思う」


 その言葉に胸を撫で下ろす。

 もしエリックが卵の存在を知れば、アニーにも伝わるはずだ。先ほどアニーに「心当たりはない」と答えた手前、嘘がバレるのではないかと不安だったが、それはなさそうだ。


「ただ……エリックは俺の部屋で倒れてるニコラを見て、ニヤニヤとしていたな。『大丈夫、分かってるから。任せといて』とか言っていて……多分、何か勘違いはしたと思う」

「……ごめん」

「いや、いいんだ。そう思われる可能性があることも分かって、エリックを呼んだんだから。エリックはああ見えて口が堅いから、多分、大丈夫だ」


 ロイドの声がだんだん小さくなる。面倒な状況を作ってしまったことに何と返事をすればいいか分からない。

 ただ、エリックが他の人に話さないとしても、明日の朝仕事でニヤニヤとこちらを見てくる様子が想像できた。

 

「……それより、卵のことだ。あれから俺も、色々調べてみたんだ」


 ロイドは話題を切り替え、ベッドの下から卵を取り出した。

 昨夜と違い、卵は布を敷いた籠に大切に収められている。


 私はそっと手を触れる。卵はじんわりと温かく、小さく「トクン、トクン」と鼓動を感じた。

 

「本当に、生きているんだね」


 思わずそう呟いた。

 改めて見ても、昨日の浅黒く冷たい卵とは別物のようだ。


「ああ、ただ、一つ問題があってな」

「問題?」

「この卵は、おそらく『ドラゴンの卵』だと思う。あの死骸の足元にあったし。ただ、本で調べても、ドラゴンを孵化させる方法が分からないんだ」

「ドラゴンを孵化させる方法? 普通に温めるだけじゃダメなの?」


 卵といえば、家で飼っていた鶏を思い出す。

 鶏の卵は温めればひと月足らずで孵化していたものだ。


「ああ。どうも、ドラゴンの卵は温めるだけじゃダメらしい。何か別の条件が必要で、それがまだ解明されていないと本に書いてあった」

 

 ロイドは机の上に積んでいた本から一冊を取り出し、該当ページを指差す。

 そこに書かれている内容は私には難しかったが、ドラゴンに関する情報は不明なことが多いと記されていたのは分かった。通りで、あの死骸がドラゴンではないかと分かったときに、みんなが興奮していたはずだ。


「何か別の条件……」


 私が呟いたその時、卵に触れていた手のひらから、ほんの少し()()()()()()()感覚がした。

 

 それは、ごくわずかな違和感だった。

 

 私は元々魔力が多いこともあってか魔力操作がまだ得意ではなくて、ボブによれば、日常的に魔力を垂れ流している状態なのだという。だから、魔力が漏れていても普段は気にもならなかったが、今感じたのは、明らかに魔力を引っ張られたような感覚だった。

 これまで、自分から意識して魔力を放出することはあっても、引っ張られることはなかったから、その小さな違和感に気が付いた。


 試しに、意識して魔力を放出してみる。すると、放出したそばから魔力が卵に吸われていくのが分かった。


「……この子が孵化するのに必要なのは、もしかしたら魔力かも」

 

 そうロイドに伝えると、彼もじっと卵を見つめた。

 試しに彼が手をかざしてみると、同じように魔力を吸われる感覚があるという。


「……結構魔力を持っていかれるな」

「うん。この子は、ずいぶんと大食いみたい」


 これまでさんざん魔力適性が高いと言われてきた私たちが、随分と魔力を抜かれると感じるということは、この子は大食いと言って間違いないだろう。

 魔力を注ぎ続けても、終わりは見えない。ただ、注げば注ぐほど、まるで喜ぶかのように卵が内側から輝き、表面に浮かぶ模様が微妙に変化しているのが見えた。


「ひとまず、魔力を注ぎ続けてみるか。俺は日中、みんなの調査の手伝いをするつもりだったから、昼はニコラ、夜は俺で分担しよう。ただ、昨日みたいに無理はするなよ」


 昨日私が無茶をして意識を失ったことを言っているのだとすぐにわかり、私は素直にうなずく。

 そうして私たちは、この卵を孵化させるために、交代で魔力を注ぐことにした。

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