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43 謎の卵①

 ――泣かないで、私の愛しい子。

 この世界にはもう、私は必要ないの。

 

 種も植えた、新たな命も芽吹いた、あなたという守り手も得た。

 あとはただ、健やかに成長していくだけ。

 

 世界の舵取りは、すでに運命に委ねられた。

 私にできることはもうない。私は、私の世界に戻るだけなの。


 ただ、あなたは私の分身。魂の奥深くで繋がっている。

 遠く離れていても、いつまでも見守っているから。

 

 だから……。


 ……。


 ……。


 ……違う。

 

 ()は、あなたのことは知らない。


 これは、違う。

 これは……()の記憶じゃない……。

 

 ☸︎ ☸︎ ☸︎


 目が覚めると、そこは見慣れた自分の部屋だった。柔らかな布団の感触と、穏やかな灯りの揺らめきが、私を現実へと引き戻してくれる。


(私、何か夢を見ていたような……)

 

 ぼんやりとした頭で考える。

 けれど、どんなに思い出そうとしても、それはどんどんと記憶の彼方に消え去っていくかのように、脳内から(こぼ)れ落ちていくだけだった。

 もはや何を思い出そうとしていたのかさえ分からなくなって、思考を諦める。


 ゆっくりと身を起こし、窓の方へ目を向ける。

 外は既に夜の帳が降り、机の上のランプが部屋を暖かく照らしていた。


(……そうだ。私は草の国の聖域で、あのうずくまっていた死骸に、何か呼ばれているような気がして……。声のする方に行こうとしたんだけれど、近づくほどに増していく頭の痛みに耐えきれず、意識を手放してしまったんだ)


 もうすっかり痛みのなくなった頭を、ゆっくりと擦りながら思い出す。


「……()()は、一体何だったんだろう?」

 

 静かな部屋で、私の呟く声だけが響く。

 倒れる間際、ロイドに体を支えられたはずだ。その時、「お願い」と、確かに頼んだ。


 けれど、今はもうあの声も、頭を満たしていた感情の奔流も感じない。何も感じない。

 そのことに気付いて、胸の奥がキュッと締め付けられるようだった。

 

(けれど、ロイドがきっと答えを教えてくれるはず……)


 そう、確信めいた直感を胸に、私はゆっくりとベッドから立ち上がって、自分の部屋を後にした。

 

 静まり返った、ノアラークの廊下。

 まるで船全体が深い眠りについているようで、人の活動の気配すらも感じない船内を、音を立てないように静かに進む。

 そして、ようやくロイドの部屋に辿り着くと、ドアの隙間から微かに明かりが漏れていた。

 

「……ロイド、起きてる?」


 軽くノックをして、語り掛ける。

 すると、少しの間をおいて、ドアがゆっくりと開いた。


「……もう起きて平気なのか?」

「うん。大丈夫。急に倒れちゃってごめんね」

「ああ、それはいいさ。大丈夫なら良かった」


 そう言って部屋に招かれるまま足を踏み入れると、机の上に、布で覆われた何かが置かれているのに気が付いた。

 

「ロイド、それ……?」

 

 私が指差すと、彼は静かに頷く。


「ああ。あれが、あそこで見つけたものだ」


 ロイドの言葉に促され、ふらふらとそれに近づいてみる。

 布を慎重に取り除くと、それは浅黒い紫色をした卵だった。そっと触れてみると、それはひんやりと冷たく、中のものは既に止まっているように思える。


「一応、綺麗にして温めてみたんだけどさ。冷たいままだし、多分、無理なんじゃないかなって……」


 ロイドの声が背後から降りてくる。

 確かに、あの時感じていた頭の痛みや、心の中に流れ込んできた激情は、もはや何もなかった。ただただ静かなままだ。


 ……でも。

 

 諦めきれない自分がいるのは、何故なのか。

 

 静寂に包まれた部屋の中で、卵と対峙する。

 理由もなく湧き上がる直感に突き動かされるように、卵にそっと手を当てる。手のひらから、何か感じ取るものは無いかとつぶさに探る。


 と、小さな、小さな、何かに触れた気がした。


 まだ……生きている?


 心がふわっと浮足立つ。

 それならば……。この子も、生き物であるのなら、もしかして……。

 

「……ねえ、ロイド。この卵のこと、他のみんなは知っているのかな?」


 私の問いにロイドは首を振った。

 

「いや、多分知らないんじゃないかな。ニコラが意識を失って倒れたことで、みんな大慌てでな。先に医務室に運んで、治療を行ったんだ。みんな、ニコラを心配して、一緒にノアラークに引っ込んで、代わる代わるに様子を見に来ていた。しばらくたった後に、俺が一人でまたあそこに確認に行って、これを拾ってきたんだ」

 

「……じゃあさ、これから見ることは、みんなには内緒にしてくれる?」


 そう言って、卵を優しく撫でていた手に、もう片方の手を加えて、両手で優しく包み込む。

 スッと目を閉じ、深く息を吸って、体内の魔力に意識を集中させる。さっきまで眠っていたこともあり、体内の魔力は満タンだ。

 

「え、一体、何をする気だ……?」


 ロイドの少し焦る声が遠くから聞こえるが、その問いに答える余裕はなかった。

 ただ、目を閉じ、心を静め、体内の力に意識を集中させる。

 

 ……これは、リュシカの時の、苦い経験を経て学んだ魔法。

 光魔法で発現が確認できている中でも、最も上級な魔法と言われ、『光の乙女』であっても発動できるのは日に一回なのだという。

 

 本で勉強はしていた。

 そして、今の私には、それがとても手の届かないところにあるということも分かっていた。

 恐らく、私にはまだ知識も、イメージも足りていない。


 けれど、何故だか今、この瞬間だけは、()()()()()()()()()()()()。……そんな気がした。


「……上級魔法、リカバリー(完全な状態に戻れ)

 

 そう唱えた瞬間、手の中から光が放たれた。

 目に見えるほどの輝く光の粒が、まるで波のように優雅に揺らめきながら、卵を包み込んでいく。

 

 二重にも三重にも重なっていく、光の帯。

 それが卵の表面に隙間なく積み重なっていったと思えば、その光がすうっと中へと吸い込まれていき、卵の内側から光が(あふ)れた。


 ――トクン。


 光が収まり、また部屋が静寂に包まれたとき、私の手のひらに、何かの小さな振動を感じた。

 両手の中に納まる卵は、先ほどまでの浅黒さがなくなり、みずみずしい柔らかな赤みが差し込んでいる。


 ――トクン。


 それは本当に小さな鼓動だったけれど、溢れだす生命力は、まるで喜びに満ちているかのようだった。その振動に、私は感動し、胸が震える。

 後ろでその様子を見ていたロイドが、息を呑んで、呆然とこちらを見守っているのが分かる。


 体の中の魔力が、ごっそりとなくなった感覚がしていた。技術不足を、魔力で補ったからだ。

 今度は、魔力切れで意識が朦朧としはじめ、体が鉛のように重く感じる。


 立っていられずに、床にしゃがみこんだ。

 たまらず瞼を閉じて、息と共に深く深く沈んでいく感覚に身を委ねる。

 

 遠ざかりつつある意識の底で、誰かがそっと囁いた気がした。


 ……やっと会えたね。私の、愛しい子。

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