38 決意
「まぁ、では本格的に治癒師を目指すことにしたんですのね」
あれから数日後、いつものように地下の公園で子どもたちと遊んだ後、少し離れたベンチで休憩していた私は、ララに治癒師として本格的に学ぶ決意をしたことを話した。
私たちの視線の先には、破傷風から回復し、他の子どもたちと元気に遊び回る、リュシカの姿がある。
「うん。今までは、自分にできることはこれしかなかったし、ただ流されるままに学んできただけだったけど……病気に苦しむ人を、もっと助けたいと思ったんだ」
私の視線は、自然とリュシカを追っていた。
ララが、私とリュシカを見比べ、「そうですの……」と小さく答える。どこか複雑な表情を浮かべている彼女を見て、数日前の出来事がよぎっているのだろうと思った。
「……あんなことがあったとは思えないくらいに、元気に遊んでますわねえ。魔法とは、本当に神の御業ですわ」
遠い目をしながらララは言う。
その言葉には感嘆だけでなく、少しだけ恐れも混じっているように感じられた。リュシカの回復は劇的で、魔法を知らない人からすれば、まさに奇跡そのものだろう。
だが、私は知っている。
魔法は奇跡ではなく、それゆえに術者の技量に左右されるものであるということを。
リュシカの破傷風を治療したとき、私は、リムーブやデトックス、そしてヒールといった初級魔法を組み合わせて対処した。
しかし、後で知ったところによると、中級魔法のキュアや、上級魔法のリカバリーでも同じように治療できたのだという。
しかも、キュアやリカバリーは病気に関する知識が不要で、汎用的に使用できるらしい。
「医学では原因不明で治療ができないような病気でも、魔法なら治療できるんだよ。『不治の病』という概念は、魔法には存在しないんだ」
ノアラークの医務室で、リュシカの治療を振り返っていたときに、ボブが静かな口調でそう言った。それは、いつもの魔法を語るときの熱を帯びたものではなく、どこか慎重さを含んでいた。
光魔法がもたらす希望と、その強い希望の光が生み出す深い闇の存在を、ボブから向けられる真剣な眼差しから、私は感じ取る。
「……魔法は、傍から見れば万能だ。だけど、誰もが魔法を使えるわけでもなく、ましてや、誰もが魔法の恩恵を受けられるわけでもない。魔法を使えることは、自分を守る強力な武器であると同時に、危険を招き寄せる餌でもある。特に、権力者ほど、手に入れるためには手段を選ばない」
ボブの言葉に、炎の国でアイディーンが言っていた言葉が脳裏をよぎる。
光魔法への強い適性を持つ私を、血眼になって探しているという水の国の王族たち。
彼らの目的は、一体何なのか……。
「治癒師としての訓練、特に、光魔法の習得については、これまで通り僕も全力でサポートするよ。ただ、本格的に治癒師を目指すというのなら……迫り来る危険からどうやって自分を守っていくのか、よくよく考えておいた方がいい」
その忠告に、私はただ頷いた。選んだ夢の重みと、それが生む危険について改めて認識する。
それでも、この道を進むことは、私の心からの望みだった。だからこそ、ボブの言葉を胸に刻みつつ、応援してくれる人たちに余計な心配をかけないよう努力しようと心に誓った。
「……私、魔法のことはあまりよく分かりませんが、ニコラの選んだ道が、色々な意味でとても険しいものであることは理解しているつもりですわ」
ララは私の決意を聞いて、少し考え込むように黙った後、ぽつりと言った。その声には、思いやりと憂いがにじんでいるように感じられた。
そして、意を決したように、勢いよくこちらを振り向くと、両手を胸の前で握り、まっすぐ私の目を見つめて言葉を続ける。
「私は、誰よりもニコラを応援しています。友達ですもの! だから……あまり根を詰めすぎずに、私ともちゃんと遊んでくださるんですのよ」
真剣な眼差しに、隠し切れない心配が垣間見える。それでいて、少し気恥ずかしそうなララの表情が、とても可愛らしかった。
その様子に思わず肩の力が抜けて、私たちは自然と目を合わせ、ふっと微笑み合った。
「ともあれ、これでお互い夢見る者同士ですわ! これから頑張っていきますわよー!」
隣でそう意気込むララを見ながら、私はやっとララと本当の友達になれたのだと、少し目頭が熱くなるのを感じた。
☫ ☫ ☫
治癒師の訓練をしながら、ララとも遊ぶ日々を過ごしていると、約束の三ヶ月なんて本当にあっという間に過ぎてしまった。
取りこぼした卵から孵った飛蝗は、三ヶ月前に比べればほんの僅かで、鳥たちによる捕食で、そのほとんどの数を減らすことができた。
蝗害対策のために前線基地として設営されていたテントは撤去されて、ノアラークを再び訪れたシャリフ皇太子が、依頼完了の書類にサインをしている。
「しかし、本当に良かったのかい? 蝗害収束への君たちの貢献に、国王陛下が褒美をと仰っているのだけど……」
サインを書き終えて書類をアニーに渡しながら、シャリフ皇太子が少し困ったような顔で言葉を続ける。
どうやら明日、蝗害収束を祝う式典とパーティーが、宮殿で行われるらしい。
その案内状を、わざわざシャリフ皇太子自ら持参してくれたのだけど……アニーは中身を確認することもなく、受け取ったその場で破り捨ててしまった。
「参加もしないし、褒章なんていらないわ。どうせ足枷になるだけだもの。この国での依頼も完了したし、明日にでも次の依頼に向けて出発するつもりよ」
「そうか……名残惜しいけど、仕方ないね」
アニーの返事を予想していたのか、彼の表情にはどこか納得が含まれていた。それでも少し残念そうだったけれど、すぐに切り替えて、周囲にいた旧友たちと別れの挨拶を始める。
一通り挨拶を終えたところで、ふと、シャリフ皇太子と目が合った。柔らかな笑みを浮かべながら、彼は私に話しかけてくる。
「ニコラ嬢、君にも本当に世話になったね。そうそう、式典に先んじて今日から首都ではお祭りをやっているんだ。ララが、君と一緒に回りたいって言っていたよ。もし、今日これから時間があるならどうかな?」
『お祭り』という響きと『ララ』の名前に、私の心が大きく跳ねる。
出発の準備のために、今日はボブとの訓練もお休みだ。
アニーの方を振り返ると、彼女は微笑みながら小さく頷いてくれる。
嬉しさが込み上げて、気がつけば顔がぱっと綻んでいた。
私はシャリフ皇太子に元気よく頷いて答える。
「良かった、ララも喜ぶよ」
彼は満足そうに笑って、さらにこう続けた。
「今回の祭りでは屋台が並び、大道芸人も来るようだから楽しんでくると良いよ」
お祭りの賑やかな光景が目に浮かぶ。
ララと一緒に楽しむ時間を思うと、胸が躍るようだった。




