34 ララとの出会い
朝の投稿1/1
――どうして人は繰り返すのだろう……。
満たされたその先にあるのは、どれも醜いものばかり。
面倒を見られないからと捨てられていく赤子。
逃げ出してきた女たち。
当てもなく彷徨う病気を抱えた人々。
心と体に傷を抱え、毎日がひどく苦しいものであっても、手放さずに繰り返すのは何故なのか……。
今日とは違う明日が、来たためしなんてない。
いつもと同じ今日が終わり、明日になれば、また同じ陽が昇る。
ただ……たまに触れる指先が、手のひらに感じる体温が、心に何かを灯らせる。
このぬくもりに感じる意味を、私はこれからずっと、考え続けていくのだろう……。
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シムーンが過ぎ去った翌日のオアシスは、嘘のように晴れていた。
相変わらず突き刺すような、それでいて、どこか爽やかな日差しが肌を照らし、思わず目を細めてしまう。
再び足を踏み入れたブロア砂漠は、飛蝗の死骸であふれていた。
そのどれもが、水分を抜かれたように乾ききり、風が吹くたびにカサカサと音を立てて揺れている。
蝗害はひとまず終息したが、バッタの一世代はおよそ三カ月。
私たちは、地中に残された卵を取り除く手伝いをしながら、次の孵化で新たに発生するバッタを駆除するまで、土の国に滞在することとなった。
飛蝗の駆除に使用した殺虫剤は、鳥類に対する毒性は弱いものの、魚類に対する毒性は高い。
そのため、土魔法で砂ごと固めて海に沈めるといったような荒業はできず、地下で生活する人々の協力を得ながら、手作業で駆除していくほかなかった。
いろいろな後処理に忙しそうな、シャリフ皇太子やアニーとは対照的に、私は手持無沙汰であったので、卵の回収を手伝うことにした。
日よけの布を纏い、籠を手に持って、無心で卵を拾っていく。
けれど、ふと考えてしまうのは、ナターシャ王女のことだった。
彼女の言動とその死は、私の心に大きな爪痕を残していた。
私はこれまでの人生を、ただ漫然と過ごしてきただけではないかと振り返る。
幸いなことに、良い人たちに囲まれ、与えられるがままに過ごす日々だった。
そして、それは確かに価値ある日々だったけれども、私がこの人生でやりたいことや、生きる意義とは、何なのだろうか。
そう、考えずにはいられなかった。
ただ目的もなく、流されるように生きるだけならば、私とナターシャ王女には、どんな違いがあるのだろう……?
卵を回収する手元に落ちる影が、私の中にあるべき指針を眩ませるように感じた。
影が濃くなるにつれて、心の中に、不安が募っていく。
「精が出ますわね」
突然、隣から声が聞こえて、私は意識を引き戻された。
慌てて振り向くと、いつの間にか、私の隣には少女がいた。
少女は膝を抱えて座り、黙々と卵を回収していく私の様子を、つぶさに観察していた。
驚いて口をパクパクとさせていると、彼女は少し意地悪な笑みを浮かべながら、膝に手をついて立ち上がる。
彼女は、私よりほんの少し年上くらいだろうか。
顔の真ん中で分けた艶やかな黒髪に、黄金の縁取りが美しい白い布を纏い、周囲には、大小さまざまな蝶が舞っている、なんとも可憐な少女だった。
「私は、ソラヤー・エラ・サワンティ。私のことは、どうぞ、ララと呼んでくださいね、ニコラ」
そう名乗ると、ララはまるで、花が綻ぶような笑顔を向けてきた。
そして不意に、地面に座ったままで、驚きの表情をなおも浮かべる私の顔を覗き込む。
「あのシャリフお兄さまからお願いされるなんて、何事かと思いましたが、確かにこれは私向けの案件ですわね……。ニコラ、あなた少々お時間あるかしら? 一緒に、地下に潜りませんこと?」
☫ ☫ ☫
土の国・ロックドロウには、他国にはない特徴がいくつかある。
その中でも最も有名なのが、地上のオアシスをはるかに凌ぐ大きさの街が、地下に広がっていることだった。
地下都市・グラウンド・ヴェルグ。
そう呼ばれる巨大な地下空間は、上空に浮かぶ疑似太陽に照らされ、住宅や市場、広場などが所狭しと建ち並んでいた。
ここが地下であるという一点さえ除けば、本当にごく一般的な街と同じようだった。地上のオアシスでは決してめぐり合わなかった、鮮やかな黄色や青色の衣が、砂漠の砂を固めて作られた薄褐色の建物の壁によく映えている。
「すごい……。こんな空間が、地下に広がっていたなんて……」
地上と地下を繋ぐ長い階段の途中で、私は街全体を見下ろしながら思わず呟いた。
隣を見ると、先ほど砂漠で出会ったララが、さっきの装いとは違う薄汚れた白い布を纏い、私の様子を眺めて微笑んでいる。
「ふふふ。驚きましたか? こここそが、土の国の宝なのだと、私は考えているのですよ。ニコラには特別に、私の宝をお見せいたしますわ」
ララはそう言うと、壮大な街並みを呆然と眺める私の手を取り、軽やかに階段を下っていった。
街の中心にある公園に行くと、子どもたちが元気よく遊んでいた。
ララが現れると、彼らは遊ぶ手を止め、一斉に彼女の元へ駆け寄ってくる。
「ララ様! こんにちは!」
声をかける子どもたちに、ララは柔らかく微笑みながら応じる。
「今日は何しにきたの!? また『紙芝居』?」
「そうそう! あれ、すごく面白かった!」
「『紙芝居』を気に入ってくださって、何よりですわ。また持ってきますわね。今日は、このニコラを、皆さんに紹介しに来ましたのよ」
そう言ってララが私を紹介すると、子どもたちの視線が一斉に私に向けられた。
その目には少しの不安と緊張、そしてそれ以上の好奇心が浮かんでいる。
「ニコラは、この国ではない別の国で生まれ育っていて、少しの間、この国に滞在することになったのですの。皆さん、ニコラと仲良くしてくれますかしら?」
ララがそう尋ねると、子どもたちは一斉に「いいよー!」と元気よく声を上げる。
盛り上がる周囲とは対照的に、私は突然の状況に驚いていたが、自分より年下の子どもたちに囲まれて色々話をしたりするのは、最近塞いでいた気が紛れるようで、少し心地よかった。
「ねえねえ、ニコラは上から来たの? 上はどうだった?」
一人の女の子が、好奇心旺盛な目で私にそう聞いてきた。
「上って……?」と聞き返そうとする私に、ララがそっと「地上のことですわ」と教えてくれる。
「ああ、上はとても暑くて、ここ以上に眩しいよ。でも、どこまでも続く空に砂漠がよく映えて、とても綺麗だし、オアシスや街中では色々な人や動物が行き交っていて賑やかだよ」
そう答えると、女の子は目を輝かせながら頬を赤く染める。
そして、「私、将来は上に出て、ショウニンをしながら旅をしたいの! この目で、色々な外の景色を見るのが、今からとても楽しみ!」と、朗らかに言った。
「僕はね、将来、ララ様の護衛になりたいんだ! 外にいる悪い奴から、ララ様を守るの!」
「まあ、それは頼もしいですわね。では、好き嫌いせず色々なものを食べて、体を大きくしなければなりませんわね」
「俺は料理人になりたい! お前が嫌いなゴボウを、美味しく食べられるようにしてやるよ。ここにない、色々な食材も試してみたい」
子どもたちは口々に夢を語り合い、将来について思いを馳せる。
彼らの姿のどれもが、キラキラと希望に溢れていた。
子どもたちとの会話も一通り終わり、子どもたちはまた、それぞれの遊びに戻っていった。
ララに誘われ、公園の隅に置かれていたベンチに並んで腰を下ろす。
遠くで遊ぶ子どもたちを眺めながら、私はララから渡された飲み物を口にした。
「ニコラ、あの子たちはあなたにどう見えたかしら?」
一息ついた頃、ララがそう尋ねて来た。
「うーん、とにかくとても元気だなと思ったよ。上の話にみんな興味津々で……。早く、上の景色を見られたら良いよね。あと、自分の将来についても、もうきちんと考えていて……すごいと思う」
やりたいことが見つからずに悩む自分と比べると、将来に希望を馳せる子どもたちの姿は輝いているようだった。
そのあまりの眩しさに、遠くで遊ぶ子供たちの姿を捉えて、思わず目を細める。
「そう……あなたとは気が合いそうですわね」
ララは、私が語った子どもたちの印象に、嬉しそうにほほ笑む。
しかし、ララはそこまで言うと一瞬口をつぐみ、少し複雑そうな表情をして言葉を続けた。
「ただ、今のこの国では、あの子たちのほとんどは、ここから出て上の景色を見ることは叶いませんの」
ララはそう言うと、子どもたちの方に視線を向ける。
視線の先で、子どもたちはなおも無邪気に声をあげて、楽しそうに遊んでいた。
「この国には厳格な階級制度が敷かれていて、階級ごとにできること、行ける場所、就ける仕事が決まっているんですの。彼らの家のほとんどが労働階級や奴隷階級で、仕事も生活も、この地下ですべて完結してしまうのです。ここに住む人々には、上に行く許可もないため、下手をすれば一生、ここから出ることはできませんわ」
ララはただ真っ直ぐに、子どもたちの姿を見つめている。
膝の上で品よく重なった両手を握りしめ、少し震えているようだった。
「夢を抱くことすら許されず、望むところにも行けない。そんなの……ふざけてると思いません?」
そう言うと、ララは、子どもたちの楽しげな姿を眺めながら、静かに彼女の言葉に耳を傾けていた私に向かって振り向いた。
強い意志を帯びた瞳と、目が合う。
「私はこの国の、階級制度を変えたいのです。決して楽な道ではありませんが、全て覚悟の上ですの。私が生まれながらにして与えられた権力は、この国の、子どもたちの未来を変えるためにあるのだと、心から思っているのですわ」
(……ああ、なんて眩しいんだろう。私もこんな風に、自分の意志で、自分の未来を語りたい)
ララの強い眼差しに、私は、ここ数日間悩み続けていた、自分の不安の答えを見たような気がした。
「と言っても、たかだか十一歳の私には、できることなど限られるのですけどね」
ララはそう言うと、舌をペロッと出しながら、片目でウインクしてみせた。
張り詰めていた緊張感が、ふっと霧散する。
「今の私にできることと言えば、せいぜい、今回の蝗害の卵回収に、ここに住む人々を雇ってはどうかと提案するくらいですわ。それも、シャリフお兄さまとガルドお兄さまが支えてくださったから、実現できたことですの」
そう言いながら、ララは再び、遠くで遊ぶ子どもたちの方を向く。その表情は、遠くでいて、あっという間にやってくるだろう彼らの未来に、思いを馳せているようだった。
そして、ふと、彼女は私の方に向き直り、私の座る長椅子に共に腰かけてきた。
先程までとは少し違う、真剣な眼差しで私を見つめると、おもむろに私の手を握って言う。
「でも今は、それよりもまず、私にはすべきことがありますの。ニコラ……私とお友達になりませんこと?」




