22 サラマンダーの加護
朝の更新2/2
「さて、謝罪を受け入れてもらえたのとは別にして、お前たちには礼をしなければな。正直、今回の件を公表することはできないんだが、お前たちには、できる限りのことをしてやりたいと思っている。ひとまずは今後、炎の国への自由な出入国を許可するとともに、冒険者協会を通して、お前たちの活動を支援してやろう。あとは……そうだな、『鼠対策』だな」
思いもしなかったアイディーンからのお礼に、少し浮足立っていたが、『鼠』という聞きなれない言葉に首をかしげた。
(鼠って……? 何のことだろう……?)
そう考えていると、アイディーンが静かに教えてくれた。
「これは、アニーからは口止めされたことなんだがな……。だが、私は乙女として、お前には自分の置かれている立場を知る必要があると思っている。ニコラ、お前……今、水の国から指名手配されているぞ」
その言葉に、心の底からビックリした。
そういえば、ノアラークでの生活や炎の国のことで頭がいっぱいで、今の今まで、生まれ育った水の国のことなど、記憶の彼方に飛んでいた。
でも、まさかそんな、指名手配なんて、そんな大ごとになっているだなんて思いもしなかった。
アニーの方をチラリと見ると、アニーは非常に言いづらそうな表情をしながらも、こくりと頷いた。
水の国で指名手配されていることが事実であるということに、頭の中が真っ白になる。
「もちろん、これは裏での話だ。あいつらはお前のことを、血眼になって探している。この国にも、多くの鼠が入り込んでいるようだ。私が言えた義理じゃないが、あいつらは一体、お前を捕まえて何をさせるつもりなのやら……。だが、ニコラ、お前は自分の立場を認識する必要がある」
アイディーンはそう言って腕を組むと、少し間を置いてから、真剣な表情で私をまっすぐに見つめた。
「乙女たる私が、神に誓って言おう。お前は普通ではない。水の国育ちにもかかわらず、光魔法の適性を持っていることもそうだが、何より、お前のその魔力量だ。それは、現役の乙女である私を、はるかに凌いでいる」
アイディーンの真剣な瞳が、まっすぐに私を捉える。
「膨大な魔力というのは、あらゆることを可能にする。お前は、お前が思っているよりずっと価値が高いし……もっと自分を大切にした方がいい」
その言葉はおそらく、私が自分から犠牲になろうとしたことへの指摘なんだろう。そしてそれは、言っているアイディーンにとっても、あの時の自分の不誠実さを晒すことと同等で言いづらいことだったはずだ。
しかし、アイディーンは私のために、それを言ってくれた。そんなアイディーンの気持ちに、私は心温まる感覚がした。
「はい……」
私は、小さく、けれども素直にそう返事をした。その様子を見て、アイディーンはホッとした表情を見せる。
しかし、アイディーンは私の横に座るアニーに一瞬視線を送ると、また真剣な顔つきに戻ってこう言った。
「まあ、それでだ、お前へのお礼の一つとして、この国でお前のことを嗅ぎまわっている鼠たちを撒いてやろう。ただな、あまり長くは持たない。なにせ、入り込んでいる数が数だからな。だから、本当に名残惜しいのだが……、お前の体調も問題ないようだし、お前たちは、明日にでもこの国を発つといい」
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アイディーンから言われた通り、私たちは翌日、陽が昇る前に炎の国を旅立つことにした。
私を嗅ぎまわる存在について、アニーたちはすでに知っていたのだろう。アイディーンの発言を聞いてもアニーは慌てる様子もなく、昼食の後にアニーに出発の確認をしたときには、すでに全ての準備が整っていた。
急遽、出発が明日となった城での最後の日を、みんな思い思いに過ごしていたが、私は体力回復に努めることにした。
丸三日間も寝込んでいたせいによる、歩き方に現れていたぎこちなさが取れ、ようやく普段通りの元気な体を取り戻したと実感したのは、出発も目前に控える深夜ごろだった。
しかし、さすがにずっと寝ていたせいで、目が冴えてなかなか眠気が来ない。
部屋の中をリハビリと称して歩き回ったり、ストレッチをしたりして時間を消費していたが、そんな時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
夜も更けて、城の中は静まり返っていたために少し驚いたものの、ゆっくりと扉を開けて確認してみる。
そこに立っていたのはアイディーンだった。
「夜遅くにすまんな。ああ、お前に用があるのは私ではない。こいつがどうしても、お前にお礼をしたいと言ってな」
そう言うと、アイディーンの服の袖口の方から何かが顔を出した。
それはまさに、あのカルデラの火口で噴火した、ドラゴンの幼体だった。
ドラゴンは私の両手に収まるほどの大きさで、掴まっていたアイディーンの腕から抱き直され、「キュー」と心地良さそうに鳴いている。
「このサラマンダーは炎の精霊王だが、死と復活を司る精霊でもあるんだ。お前と同じく、あの噴火から三日目にあたる今日、沈静化していた火口で蘇ってな。これからまた二千年かけて、あの大きさになるまで成長を続けるわけだが……今はほら、この通りの小ささで可愛いものだ」
アイディーンはそう言って、愛おしそうにサラマンダーの体を撫でる。サラマンダーの方も、目を細めて悦んでいるようだった。
私はその様子を微笑ましく眺めていたのだが、ふいにサラマンダーと目が合った。
アイディーンがサラマンダーから私に視線を移し、真剣な表情で言う。
「乙女は、それぞれの精霊王と心を通わせることができるんだが、サラマンダーがお前にお礼をしたいと言っている。……お前に、加護を与えたいそうだ」
アイディーンの言葉に、私は驚きを隠せなかった。
精霊からの加護は本来、人間の意志に関係なく、精霊が気に入った人間に勝手に与えるものだ。
精霊たちは基本的に人間の目に見えないが、生まれる前から、精霊たちは母親のお腹の中にいる赤子の周りに集まり、生まれて程なく、加護を与えて去っていく。
ただ、本来精霊たちが一方的に人間に与えるこの加護は、お互いの了承の上だと『契約』に近くなり、より強力なものになるらしい。
サラマンダーが私に与えようとしているのは、まさにこの『契約』に近い加護だった。
さらに、『精霊王』は各国の厳重な監視下に置かれていて、おいそれと人間に加護を与えたりすることはできない。基本的に、選ばれた乙女にのみ、契約に近い加護を与えるのだという。
私は乙女でもなく、そもそも炎の国の住民でもない。あまりにも、自分の身には過ぎたる恩恵だと戸惑う。
「サラマンダーが、どうしてもと言うんだ。私としても、この国を救ってくれたお前には恩があるし、サラマンダーの意思も尊重してやりたい。エイドリアン……この国の皇帝からも、了承を得ている。サラマンダーの加護はきっと、お前の役に立つだろう。どうか、受け入れてやってくれないか」
そう言って、アイディーンの腕から私の手のひらに移されたサラマンダーの体は、柔らかく温かかった。
背中に薄い炎が見えるが、触れても熱くはなく、心地良い温かさを纏っている。
手のひらに乗るサラマンダーから、熱い視線を受ける。さらに、アイディーンに「そこを何とか」と説得される。
確かに驚きはしたものの、私にはそれらを拒否する明確な理由もなく……二人の圧に負けて、私はこの申し出を了承した。
その瞬間、サラマンダーの表情に喜びが溢れ、ぶわっと私の体を橙色の炎が包み込んだ。その炎は頬や全身をくすぐるような、柔らかで心地良い温かさだった。
――今度は、必ず守るよ。
目を閉じて、炎の揺らめきに体を預けていた私の脳内に、誰かがそう呟く声が、小さく響いた。




