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19 炎の乙女・アイディーン②

夜の更新2/4

 アイディーンの言葉は次第に、自分自身を責める方向へと変わっていた。それまでこちらに向けられていた毒が、まるで彼女自身へと返っていくようだった。

 彼女の目には、言葉とは裏腹に力及ばなかった無念さが滲み、今にも壊れてしまいそうで痛々しく感じる。

 

 私たちへと向けていた強い態度や言葉は、どうしようもない理不尽さへの鬱屈した思いの現れだったのだろうか。

 そう思うと、アイディーンが途端に弱々しく、小さな存在に思えてきた。


「……噴火の兆候は日ごとに増し、もういつ噴火してもおかしくないという状況だ。藁をも掴む思いで考え出した案が、魔法の強い適性を持つ者をおびき寄せ、足りない魔力を補ってもらうというものだった。それで唯一釣れたのが、お前たちだ。だが、装置を満たすのに必要な魔力は、一人や二人分程度では到底賄えない」


 アイディーンはそう言うと、伏していた目を上げ、再び私たちに視線を向けてきた。

 その目には、諦めと無力感がありありと浮かんでいる。

 

「……最後の望みは、お前たちの中に複数の強い適性持ちがいることだけだった。だが、それも潰えた。依頼を冒険者協会に出して三カ月余り。この国は、国民もろとも間もなく噴火の下に沈むだろう」

「どうしてこの土地と心中するの!? 国を、国たらしめるのは土地ではない……国民だわ! 国民を外に避難させるべきよ。そうすれば、たとえ土地が一時的に滅んでしまったとしても、歴史が証明した通り、またやり直せる!」


 堪らず、アニーが声を張り上げて言う。

 だが、その叫びも、今のアイディーンには届かないようだった。

 

「ハッ! 偽善だな。それは一体、何百年先の話だ!? この国に今、どれだけの人間が住んでいると思っている! 炎の国の民全員を受け入れてくれる国や土地が、この世界のどこにあるというのか?」


 アイディーンの言う事はもっともだ。

 確かに、何百万にも及ぶ人々が一斉に他国へ逃れたら、おそらく、それらの国々は大混乱に陥ってしまうことだろう。

 

「それに、噴火の被害から逃れることができたとしても、今を生きる数百万人もの難民は帰る国もなく、路頭に迷い、飢えに苦しみ、死にも等しい日々を過ごしながら一生を終えることになる。ならば、生まれ育ったこの国と共に滅ぶ方が、この国に暮らす我々にとっても、そして世界にとっても最善に決まっている」


 そう語るアイディーンの目には、すでに決意と覚悟の様相が見て取れた。

 

「今、我々にできるのは、少しでも多くの魔力をこの装置に注ぎ、一秒でも長く、この国に住む民たちの最後の幸せを保つことだけだ。だが、それももうあと少しで終わってしまう」


 アイディーンは自分の背後にある装置を振り振り返り、手でそっと撫でながら言う。その装置は、帝都に入る時や冒険者協会で冒険者登録した際に使用したあの装置と同様のものだった。

 大きさはこれまで見た中で一番大きい。そして中には、この二千年をかけて蓄えられた魔力だろうか、濃い白色のもやが満たされていた。

 

「せめて、この子たちだけでも……」


 アニーが、アイディーンの説得を一旦諦め、私とロイドだけでも助けようと懇願しているのが分かった。

 しかし、その言葉を遮るようにアイディーンは首を振り、冷たく言い放つ。


「いいや、その願いを聞くことはできない。我々炎の国の民は、大人も子供も関係なく、全員等しく無に帰すのだから。だが……そうだな、アンナ、お前はそこそこ強い魔法の適性を持っているだろう? でなければ、数百キロに及ぶ地面に電気を通し、マグマの位置を探るなどできはしない」


 ふと、アイディーンがそう言った。これまでアニーの言葉に決して耳を傾けず、頑なだったアイディーンの態度が急に軟化したようにも感じた。

 ただそれは、ほんの一瞬だ。何か、交換条件を出してこようとしているとすぐに察した。嫌な予感がして……しかも、それは当たってしまった。


「お前と、男共がここに残り、この国の最後の時まで尽くし共に滅びるというのなら、子どもらには口封じの魔法を施したうえで解放してやらんこともない。口封じの魔法は裏の社会の奴らがよく使う、国際的にも禁止された魔法だ。ここでの話を少しでも口外したら最後、舌は焼かれ死ぬことになる」


 アイディーンの言葉に、私は息を呑んだ。それは、私たちを助ける代わりにアニーが残るという、脅しにも似た案だった。場の空気はさらに重くなる。

 そして、少しして、アニーが絞り出すように言った。


「……それで構わないわ」

 

 アニーの言葉が耳に届いた瞬間、私の中で何かが崩れるようだった。

 私とロイドを逃がすには、確かに、アイディーンの提案を飲むしかないのかもしれない。黙ってアニーの言葉を聞いているみんなも、同じ気持ちだということなのだろう。でも……。


「……そんなの、駄目……」


 気が付けば、私は声を上げていた。

 場が静まり返る中、私の声だけがこの空間に響いている。


 黙って聞いていれば、アイディーンもアニーも、自己犠牲に囚われているようにしか思えなかった。そして問題は、炎の国民であれ私たちであれ、多くの人がその犠牲に巻き込まれるということだ。

 どんなに考えても、多くの犠牲が出る二人の考えを許容することは、私にはできなかった。

 

 かと言って、大人に守られるべき子どもにできることなんて、たかが知れている。普通なら。

 そう、普通なら確かにそうだが……()()()()()()()()


 心の奥で、ひとつの可能性がちらついている。

 アニーはおそらく気付いているだろう。だが、その可能性を意識の底に沈め、何も知らないような(てい)で私を守ろうとしているのが分かった。

 しかし、アニーたちの犠牲の上に成り立つそれもまた、私にとって好ましいものではなかった。


 そう、犠牲は最小限であるべきだ。

 私の中で、何かが燃え上がるように感じられる。それは、これまで感じたことのない強い衝動だった。

 

「……アニーたちの旅はどうなるの?」


 そう言いながら、私はまっすぐにアニーを見た。

 

「冒険者協会でアニーは、『諦めることなんて決してない』と言っていた。アニーたちには、やらなきゃいけないことがあるはずでしょう? でも、私は違う。私にはやるべきことも、生きる目的もないから……犠牲になるのは私だけで良い」


 そう言うと、まるでアイディーンから守るように囲んでくれていた、みんなの間を抜けて私は前へと出た。

 私の言葉に、自分たちの旅の目的や色々な思いが逡巡しているのだろう。私の歩みを阻む者はいない。


 心配そうに私を見つめてくるみんなと、目を合わせることはできなかった。

 そのままアイディーンの前に立ち、私は彼女の目をまっすぐに見つめて言った。

 

「……私が代わりにこの国に最後まで尽くします。私は水の国で、乙女候補に選ばれました。魔力を注ぐということだけならば、私はアニーと同等、いえ、それ以上の貢献ができるはずです」


 アイディーンは驚いた様子も見せず、ただ目を細めて私を見つめ返した。

「ほう」と、彼女の口から漏れたその言葉に、私はかすかな希望を感じるしかなかった。

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