我は破壊神、今日も平和を守る
暗黒の洞窟。そこに千年もの時を超えて眠りについていた破壊神、いや、我こそが世界を震撼させし破壊神、クロノス。かつての我が力をもってすれば、大陸ひとつぐらい容易く消し去ることができた。だが、今や何ということか。目覚めたというのに、世界は妙に…静かである。
「ふむ、よく寝た。千年も寝ていたか? 我は破壊神、クロノスだ! さて、この世界を滅ぼす準備を始めるか!」
そう思い、我は洞窟の中で体を伸ばす。だが、何かが…違う。何だこの違和感は。周囲の空気がやけに穏やかすぎるではないか?
「おかしい…我が目覚めた瞬間、天が裂け、地が割れ、世界中が恐怖の叫び声を上げるはずであろう? 雷鳴とともに、破滅の予兆が訪れるはずではないのか!」
外に出て、世界の状況を確認せねばならぬ。我はゆっくりと洞窟の出口に向かう。その時、ふと周囲を見渡したが、何も変わっておらぬ。千年前と同じ光景、ただただ静かだ。千年という月日が経ったのに、洞窟の中は相変わらずだ。誰も手をつけなかったのか?
「ふむ、我の存在が恐ろしすぎて、誰も近づけぬのだな!それもまたよし!」
そう自らに言い聞かせ、我は洞窟を抜け出した。しかし、我を待っていたのはまさかの光景だった。青々とした草原、風にそよぐ木々、のどかに鳴く鳥たち。何だ、この世界は!平和すぎる!これが本当に破壊神クロノスが目覚めた後の世界なのか?そんなはずがあるまい!
「いや待て、我が千年の眠りの間に世界はもう一度滅んで再建されたのかもしれん。ならば、再び滅ぼしてくれようぞ!」
我は、周囲を見回す。遠くに村が見えるではないか。あの村をまず攻め滅ぼして、恐怖と破壊の幕開けとするか!そう思い、我は村に向かって歩き始めた。
「しかし、何だこの気配は…。全く殺気が感じられぬではないか。我の目覚めに気づかぬとは、やはり人間どもは愚かよな」
歩きながら我は少し気になった。あれ?我の四天王はどこだ?あの者たちなら、我が目覚めたと同時に駆けつけ、世界滅亡の準備を進めるはずだ。あやつら、どこで何をしておる!?
「四天王ども、何をさぼっておる! 我が目覚めたのだぞ!すぐに現れぬとは、あやつら……まあ、後で叱り飛ばしてやるか」
村に近づくと、なんと平和そうな光景が広がっている。子供たちが楽しそうに遊び、農民が野良仕事をしている。…おいおい、これではまるで我がただの散歩者ではないか。村人どもよ、我を見てもっと震え上がれ!そして、ひれ伏せ!
「おい、村人ども! 我が破壊神クロノスだ! 今すぐ恐れ、ひざまずくがよい!」
そう叫んだものの、何だこの反応は?まるで気にしておらぬではないか。むしろ、何やらこっちを見てニコニコしている? それどころか、子供たちは笑いながら我の方に近づいてきているではないか!
「お、おじいちゃん!あの黒いローブの人、誰だろう?守り神様かな?」
「そうじゃろうな。あの威厳ある姿!間違いない、あれは村を守ってくれる神様じゃ!」
「……待て、今何と言った?守り神だと? 我は破壊神だ!守る神などではない!この世界を滅ぼすために現れたのだ!」
だが、老人と子供たちは笑顔のままで、我の言葉などまるで聞いていないようだ。あまりに平和な空気に、我も少し混乱し始める。
「……おい、少し待て。我の言っていることがわからぬのか? 滅びるんだぞ、お前たち!この世界は、今この瞬間から終焉へ向かうのだぞ!」
「いやいや、守り神様、どうかお気を楽に。我らが村を守ってくれるというのはありがたいことじゃ。さあ、こちらにお茶でもどうぞ!」
「お茶!? 我にお茶をすすめるだと!? 我はそんな穏やかな存在ではない!お前たちが恐れおののく姿を見て、破滅を楽しむのが我の役割なのだ!」
しかし、老人は我の抗議に耳を貸さず、にこにこと笑みを浮かべたまま我を村に招き入れようとする。
「どうぞどうぞ、こちらへ。村の者たちも守り神様をお迎えする準備をしておりますよ」
「守り神じゃないって言ってるだろう! 我は破壊神だ! 滅ぼす側なのだ!」
まったく話が通じぬ…!これほど平和ボケした村人たちを目の前に、どうやって恐怖を植え付ければいいというのだ。しかも、やたらと好意的だ。
「まったく……何だこれは。せっかく目覚めたというのに、世界が滅びるどころか歓迎されておるではないか。我が威厳が……」
そうぼやきながらも、我は村の中へと歩みを進める。周囲には笑顔の村人たち。なんだこれは、どこかで間違ったのか?我が破壊神として君臨すべき姿が、守り神などというありえない勘違いをされている。だが、今はこの状況を観察するしかないか…。
「……まあ、少しだけ様子を見てやろう。我が目覚めた以上、この平和な世界もすぐに終わることになるだろう。そうなれば、我の力を思い知ることになるはずだ」
すると、突然小さな子供が我の足元に走ってきた。
「ねえ、おじちゃん、あそぼうよ!」
「……おじちゃん!? 我を誰だと思っておる! 破壊神だぞ!? おじちゃんなどと呼ばれる筋合いはない! もっと、恐れよ!怯えよ!我が存在を――」
その瞬間、子供が目に涙を浮かべ始めた。
「……いや、ちょっと待て!泣くな、泣かれると困る! わ、我はお前たちを滅ぼすために来たんだぞ!」
村の女性が走り寄ってきて、子供を抱き上げる。
「まあまあ、守り神様、うちの子がご迷惑をかけましたわ。でも、そんなに怖い顔をしないでくださいな。子供もあなたに興味があるんですよ」
「だから、守り神じゃないんだって言っているだろう! 我は破壊神クロノス!世界を滅ぼす運命にあるのだ!」
女性は気にも留めず、微笑んでいる。
「まあまあ、まあまあ。こちらでお茶でもどうぞ。落ち着きますよ、守り神様」
「……いや、だから、守り神じゃないって! 何故誰も我の言うことを信じぬのだ!?……ああ、もういい」
我は完全に疲れ果てた。どうやらこの村では、我が本来の恐怖の象徴としての存在が全く通じていないらしい。これは一度リセットしなければならぬかもしれぬ。だが今は…。
「……お茶をもらおうか。」
そう言って、我は村人たちに囲まれながら、まるで何事もなかったかのように平和な一日を過ごすことになった。
我は、何故こうなってしまったのか理解できぬまま、村人たちに囲まれて村の広場へと案内されていた。テーブルには湯気を立てたお茶と、見たこともない種類の菓子が並べられている。どう見てもこれは……お茶会だ。破壊神である我が、まさかこんな平和極まりない場に座ることになるとは!
「……なんだ、これは。お茶会だと? 我が破壊神だと知らぬのか!」
「どうぞ、守り神様。こちらのお茶は、この村で一番美味しいものです。ごゆっくりお楽しみください!」
「だから、守り神ではないと言っているだろう! 我は破壊神……いや、もう何度言っても無駄だな。まあいい、飲んでやろう」
我は目の前に差し出された湯気の立つカップを見下ろした。こんな小さなカップで我を満足させようとは、笑止!だが、どうやら逃れる術はなさそうだ。これも滅ぼす前の観察と捉えて、しばしこの村の奇妙な日常に付き合ってやるか。
「ふむ……悪くはない」
お茶を一口含むと、思いのほか美味であった。我はしばしそれに驚きながらも、決して表情には出さぬよう、冷静にカップを置いた。村人たちはそれを見て微笑んでいる。どうやら、我がこの村の救世主であるかのような誤解はますます深まっているようだ。
「それにしても、お前たち……我が破壊神だということに、なぜ気づかぬのだ。普通、我のような恐ろしい存在が現れたら、もっと驚いたり、怯えたり、何かしらの反応があるのではないか?」
「まあまあ、守り神様。そんなに肩肘張らずに、どうぞお菓子も召し上がってください」
「……お、お菓子だと!? 我に……破壊神に菓子をすすめるとは……!なんだ、この平和すぎる光景は!」
「このお菓子、村一番の菓子職人が作ったものなんです。守り神様のために特別にご用意しました!」
「いや、だから……破壊神だと何度言えば……!」
我は再び頭を抱える。何度言っても、まるで聞いていないではないか! だが、我のプライドがある。我に菓子を食わせるとはどういうことだ……。しかし、ふと見ると、そのお菓子は美味しそうだ。小さなカップケーキや、砂糖でコーティングされたクッキー。何だこの甘美な香りは……。
「……仕方ない。少しだけ味見してやる」
一つのカップケーキを手に取り、恐る恐る一口齧る。口に広がる甘さと柔らかさ……思わず、我は声を上げそうになる。
「む……むむっ……何だこれは……!美味ではないか……!」
だが、村人たちにそんな姿を見せるわけにはいかぬ。ここで破壊神クロノスとしての威厳を失うわけにはいかないのだ。だからといって、不味いとも言えない……むしろ、もう一つ食べたいほどだ。しかし、ここで食べ続けるわけにもいかぬ。何とか誤魔化さねばならん。
「……まあ、悪くないな。我としては合格としてやろう」
「まあ!守り神様に気に入っていただけるとは、何と光栄なこと!ありがとうございます!」
「いや、だから……はぁ……」
我は再び深いため息をついた。どうやら、この村では我の存在は完全に守り神として認識されてしまっている。これでは滅びをもたらす計画など進められぬではないか!
「それにしても……我の四天王はどこだ? あいつらがいれば、こんな状況もすぐに解決できるというのに……」
ふと、我は四天王のことを思い出した。あいつらは、どこで何をしているのか。千年も寝ている間にさぼり癖でもついたのか? 我が目覚めたのなら、すぐに馳せ参じるべきだろう。だが、この村に一人も来ないとはどういうことだ?
「まさか……あいつらも平和ボケしたわけではあるまいな。全く、今度会ったら、雷でも落として目を覚まさせねばならぬな」
そんなことを考えていると、突然村の中央で大きな叫び声が響いた。どうやら村の子供たちが何かで揉めているらしい。小さな男の子が泣き叫び、他の子供たちと口論をしている。何事だ?
「……何だ、あの騒ぎは?せっかく我が平和にお茶を飲んでいたのに、何を揉めているのだ?」
村の長老が慌ててその場に駆け寄り、何か説明しているのが聞こえる。
「それが、子供たちが遊んでいる最中に、どうやらボールが大切な像にぶつかってしまったようで……」
「像? 何だ、その像は?」
「これは大変だ!村の守り神様の像が……倒れてしまったのです!」
「守り神……またか! 我に関係のない像など、どうでもよい! だが、倒れたと言うならば直せば良いではないか」
「いやいや、守り神様。この像は代々この村を守ってきたもので……」
「いや、だから……破壊神だと言っているのだがな」
だが、村人たちはパニック状態だ。倒れた像を何とかしようとあたふたしている。我としては、どうでも良いことなのだが……。
「ふむ……これも何かの縁だ。直してやろう」
我は立ち上がり、像の元に向かう。倒れた像を一瞥し、軽く指を鳴らすと、像はたちまち元の形に戻った。これは我にとって、取るに足らぬ力だ。
「ほれ、直ったぞ」
我は何でもないかのように像を直したが、ふと改めてその像を見上げた瞬間、驚愕の事実に気づいた。
「……待て、これは……我ではないか!?」
像をよく見れば、我の顔にそっくりではないか! だが、問題はそこではない。何だこの像……全身がヌードではないか!?しかも、見事に鍛え上げられた筋肉が誇張されている……まさに「完璧な体」というやつだ。だが、これは破壊神の威厳を台無しにするにも程がある!
「ちょっと待て! お前たち、これは一体どういうことだ!? なぜ我の像が……その、何も着ておらぬのだ!?」
村人たちはまるで気にしていない様子である。
「いやあ、守り神様。これこそ、あなた様の偉大な姿を完璧に再現したものですよ。裸でこそ真の力が表れるという信仰がありまして……」
「いやいや、裸に信仰も何もあったものではない! 我は、服を着ているだろう! 何故、こんな全身ヌードなのだ!? しかも……ちょっと誇張し過ぎではないか、その筋肉!」
我は額に手を当て、頭を抱えた。破壊神としての尊厳が著しく傷つけられている気がする。いや、確かに我の体は完璧だ……だが、それを公共の場で誇示されるのはさすがに困る。こんな像が村の中心にあっては、我の威厳がどうなるというのだ!
「……よかろう。これではいかん。我が新たに衣装を与えよう」
我は手を振り、像に服を着せることを決意した。だが、普通の服ではない。ここは一つ、我が誇り高き力にふさわしいものを与えるべきだ。そうだ……オリハルコンだ!伝説の金属、絶対に壊れない究極の鎧を!
「オリハルコンよ……今こそ、我が力に応えて、服となれ!」
像の全身に、輝くオリハルコンの鎧が装着されていく。圧倒的な威圧感を放つ鎧は、我にふさわしい威厳を取り戻してくれるはずだ。もちろん、ただの鎧ではない。これはファッションでもある! 完璧なデザインを施し、豪華絢爛な装いで村を圧倒させてやろう!
「どうだ、これで我の像も完璧だ! 全身ヌードなどという無礼な姿から脱却し、威厳を保った破壊神クロノスの姿だ!」
村人たちは再び驚嘆の声を上げた。
「なんと……守り神様が、こんなにも立派な服を与えてくださるとは!これはまさに奇跡!!語り継がねば!」
「……だから、破壊神だと言っているだろう!」
だが、我の抗議もむなしく、村人たちは感謝の気持ちでいっぱいのようだ。どうやら、彼らの頭の中では、我はすっかり「守り神様」として定着してしまったらしい。全身ヌードだった像を服で隠したところで、何もかもが平和すぎて困る。
「……まあいい。これで我の像も一応まともになったし、村人たちが誤解しているのも仕方ないか……だが、いつかは必ず……滅ぼしてやるぞ!」
我は心の中で誓いながら、再びお茶をすすりつつ、破壊のタイミングを見計らうのだった。
我が自らのヌード像をオリハルコンの鎧で着飾り、なんとか威厳を取り戻した……かと思いきや、すぐに予想外の事態が我を待ち受けていた。
「いやあ、守り神様! 素晴らしい鎧ですな! さすがは神の力!」
「破壊神だと言っているだろうが!」
村人たちは誰一人として、我が破壊神であることを受け入れる気配がない。それどころか、ますます「守り神」だと信じて疑わぬ様子だ。むしろ、オリハルコンで像を飾ったせいで、その信仰がより強固なものになっている。
そして、問題はまだ終わっていなかった。
「あっ! 守り神様だー! あそぼー!」
我が威厳を取り戻したはずの像を背景に、再び村の子供たちが駆け寄ってきた。
「おい、待て! 我は遊ぶためにここにいるのではない! 我を見てそんなに無邪気に駆け寄るな! 普通はもっと怯えるものだろうが!」
だが、子供たちは我の言葉などまるで聞いていない。むしろ、どんどん近づいてくる。さらに、手には何やら丸い物体を持っているではないか。
「おじちゃん! ボールで遊ぼう!」
「……ボ、ボールだと? 我は破壊神だぞ!? ボールで遊ぶなどありえぬ! 我が一撃でそのボールなど粉々に――」
我が威厳たっぷりに宣言しようとしたその瞬間、子供たちは容赦なくボールを投げつけてきた。しかも、正確に我の顔面を狙ってきたではないか!
「むおっ!? こ、これは!」
ボールが見事に我の顔に命中し、その衝撃で一瞬視界が揺らいだ。何だ、この大胆さは!? 我を標的にするとは、ただ者ではないな、この子供たち……!
「ぐぬぬぬ……! 我をもてあそぶとは……!」
子供たちは我の苦悩などつゆ知らず、さらに無邪気な笑顔でボールを投げ続けてくる。まるで我を新たな遊具として認識しているかのようだ。
「おじちゃん、もっともっと! 次はキャッチしてね!」
我に対する軽々しい言葉とともに、子供たちの手から飛び出したボールは、見事なまでに一直線に飛んできた。だが、我は動じぬ。破壊神としての誇りと力をここで示すのだ。次こそ、完全にキャッチして、子供たちの目を覚まさせてやろう。
「ふん、そんなボールなど、今度こそ軽く――」
言葉が最後まで出る前に、何かが起こった。いや、何かというのは控えめすぎる。クロノスとしての長い歴史の中で、これほどの衝撃を受けたことはあっただろうか。いや、ない。絶対にない。
いかなる神や魔物の攻撃も我には通じないはずだった。だが、今、子供が投げたたかがボール一つが我の急所に正確に命中し、我はその痛みに悶絶寸前である。
「む、むおぉおおおっ!?!?」
耐えろ、耐えろ……! 我のこの高貴なる姿が、ここで崩れてはならぬ! 破壊神としての威厳を守るためには、こんな些細な痛みごときに屈してはならぬのだ。だが、この……この鈍痛は何だ!? いっそ、世界を滅ぼすよりも過酷ではないか!
「……ぐぬぬぬぬっ!!」
声にならない叫びが喉から漏れた。千年の眠りから覚めた破壊神として、数多の激闘をくぐり抜けてきたはずのこの我が、いとも簡単に……。
我は顔を引きつらせ、必死に体を震えさせないように踏みとどまる。痛みが身体の芯まで響き渡り、世界が一瞬白く光ったような気すらする……だが、だが、ここで崩れてはならぬ!我は破壊神!こんな些細な痛みごときで、村人どもに我の威厳を失わせるわけにはいかん!
「お、おじちゃん、大丈夫?」
子供たちは、まさか自分たちが放ったボールが破壊神の急所を襲ったことなど知らぬ様子で、純粋な目でこちらを見上げている。何と無邪気な眼差し!そしてそれが、今この瞬間、我にとってどれだけの試練かを理解していないのだ!
我は何とか平静を保ちつつ、ゆっくりと深呼吸をした。痛みが体中を駆け巡っているが、それでも我は屈せぬ。威厳を保ち続けることこそ、破壊神としての責務だ!
「ふ、ふん……大丈夫だ……全く問題ない……な、何のことはない!これくらい、我にとっては蚊に刺されたようなもの……!」
顔が引きつるのを必死に抑えながら、言葉を絞り出す。我の足元がわずかに震えているのを見逃す者はいない……いや、見逃してくれ!この震えは、決してボールの衝撃によるものではなく、何かこう、風のせいか何かだ!
「ほんとに平気?なんか顔が赤いけど……」
「……い、言っただろう!平気だと!この程度の……」
――ギュッ。
突如、痛みが再び蘇った。まるで、ボールの命中した部分が再び脈打つかのように。いや、むしろ倍増した痛みが押し寄せているではないか!? だが、我は耐えねばならん……ここで倒れたら、破壊神としての面目は丸潰れだ!
「よし、次はもっと強く投げるぞ!」
「……なんだと? もっと……強く? いや、待て、我はそろそろ――」
我が止める暇もなく、子供たちは楽しげにボールを再び投げ込んできた。今回のボールは、何故か前回よりも勢いがある。嫌な予感がする……いや、当たるなよ……当たるなよ……!
――ズドン!
「ああああああっ!?」
二度目の直撃。しかも、前回とは比べ物にならぬほどの強烈な威力を持って、再び急所に命中。これほど的確な攻撃を放つとは……子供とは侮れぬ!
「む、無念……我がこの程度の衝撃で……」
いや、無念ではない!ここで痛みに屈するわけにはいかん!我はクロノス、世界を滅ぼす破壊神だ!このような小さなボールごときに我の威厳を奪われてはならぬ!
だが、現実は厳しい。急所に命中した痛みが、どんどんと体中に広がり、視界がかすむ。だが、倒れるわけにはいかぬ!むしろ、ここで我が踏みとどまれば、子供たちに我の偉大さを証明できるはずだ!
「くっ……ぐぬぬぬぬ……! だ、大丈夫だ! 我はまだ……立って……いるぞ!」
我はふらつきながらも、なんとか立ち続ける。いや、むしろ立っていること自体が奇跡だ。村人たちは心配そうにこちらを見つめているが、彼らには知られてはならぬ。これは威厳との戦いなのだ!
「すごい! おじちゃん、全然倒れないんだね! やっぱり守り神様は強いんだ!」
「……守り神じゃない……破壊神……だ……!」
「もう一回やろうよ!」
「……も、もう一回!? 待て、それだけは……!」
だが、子供たちは止まらない。再びボールを持ち上げ、嬉々として我の方向に照準を合わせる。いや、待て、本当に待て……! このままでは我の……我の威厳が……威厳が……いや、それどころではない、我の身体が危険だ!
「……四天王よ……助けてくれ……!」
心の中で、遠くにいるはずの四天王たちに必死の叫びを送る。
「おじちゃん、もう一回投げるよ!」
子供たちは嬉々としてボールを持ち上げ、再び我の方向に狙いを定めている。まさか、再び同じように急所に命中することはあるまい……そう信じたい。だが、先ほどからの的確すぎるコントロールを考えれば、あまり期待はできぬ!
「……ま、待て! 少し冷静になれ、子供よ。我は破壊神だぞ!破壊神がこんな遊びに興じている場合では――」
言い終わる前に、子供たちの腕が勢いよく振り下ろされ、ボールは風を切りながら一直線に我の元へと飛んできた。そして、そのまま……再び、急所に――。
「ぐふっ……あ、ああああああっ!」
声にならない叫びが我の口から漏れた。何度だ!一体何度この痛みを味わえば済むというのだ!?これは何かの罠か?いや、神々の試練か?さすがの破壊神クロノスも、ここまで痛みを立て続けに受けるなど……前代未聞の事態だ!
「ぐぬぬ……こ、これは……我が一撃で滅ぼしたはずの伝説の闘士たちよりも強烈ではないか……!」
耐えろ……耐えろ、クロノス……!ここで倒れるわけにはいかん!我がこのような状況で屈したとあっては、破壊神としての面目が立たぬではないか……!だが、あまりにも……痛い!これは痛いぞ!
我は叫ぶしかなかった。
「四天王よ、我を助けよ!今こそその力を見せる時だ!急げ、さもなくば我が……我が……!」
四天王よ、頼む!今こそお前たちが我を助けるべき時だろう!?何をしている!?我が目覚めたというのに、未だ姿を見せぬとは……お前ら全員おぼえてろよ!
「おじちゃん、いくよー!」
「や、やめろおおおおおっ!」
我が全力の叫びもむなしく、子供たちはボールを手にして我を再度標的にしようとしている。だが、その時――
「おやめなさい。守り神様も目覚めたばかりなのにお疲れになってしまうでしょう?」
どこからか、優しい女性の声が響いた。ふと見ると、村の女性たちがにこにこと笑いながらこちらに近づいてくる。
ボールを抱えた子供たちは名残惜しそうに我を見つめるが、女性たちが「遊びはもうおしまい」と笑顔で諭すと、すぐにおとなしくなった。
「守り神様、遊んでくださってありがとうございました。子供たち、楽しそうにしていましたね!」
女性たちは気にすることなく、ニコニコと笑顔を浮かべている。何だ、この妙な暖かさは。あまりにもほのぼのしすぎて、我が破壊神として振る舞うべき場面が見つからぬ……。
「本当に助かりました。子供たち、最近元気が余ってて大変だったんですけど、守り神様のおかげで今日はすっかり落ち着きましたわ」
「いや、我は……破壊神だと言っているのだが……」
一人の女性がそっと我の肩に手を置き、感謝の気持ちを込めて笑いかけてきた。
「でも、守り神様がこうして子供たちと遊んでくれるなんて、素敵ですわ。なんだか、お父さんみたいですね!」
「……お、お父さん!? 我を何だと思っておる! 破壊神だぞ、破壊神!」
「まぁまぁ、そんなに謙遜しなくても。子供たちも守り神様みたいに立派になってくれたら嬉しいですわ」
謙遜ではない!我は破壊神だ!世界を滅ぼすために目覚めたというのに、この村では「守り神」だの「お父さん」だの、まるで平和の象徴として扱われているではないか!
だが、そんな抗議の声もむなしく、村人たちはほのぼのとした笑顔で、我にさらに近づいてきた。
「守り神様、今日は特別な日なんです!」
村人たちは、にこにこしながらこちらを見ている。この笑顔が曲者だ。何か、ただならぬことが起こる予感がするぞ……。
「今日は、村のみんなでちょっぴり辛めの料理を食べる日なんです。今年の健康を願って、特別に『爆神辛がらし』を使っているんですよ!」
「ば、爆神辛がらし……だと……?」
なんだその名前は!? 我ですら耳にしたことのない伝説の唐辛子か? いや、待て、爆神辛がらしといえば、かつて神々ですら戦慄したという恐ろしい食材ではないか!? あまりの辛さに、神ですら数年間は失神すると伝えられているという……。まさか、それを今ここで――?
ふと、広場の中央に目をやると、村人たちが楽しげに巨大な鍋にその「爆神辛がらし」を山盛りでぶち込んでいるではないか!
「なっ、ななななっ……なんだ!? それは……い、入れすぎではないか!? その量は常軌を逸している!」
鍋の中に大量の赤い爆神辛がらしが入れられている。いや、あれは人間が耐えられるレベルの量ではない。むしろ、これは罠だ!そうだ、彼らは我が破壊神であることを知り、我を倒そうと爆神辛がらしを使っているに違いない! 何という恐ろしい村だ……!!
「守り神様も、ぜひ最初に一口どうぞ!」
「……な、何!?」
一口だと!? いやいや、冗談じゃない! 我だって、この爆神辛がらしの噂くらいは知っている。神々すら昏倒させる食材だぞ?それを最初に我に食べろと言うのか!?
「いや、待て……我は、守り神として……ではなく、破壊神として、先に食べるわけにはいかぬ!村人たちがまず食べるがよい! その後、我が……」
「え?いいんですか? ありがとうございます! それじゃ、みんなで先にいただきましょう!」
な、なんだ!? あっさり受け入れたぞ!? しかも、爆神辛がらしが山盛りに入った鍋を前にして、まるで何事もなかったかのように湯気を立てて、ニコニコしているではないか。む、むむむ……これは、もしや余裕の表れか? いや、見た目では分からぬ。我は慎重に様子を見るべきだ。
そして、次の瞬間――村人たちは全員スプーンを持ち上げ、赤く煮えたぎるスープを一口、二口と口に運び始めた。……どうなる!? 一体どうなる!?
「……ん! おいしい!」
「今日のスープは特別に美味しいですわね!」
「やっぱり、爆神辛がらしが効いてるな~!」
……えっ? ちょっと待て、何だこの反応は。誰も倒れない!誰一人として顔を赤くしたり、苦しんだりしていないではないか!な、なぜだ!? これほど大量の爆神辛がらしを入れているというのに……!
「むぅ、待てよ……千年もの間、我は眠っていた……。その間に村人どもの体質が進化したのか? いや、それともこの『爆神辛がらし』というものも、昔ほどの力を失ったのかもしれぬな……」
我は、だんだんと安心し始めていた。なるほど、千年もの時が経てば、どんな恐ろしいものも弱くなるのは道理だ。神々ですら恐れていた食材が、今やただの調味料に過ぎぬとすれば、我もこれくらいの辛さに屈するわけにはいかぬ!
「……よかろう! ならば我も……いただくぞ!」
我は堂々と宣言し、スプーンを手に取り、鍋からスープをすくい上げた。赤く湯気を上げるスープは、見た目からして辛そうだが、先ほど村人たちが平然としていたのを見れば、問題なかろう。よし、これを飲み干せば、我の威厳は保たれ、村人たちにさらなる畏怖の念を抱かせることができる……!
我は一気にスープを口に運んだ。そして――
「むおっ!? なんだ、これは……!? ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬぬぬっ!!!」
口の中で爆発したかのような衝撃!いや、これは衝撃どころではない!まるで火山が噴火したかのような熱さと辛さが、一気に我の体内に流れ込んでくる!舌が……舌が燃えているではないか!これは……ただの辛さではない!痛い!いや、痛いを超えて……苦しい!?
「む、むおおおおおおっ!!! く、くぅぅぅ……!! こ、これは、まさに……爆神辛がらし……!! な、なんという……!」
我は必死に口の中を冷まそうとするが、どうにもならない!口が!喉が!胃が!まるで業火に包まれたかのような感覚だ!辛いを超えて、これはすでに……痛み!いや、拷問だ!こんなものを普通に食べていた村人どもは……一体何なのだ!?
「守り神様、 このスープ、ちょっと辛かったかしら?」
「ちょ、ちょっと!? これは……どこが『ちょっと』だ……!!? 辛さを超えて……拷問級の……ぐぬぬぬぬっ……!」
我はふらふらと後ずさりしながら、必死に冷静を装おうとした。だが、体が反応してしまっている……涙が……目から自然と涙が……!
「守り神様が涙まで流して……そんなに美味しかったんですね!みんなー!守り神様、美味しいってー!」
「ち、違うっ! この涙は……喜びの涙では……ない……!ぐぬぬぬ……! 我が破壊神として、このような……ぐっ、ぐぅぅぅ……!」
村人たちは大はしゃぎだ。我のこの状況を「感動している」と勘違いしているようだ。
「守り神様!さすがですわ! そんなに感激してくださるなんて……」
「ぐぬぬぬぬっ……我は……破壊神だ……!これしきの……ぐ、ぐふぅぅ……!」
だが、もう耐えきれない!口の中が炎に包まれたままだ!誰か……誰か水を!だが、破壊神としてここで水を頼むわけにはいかぬ!我が誇りが……!
「守り神様、どうぞお水も召し上がってくださいな。」
そうだ、水!水だ!今この瞬間、我の喉が求めるのは水しかない!だが、破壊神として水を求めるのは――いや、いやいや、今はプライドを保つことよりも生存が先だ!このままでは爆神辛がらしに命を取られるかもしれない!
「……あ、ありがたく……いただこう……」
ついに観念し、我は村人が差し出した水を手に取った。喉はもう限界に達している。爆神辛がらしの攻撃に耐え続けたが、このままでは我が破壊神の名が滅びてしまうかもしれぬ。
「ふ、ふぅ……これで……これで助かる……!」
我は震える手で水を一気に飲み干した。冷たい水が喉を通り、熱された口内を鎮めるかと思いきや――
「……むおぉっ!? ぐ、ぐああああああっ!! なんだこれは!? ますます辛くなったぞぉぉぉ!!!」
まるで火山が再び噴火したかのようだ! なんということだ、水を飲んだ瞬間、辛さが逆に何倍にもなって戻ってきた! これは……罠か!? 水が辛さを鎮めるどころか、辛味の増幅装置と化しているではないか!
「守り神様、大丈夫ですか? 水も美味しいでしょう?」
「お、美味しいだと!? 」
村人たちは再びにこにこと微笑みながら、我を見つめている。どうして平気な顔をしているのだ!? あの鍋にあれだけ大量の爆神辛がらしを投入していたではないか! こんな辛さ、普通の人間ならばすでに昏倒しているはずだ……!
「守り神様?」
「ぐ、ぐぅぅ……! ま、まさか……これほどの……これは一体どういうことだ!?」
我は、もう一度村人たちの表情を確認した。村の人々は、特に変わった様子もなく、平然と食事を続けている。いや、むしろ「おいしい」と水もガブガブと飲んでいる!
我は心の中で混乱していた。この村人たち……もはや人間を超越しているのではないか? いや、もしくは千年の間に何か進化を遂げたか、もしくはこの村の辛さの基準が常軌を逸しているのか……?
「守り神様も、さすがですね! わたしたちの村の特製料理をこんなに楽しんでくださって嬉しいです!」
「た、た、楽しんでいる!? ぐぬぬぬ……いや、これは……!」
我は、涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら、なんとか誤魔化そうとした。しかし、もう限界だ。目の前がぐるぐる回り、今にも倒れそうだ!
目がチカチカする。我は破壊神だぞ!こんな辛さごときに屈するわけにはいかない……だが、もう体が限界を超えつつある!
「守り神様も、これで今年も元気に健康に過ごせますね!」
「け、健康だと……!? 」
村人たちはニコニコとスープを飲み続けている。この村の「ちょっと辛い」という感覚、もはや我には理解不能だ。どうしてこの村の者どもは、こんな平和な顔で、あの爆神辛がらしを平然と食べ続けられるのだ……?
「ぐぬぬぬ……ま、待て……! 我は、負けぬ……!」
何とか立ち上がろうとするが、膝がガクガク震えている。いや、これは全て計画通りだ!この震えも、決して辛さによるものではなく、我が力を抑え込んでいるためだ……!と自分に言い聞かせるが、視界はぼんやりと霞み、辛さで涙が止まらない。
「守り神様、また来年もこの料理を一緒に楽しみましょうね!」
「そ、それは……ちょっと待て!?」
その瞬間、我の心はポキッと音を立てて折れた。ぐふっと力なく崩れ落ち、その場にへたり込んだ。膝をつく我を見て、村人たちはなぜか「守り神様、さすがです!」と拍手しているが、そんなものはもはや耳に入らない。
「千年後の世界に……これほどの強敵がいようとは……我は……頑張った……」
クロノスはそう呟きながら、ゆっくりと横になった。目の前に広がるのは平和すぎる村の宴会。爆神辛がらしに完全敗北した漢に、もうこれ以上戦う気力は残っていない。
「そうだ……千年も経てば、きっと世界が変わっているに違いない……そこまで眠れば……恐怖から逃げられる!」
そんなわけで、再び長い眠りにつく決意をした我は、安心して目を閉じようとした。しかし――
「守り神様、また明日!!」
「……ま、また明日だと!? 馬鹿な……!」
心の中で絶叫し、クロノスはついに意識を手放した。平和すぎる村の中、破壊神クロノスは「また明日」という恐ろしい言葉と、そういえば千年前も…と、忘れていた記憶を思い出し、再び千年の眠りについたのであった……。
完