ニートの俺が十分だけ異世界転移した話
深夜三時過ぎ。
俺は夜食を買いに、コンビニへ向かっていた。
今日は何にしようかな。カップ麺は……昨日食べたし、パン系だな。もう今日はパン! パンパパン!!
変なテンションで考え事をしていると、突然、目の前が光った。あまりの眩しさに目を閉じ、顔をそむけてしまう。
なんだったんだ今のは……
ゆっくりと目を開くと、ローブを被った二人組がこちらを向いて立っていた。
誰? というかこの石造りの部屋はどこなんだ?
「えっ……は? 何この状況」
「お待ちしておりました、勇者様」
理解不能な状況に動揺していると女の子の声が聞こえた。
ローブの人たちが左右に移動し、奥から豪華なドレスを着た女の子が現れる。
「勇者様って……俺のことですか?」
「はい。勇者召喚の儀式によって召喚いたしました」
なんてこった。
どうやらこれは異世界転移ってやつらしい。
ニートの俺が勇者だなんて物凄い出世……というより就職か。
「どうかお願いします……この世界を救ってください! 【朱雀院龍玄】様!!」
「あっ、自分【鈴木哲平】です」
「……え?」
「え?」
静寂が空間を支配した。
冷や汗をダラダラとかいている女の子。それを見つめる二十六歳ニートの俺。
この状況はナニ? 大丈夫? 法律に違反してない?
俺は気まずさに耐えきれず、話を切り出した。
「人違いって感じですかね?」
「えっと、そう……みたいですね……」
「……そっかぁ」
「し、少々お待ちください。二人とも! こっちに来て!!」
女の子がパンパンと手を鳴らし、ローブの人たちと一緒に部屋の奥へ移動する。
「聞こえないように小声で話しましょう」
「わかったっす」
「承知しました」
部屋が狭いから丸聞こえですよ。
「あれは誰なの?」
「わかんねっす」
「朱雀院龍玄ではないですよね」
「鈴木哲平って言ってたわ」
「いや誰っすか」
「そんなの私が知りたいわよ!」
なんだろう、泣きそう。
上を向いてないと涙がこぼれてくるよ。
つーか、朱雀院龍玄ってどんな名前だよ。そんなヤツは既になんらかの主人公やってるだろ。鈴木哲平で我慢しろ。
「姫様、どうしますか?」
「そうね……帰ってもらうことは出来る?」
「無理っすね。魔王を倒さないと帰れないっす」
「じゃあ……新たに龍玄を呼び出すのは?」
「それも難しいかと。今回の召喚に伝説級アイテムを使用しましたので……」
そんな貴重なアイテムを使うなら、しっかり目に準備してほしかった。
召喚されたときに思ったけど魔導師っぽい人が少なくない? 二人ってなんだよ。普通、こういう時ってズラーッといるじゃん。
それにさ、ずっと気になってたんだけど、部屋の隅っこに黒い鉄球付きの足枷が置いてあるんだわ。しかも窓はないし、もうここ確実に地下牢。この人たち地下牢で召喚の儀式やってるよ。
あと女の子って姫様だったんだね……もうそれどころじゃないんだけどさ。
俺はいたたまれなくなり、三人に声をかけた。
「あのー」
「な、なんでしょうか……」
「もしかして、魔王を倒せば元の世界に帰れるんじゃないですか?」
三人はさっきまでの会話が聞こえていないと思っているからな。
自分で思いつきました、という体で話をした方がいいだろう。
「それはそうなんですけど……」
「魔王めっちゃ強いっすよ? 哲平じゃ無理だと思うっすけど」
魔王が強いのは当たり前だろうな。
だが俺は勇者だ。人違いとはいえ勇者なんだ。
つまり、今の俺の体にはチート級の凄い力が備わっているはずだ。いや備わっているといいな。お願いだから備わっていてください。
「とりあえず俺の能力とかってわかりませんかね? 凄い力があるとか、特別なスキルを持ってる……みたいな」
「それなら召喚した際に調べました」
「どうだったんですか?」
「全ての能力値が八歳児並みっす」
「ふへっ」
なにわろとんねん姫様コラ。
この世界なんなんだよ。どこをどうしたら成人男性と八歳児が同じ能力値になるんだよ。弱体化してんじゃん。
もう帰りたい。お家に帰ってゲームしたい。
俺 = 八歳児の事実に深く絶望していると、真面目そうな方の魔導師が口を開いた。
「もしかしたら成長率が極端に高いのかもしれません」
「それってどういうことっすか?」
「努力によって得られる恩恵が、他の人に比べて多いということです」
「つまり、勇者様の努力次第で魔王に勝てる可能性が……」
「はい。可能性はあると思います」
努力、か。
思えばこれまでの人生で一度たりともしたことはなかった。
勉強、運動、恋愛、仕事……
努力する機会なんていくらでもあった。だが俺は、その全てから逃げ続け、常に楽な道を選んできた。
そんな俺への蜘蛛の糸が努力とはな。
ハッ! 面白れェ……
だったらその糸、死ぬ気で登ってやろうじゃねえか!!
「やってやる」
「勇者様、今なんと……」
「やってやるよ! 魔王退治!!」
「おー! なんか熱い展開っすね!」
「では、魔術については私たちが教えます。剣術については騎士団に掛け合ってみましょう」
「そいつはありがたいな。えーっと……」
「ミシュラ、と申します」
「ウチはネイサっす!」
「私はアリザです。勇者様、これからよろしくお願いします!」
「ああ、三人ともよろしくな!」
もう逃げない。
ここから俺の人生は再スタートするんだ。
俺は決意を胸に部屋の出口へ向かった……のだが。
―― ポワワ
突然、魔法陣が光りだした。
何これどういうこと?
三人を見ると皆一様に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
しばらく呆然としていると部屋の扉が勢い良く開いた。
中に入ってきたのは息を切らした兵士だった。
「姫様! たった今、魔王が死亡しました!!」
魔王が、死んだ……?
「えっ、えええぇぇ!!? ど、どういうことですか!?」
「魔王死んだっすか!?」
魔王ってめっちゃ強いんじゃなかったの?
「魔王を討つ実力のある者がいたとは思えません。偽の情報では?」
「死因は分かりませんが、空を覆っていた漆黒の雲が消え、大地に緑が甦り、魔物共が消滅したので間違いないかと!!」
うん、それは確実に死んでるね。
エンディングの雰囲気が凄いもん。
こうして、何らかの理由で魔王が死亡したことによって魔法陣が発動し、俺は元の世界に帰れることになった。
帰り際に三人がプレゼントをくれた。
アリザは飴玉、ネイサは丸い石、ミシュラは鉄球付きの足枷。
俺は泣いた。もちろん悪い意味で。
仲間たちとの涙の別れを済ませ、時間にして約十分の異世界転移は幕を閉じた。
一年後。
俺はコンビニ夜勤として忙しい日々を送っていた。
今日も今日とて出勤の日。
自動ドアを通り、夕勤の人に挨拶しようとカウンターに向かう。
だが、いつものおばちゃんではなく見慣れない男子がタバコの補充をしていた。
新人さんかな?
近くへ行き声を掛ける。
「こんばんは。俺、ここの夜勤を担当してる佐々木鉄平です」
「あっ、こんばんは! 今日からアルバイトに入りました、朱雀院龍玄です!!」
……やれやれ。次はどっちが召喚されるかな。