~美しき女~①
月夜が照らす森の中、一寸先は闇しかない中を二つの影が疾走する。
一つは地面を蛇行しながらも、スルスルと木々の間を駆け抜けていく。
もう一つの影は木々が走るたびに枝葉を圧し折りながら追随していくが差は一向に縮まる気配がない。影同士の鬼ごっこは森の奥へ、奥へと続いていく。
鬼ごっこの最中、両者の姿を月が映し出す。
先頭の影は人を丸吞みできそうな大蛇。月に照らされたその鱗は宝石のような輝きで辺りに反射する。
「このアモンを前にしていつまでも背中を見せるな、卑怯者!」
追っての影が大声を放った。その言葉に反応するように、大蛇が逃走をやめて、振り返る。
その大きな口には成人の女が咥えられていた。
「俺はアモン。栄えある幻想捜査官の一人にして、近い未来で大陸にその名は知らない者はいない騎士となる者だ。主なき神性よ、俺が神の身元に送り返してやろう」
アモンと名乗る少年は大蛇に不敵に笑い、指を突きつける。身に包んだ青い制服はボタンの一つ一つに違う幻獣の意匠が為されており、背中には一際目を引くドラゴンの紋章が背後を睥睨する。
「幻想捜査官の使命は神がごとき力の有する神性の暴走や悪意を持った利用を阻止すること。よって、我が職掌において、人に危害を加えるお前を討滅する」
首元から引き出されたドラゴンの首飾りを大蛇に掲げ、通達するようにアモンは言った。
そして、用事は済んだとばかりに一息ついて、それを唱え始めた。
「『我が朋友にして側近たる勇猛な兵士よ、来たれ』」
静寂が支配していた夜の森。その大気が震え、彼方で鳥が大きく飛び立つ。少しでもこの森の近くから遠くへと離れようとでもするかのように――。
そして、大蛇にもその異変は感じられたようで、咥えられていた女性が地面に音を立てて落ちる。だが、大蛇の意識は異様な威圧感を放つ少年にのみ向けられていた。
「眷属召喚」
少年の前に昼間のような眩い光が溢れ、光がすぐに収束し、一つの形を得ていく。
兜と軽装の鎧、手には長槍を身につけた騎兵が現れた。
「毒を以て毒を制す。幻想には幻想で対処する。そのための我ら幻想捜査官だ。覚悟はいいか? 人に仇を為す大蛇よ」
光の騎兵が長槍を大蛇に向ける。
その光景に大蛇は依然として動くことができないでいた。
しかし――。
「今日でこの世ともお別れだ。この美しき月にお別れはすませたか?」
アモンの言葉に誘導されるようにして、大蛇は顔を上げた。
そして、曇りない夜空にある満月を見た。
「ツキ……」
直後。
大蛇は足元で気を失っている女を荒々しく咥えてアモンへと投げ捨て、一目散に森へと姿を消した。
「……噓だろ?」
人質の救出。戦闘が開始されるのだという油断。そして、あまりにも即断即決の逃げの一手。
しばらくの間、アモンは月を見つめて呆然とするしかなかった。