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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
序章
8/32

直感の代償

 大きな音に、クライドもロビンも顔をしかめる。既に真夜中だ。

 若い男は気にする事なく二人に早足で歩み寄った。服は着替えているが、腕に包帯が巻かれていて血が滲んでいる。皇太子だった。

 クライドは王都の結界による怪我だととうに知っている。

 馬鹿な友人達に唆され、オレリアーナの嫁ぎ先であるベルネア家の令嬢だから当たってやろうと直感を働かせた様だが、彼の令嬢を己の物とし王に譲位を迫る。……それ以外に皇太子が王族で在り続ける方法は無かったから居場所が分かったのだ。レイシアが国を出た後、彼は必ず数か月以内に問題を起こし廃嫡される。王妃は未来視でその事を知ってクライドに相談していた。

 クライドは息子を冷たく見据える。

「父上は最低です」

 空気の読めない息子は平然と父を責める。

「……」

 クライドが黙っていると皇太子は続けた。

「若い令嬢をいきなり国外に出すなど、何故その様な無体を許すのですか!求婚しようとしていたのに陛下によって無実なのに追放されたと私の友人が嘆いておりました」

 誰がどう伝えたのかはもうどうでもいい。ただ皇太子が『また』見当違いな言い分で憤っているのも分かった。

「そもそもエキドナ様だって叔父上の見染めた女性で丁重に扱わねばならない方なのに、貴人牢に永く幽閉した挙句に行方不明だなんて……城の在り方が問われてもおかしくない話です」

 皇太子は下位貴族の言い分を真に受ける上に、思っていた事がそのまま言葉として出る。馬鹿正直で短慮と言われているが直らない。直感で危機を逃れる為、直さなくても困っていないからだ。

(それももう終わりだ。上位貴族の令息も令嬢も、成人してお前の能力を超えた。レイシア譲もオレリアーナも捕まえられなかったのはお前の未熟さ故だ。恥を知れ)

 下級貴族の知らなくても良い情報が王宮には多い。情報の重要度を分類しない皇太子に真実は教えられなかった。だから勉学に励め、友人は考えて見定めよと告げるしかなかった。しかし皇太子は王族である両親の忠告を受け入れず、下級貴族の令息……汚れた波との戦いでほぼ戦力にならないと馬鹿にされている者達の言い分に従ったのだから、王族の機密情報を語る事は出来なかった。

 幾度となく王族の心得を説いたというのに、笑顔で良い返事をしながら楽な方ばかりを繰り返し選んで裏切った。下級貴族の令息の行動ばかりを学習したのだ。王妃はあんな能力に産んでしまった自分がいけなかったと己を責めた。そんな王妃を思い、息子への愛情もあったから永く我慢を続けたが、その想いは伝わらないままになった。

(相殺の時が来た)

 クライドは天井を見上げた。

『可なり』

 ロビンも皇太子もその声に体を震わせる。……王族の始祖。この国最強の悪魔の言葉だ。

「今からお前の身分をはく奪する。故に皇太子としての名前を封印する」

 そう言うとクライドは目を閉じ、静かに彼の新たな名を告げる。それは皇太子の名前と似ても似つかない異国風の名前だった。

 ロビンは皇太子に起こった変化を驚愕して見つめる。皇太子は全くの別人へと変化していく。それは王国人の容姿では無かった。

「父上!……え?」

 反論した声が元の声とあまりにも違う為、皇太子は己に何が起こったのか気付き、窓に映る己の姿を見て愕然とする。

「お前は今日からその姿で城の騎士として暮らせ。次はベルが女王だ」

 始祖の決定。どうあがいても元に戻る方法が無い。皇太子にもそれは分かった。

「私はどうなるのですか?」

「ロビン、騎士としてあれの戸籍を用意し居場所を確保せよ。城に残して騎士にせよ」

「はっ」

 ロビンはすぐに部屋から出て行った。

 それから時間を置かず、慌てた様子のノックがあった。入室をクライドが許可すると女官長が現れた。

「お休みの所失礼します。王妃殿下が……」

 そこまで言って、見知らぬ男がいると気づき女官長が口をつぐんだ。

「わかった。すぐに行く。お前は先に戻れ」

 クライドが言うと女官長が一礼して立ち去り、真っ青になって立ち尽くしている元皇太子にクライドは言った。

「妃はお前がこうなる事を予知し、それでも愛していたから始祖と交渉した」

「まさか……母上を生贄にしたのですか!」

 王は忌々し気に男を見据える。

「贄?」

 圧倒的な王の怒りに、元皇太子は抜き身の剣が全身で寸止めされているような恐怖を味わう。

「始祖はお前の行いを許さず、二十歳になったら贄に差しだせと仰った。王にしてはならぬと。王にならない様にするから連れて行かないで欲しいと妃が懇願した。その結果だ」

 男が驚愕の表情を浮かべる。

「お前の直感は誰を犠牲にしてでもお前自身を救うのだ」

 王は愛する女性を害した者として、冷たく息子だった男を見据えた。

「お前自身しか救わぬ……誰も助けぬその力、王族にはいらぬ」

 王は吐き捨てるように言うと部屋を出て行った。皇太子だった男はその場に立ち尽くしていた。


-----レイシア達は。


 王都を出た翌日、街道沿いの街で宿を取り休息を取った。

 宿に着くなり倒れ込むように眠っていたレイシアは、外の喧騒によって目を覚ました。

 起き上がったレイシアは場所が分からず混乱してから、自分が旅立った事を思いだした。

 起きると声をかける筈の侍女も……メルルだが今は居ない。昨日の服のまま眠っている事に気付き、何もしてもらえなかったのだと少しショックを受けた。

 何をしたらいいのかも分からない。レイシアにとってあまりにも急激な変化だった。嫌だとか、困ったというレベルを遥かに超えている。

(……お手洗いはどこ?)

 サイドテーブルに書置きがあり、メルルの部屋番号が記されていた。慌ててレイシアはその部屋を訪ねた。

「間に合って良かった……」

 レイシアがほっと息を吐いていると、メルルが笑った。

「男性に聞けない事は何でもご相談下さい。その為に私がおります」

「ありがとう。頼りにしているわ」

 レイシアの部屋に戻ると、メルルは『今後はご自分でやって下さい』と言って、宿での旅人の身支度方法を教えてくれた。あまりの不衛生さとやる事の多さに黙り込む。

「王都から離れる程宿が小さくなりますので、明後日くらいからは私とレイシア様は相部屋になると思います。しばらく続くと思いますので、その間に覚えましょう」

「……こんなに何も出来ないとは思わなかったわ」

「侯爵令嬢がいきなり何でも出来たら、侍女の立場がありません。あまり気に病みませんように。では、食事にいたしましょう」

 この宿には食堂がない。かなり良い宿で貴族も宿泊する事から部屋での食事になるのだ。

 レイシアはメルルと一緒に食事をした後、ラガールとリオンが待っている部屋へと合流する事になった。

 自分が従者の部屋へ出向く側である事に戸惑いつつも、女性の寝る部屋に男性を招き入れられない事も分かるから、複雑な気持ちのままメルルの後ろを歩く。

 前途多難ではあるが、教えてくれるメルルが居るだけありがたい。

(早く覚えて、色々と自分で出来るようになりたいわ)

 男性達と旅を続ける先の事を思い、レイシアは密に決意する。

「ご気分はいかがですか?レイシア様」

「大丈夫よ」

 ラガールに席を勧められ、メルルが自分で椅子を引いて座るのを真似てレイシアも自分で椅子を引いて座った。それをラガールとリオンが少し驚いた顔で見ていたので、レイシアは不安になる。

「どこかおかしい?」

「いえ。問題ありません。……それで今後の話をしたいのですが、まずはレイシア様の呼び方を変えようと思っております」

「呼び方を?」

 レイシアは、まさか呼び捨てにでもされるのだろうかと思っていると、思いがけない事を言われた。

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