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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
序章
6/32

王都脱出

「生れた時からこの屋敷で暮らしているけれど、この隠し通路は知らなかったわ」

「この手の道は知る者が少ない方が好都合なのですよ。作るのに時間がかかるのに大勢が知っていては意味がありませんので」

 振り向かずにラガールが言う。

 何の予備知識もなく放り出される心細さが、暗い通路と相まって心に迫って来る。レイシアは酷く陰鬱な気分になって歩いていた。

「もうすぐ出口です」

 あまり長くない地下通路の先は、庭外れの古井戸の底だった。誰も使わないからと閉鎖されているものだ。縄梯子が吊るされていた。

 ぐらぐらと揺れる梯子を見て、レイシアは不安になった。

「魔法で出てもいい?」

 ラガールは頷く。

 すると、ラガールもメルルも一緒にふわりと浮き上がり、三人で井戸を出た。

「素晴らしいです!」

 メルルは目を輝かせてレイシアに小さな拍手を送っている。ラガールは戸惑ってレイシアを見ている。

「我々もとは……梯子は不要でしたな」

「余計だったかしら。あの場所は暗くて……」

 憂鬱な表情で告げるレイシアにラガールは慌てて言う。

「いえ、見事なお手並みです」

 ラガールが梯子を引き上げ脇に抱えて庭の一角を指さす。レイシアは頷く。

 さっきと同じく、ラガールとメルルに挟まれて進んだ先には、ただ屋敷の壁があるだけに見えた。しかしラガールが胸元から出したペンダントをかざすと、壁に波紋が拡がった。

(認証式の転移魔法陣)

 壁の魔法の構造がレイシアには見える。ベルネア侯爵家の認可した者と血筋の者しか通れない様になっている。

 ラガールが吸い込まれるように入っていく。振り向くとメルルもペンダントを襟首から取り出していた。

 レイシアは再度自分の住んでいた屋敷を眺めた。そして前を向くと壁の中へと入った。


 出た場所は、広い密室だった。後ろからメルルが現れるのを見た後、ラガールは口を開いた。

「王都にあるラガール商会の倉庫です」

 レイシアは微かに水の匂いを感じる。王都を二分する様に流れているカルム川周辺は、倉庫街となっている。その辺りだろうと考える。

 屋敷は川の東側、川からかなり離れた場所にある。レイシアの居場所がここだと分る者はまず居ない筈だ。

「すぐに王都を抜けます。馬車の用意があるのでこちらへ」

 倉庫の前には馬車が停まっていた。普段レイシアが乗る馬車よりも質素なものだ。御者台には、銀色の髪に赤い目をした男が座っていた。顔立ちで王国人ではないと分かった。服はメルルと同じベルネア商会の制服だ。

 ラガールが先に乗ると、レイシアを馬車へと引っ張り上げる。メルルが飛び乗ると馬車は動き始めた。カーテンが敷かれて外は見えない。小さな魔導ランプだけの薄暗い車内で、ただ馬車の揺れる音だけがする。

 レイシアは王都を出た事がない。

「もう大丈夫よね?何故慌てているの?」

 今までに感じた事のない速度におもわず口を開くと、ラガールが言う。

「まだです」

 すると、背後から馬の足音が追いかけて来る。メルルが腰の剣の柄に手をかける。ラガールも鋭い表情になり、側に立てかけていた大剣に手を伸ばす。

 馬の足音がどんどん近づいて来る。

(何故?)

 レイシアの能力が魔法院で発表されたのは昨日のそれも夕方だと聞いた。屋敷からは秘密の通路を使って庭から転移までした。それなのに……。

 とうとう馬が追い付き、並走しているのが分かった。馬車の窓にはカーテンで馬上の人物の姿は分からない。ただ外にある街灯に照らされて黒い人の影だけが見える。

「止まれ!」

 あまりの恐怖に、レイシアは息の仕方を忘れそうになった。……その手をメルルが強く握る。はっとしてメルルを見ると黙ってレイシアを見返していた。レイシアは大きく息を吸い、吐き出していた。

(しっかりしなくては……)

「命令だ!止まれ!」

 ラガールが首を横に振る。……反応してはいけないという事だ。

 やがて空気がピリピリと震えるような感覚を頬や手の皮膚が拾い出す。

 見れば、ラガールとメルルは膜に覆われたようになっている。レイシアが目を凝らすと、ペンダントから魔法の結界が展開されているのが見える。

 そして……馬車の外を並走していた人物が馬と共に並走を諦め、速度を落として馬車から後方へと離れていく。馬車は走り続け、ピリピリと肌を刺す感覚は薄れて完全に消えた。

 そこでようやくラガールとメルルが体の力を抜いた。

「あの、さっきの馬の方は……」

 レイシアが恐る恐る聞くと、ラガールが渋い顔をして告げる。

「皇太子殿下です」

「どうして……それもたったお一人で」

 混乱したままのレイシアに、ラガールは続ける。

「殿下が直感をお持ちなのは御存じですよね?それで場所を特定されたのではないかと」

「直感ってとっさに自分にとって良い行動が出来ると言うものよね?」

 レイシアも知っているが、ぼんやりとしか認識していない。……ただ外れ能力だと悪く言う人の話は何度も聞いた。

「失せ物を探したり、自分に有利になる方角を占ったりできます。案外多い能力ではあるのですが、扱いが難しいので外れ能力と言われています」

(扱いが難しい?)

 思っている間にもラガールは言う。

「王族の直感とは凄まじいですね。危ない所でした。動くのが少し遅ければ、捕まっていた可能性があります」

 レイシアの居場所を直感で理解したが兵士を集めていたら間に合わないので、一人で馬を飛ばしてきた。という事だったようだ。

 ……夜会でも顔を覚えられていたかどうか怪しいレイシアにいきなりこの迫り様は、異常としか思えない。レイシアは皇太子の顔を当然覚えている。見目は麗しいが、それ以上の事は知らない。

 皇太子の妹であるベル姫の方がレイシアにとっては親しい間柄だ。

「王都の結界を無許可で通過出来るのは、ベルネア侯爵家の血筋の者とその庇護下にある者だけです。さっきの肌を刺す感じは……王都の結界です」

「王太子殿下は出られなかったのね」

 ラガールは頷く。

「貴族も王族も、手続きを踏まねば黒焦げです。殿下がかなり食い下がったので驚きましたよ」

「大丈夫だったのかしら」

「それなりに深手は負われたかと。直感でレイシア様を捕縛しなくてはならないと強く思われたのでしょう。リオンが馬の扱いに長けていて助かりました」

 リオンと言うのは、銀髪の御者の名前だそうで……彼も別の国の貴族だった者らしい。

(まただわ。貴族と言うのは簡単に辞められるように思えないのだけれど)

 そう思うが現状把握の方が先だ。引っ掛かりを頭の片隅に追いやる。

「私、王国に戻って来られるのかしら」

 レイシアは無自覚に王弟を殺してしまった事実を思い返し、今度は皇太子かと思うと酷く気が重かった。

「国王陛下はレイシア様の出国をお認めになっておられます。皇太子殿下の事は気にする必要ありませんよ」

 ラガールが苦笑する。

「どうして皇太子殿下は私を捕えたかったのかしら」

 カーテン越しのぼんやりとしたシルエット。物凄い勢いで追いかけて来た馬の足音。まるで死神の様だった。

「分からない以上、考えても仕方ありません。帰国したら坊ちゃんにでも聞いてみましょう」

 ラガールの答えに、メルルが不機嫌そうに言い募る。

「どうせオレリアーナ様を坊ちゃんに取られたと苛立っておいでだったのでしょう」

 レイシアがぎょっとすると、ラガールがメルルを窘める。

「不敬だぞ、メルル」

「でも乱暴過ぎます。レイシア様は侯爵令嬢で当主と陛下の命を受けて旅に出られるだけです。お尋ね者ではありません!」

 レイシアがメルルに同意の視線を向けて深く頷く。

(そうよ。唐突に家を追い出されてベルネア商会の会長にされただけでも混乱しているのに!)

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