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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
序章
3/32

レイシアの力

 ディランは皮肉な笑みを浮かべる。

「俺の結婚があっさり通った理由は、オレリアーナ嬢が皇太子殿下の妃候補にあがったからだ」

「娶られて大丈夫なのですか?」

「今更だ。縛られた婚姻は死別しない限り絶対だからな」

 レイシアは、自分もいつか赤いサインをもらうのかと思うと胃が重くなった。

「そもそも公爵は、王族に娘が嫁ぐ事を望んでおられなかった。王妃は激務だ。公務だけでなく、国王の執着が凄まじいからな」

 レイシアは王妃がいつも疲れた顔をしていた事を思い出す。

「嫉妬から監禁も平気でするし、我を忘れる程に責め立てる事もあるそうだ。心を壊された妃は数知れず。そんな血筋だから気に入られてからでは遅い。これが後一か月遅かったらオレリアーナは城に閉じ込められ、子が産まれるまで公爵夫妻と会えないままになった可能性がある」

 レイシアは身震いする。

「早急に結婚が出来て、王族に反対されない貴族は俺だけだったのだ。俺があなたの美しさを生涯絵に残し続ける事を許して欲しいと言ったら、真っ赤になって頷いてくれた」

 レイシアは遠い目になった。オレリアーナにとって兄は救世主であったらしい。そして、プロポーズが意図せずロマンチックだったから、オレリアーナはディランを気に入ったのだ。

 レイシアからすれば、兄は『一生モデルをして欲しい』と頼んだだけ。愛と言う程の強い感情は無い様に思う。

「もっと美人になるだろう。長年女の絵を描いている俺が、生涯モデルにしてもいいと思った程だ。今からずっと描けると思うと、楽しみで仕方ない」

 ディランは、興味の無い事には一切首を突っ込まない。全く情が無い訳でもなさそうだ。

(どう転ぶか全然分からないわ。お兄様が愛を語る日が来るのかしら……想像できないわ)

「数年は白い結婚のままだよ」

 白い結婚とは同居はしていても夫婦として深い関係にならない事を意味する。

「え?」

「公爵ともその事ではちゃんと合意している」

(年齢が離れているから暫くはそれでいいでしょうけれど……オレリアーナ様は知っているのかしら?)

 婚約式の様子からして、多分知らない。不幸に繋がる気がする。

 確認しようかと思ったが、ディランが真顔で言った。

「レイシア、話が逸れてしまったが続きだ」

 はっとしてレイシアは兄を見る。

 真顔のディランを見て、ここからが本題なのだとレイシアは緊張する。

「この様な話をせねばならないのは、お前に特殊な能力が宿っているからだ」

「特殊なのですか?」

「……そうだ。お前も知っての通り、貴族は自分の持つ能力を調べねばならない。これは貴族に生まれた者の義務だ」

「はい」

 魔法院は、貴族の魔法体質を調べる事を重視している。

「さっきも話したが、半魔同士の結婚だと能力が安定しない。どうなるのかも予想が付かない。……しかし半魔は集まって貴族として支配者階級を作っているから、半魔同士が結婚する事になる」

「平民と結婚すればいいのではないですか?」

「推奨されていない」

 分からない能力が出るくらいなら、平民と結婚して始祖の能力を安定させた方が良い筈だ。

「既に、種族として別なのだよ」

 レイシアは目を見開く。

「貴族の生殖の為だけに結婚してくれと言っているものなのだ。昔は沢山あったそうだ」

 ディランは続ける。

 貴族の血を固定する為に結婚する伴侶は、子供を儲ける為だけに結婚する様な状態になる。なってしまうのだという。子に魔法を教えたり貴族の責務を教えたりする際に、何もできないからだ。

 伴侶や子が全員魔法を使う中で孤立していくが、王国貴族は王による血に縛られ、離縁は認められない。別居で済めばまだいいが、自殺や刃傷沙汰も多かったという。更に愛人を作る事もあったそうだ。王族の意志に逆らうのだから、呪いを受けない男性が人間で在る場合、発覚すれば極刑である。

「平民が夫であるケースは滅多になかった。その多くは女性で……王族による血の契約の事を知らぬまま呪われた。呪われた者達は今も……生きている」

 レイシアが驚いて目を見開く。

「始祖が許さない限り、彼女達は不死なのだ。恩赦が始祖から与えられない限り……呪われ続ける。犠牲者と言えるだろう。貴族の男は成人すると、まず呪われた彼女達を見せられる」

 法で明確には定められていないが、貴族の男性は平民の妻を迎えなくなったし平民との結婚は、申請しても承認されなくなったそうだ。

「だから始祖の力が混ざり合い様々な能力の貴族が現れ、国に貢献している今の状態になった」


 ディランはレイシアを真っ直ぐに見据える。

「お前の能力なのだが……」

 レイシアは思わず息を詰める。

「魔族に愛されるという能力だ」

「はい?」

「要は魔族のお気に入りなのだよ。お前の望みは魔族によって叶えられる」

「でも、私は願った事など一度も……」

 ディランは少し困った顔をした後で言った。

「かつて俺に決闘を申し込んだ相手が全員敗北したのは知っているな?」

「はい。でも、あれはお兄様が強かったからですよね?」

 レイシアが幼い頃に『母殺し』と噂を立てた貴族に対し、ディランは決闘を申し込み全てを殺害した事があった。

 決闘は王国貴族の正当な勝負で、決闘の方式に則れば罪に問われない。

「お前は覚えていないかも知れないが……王弟殿下が居たのだよ」

「え?」

「本来、勝てない筈の相手に勝ってしまった」

 王族は貴族の頂点に君臨する存在で、ディランの勝てる相手ではないのだ。

「俺の決闘相手に、王弟殿下の婚約者の縁者が混じっていたのだよ。……王族は惚れた女の願いに弱い。だから俺は殿下に決闘を申し込まれる事になった」

(話題に出るとすれば、城に肖像画が飾られていない王族だという話ばかりだったのは、そのせいなのね)

 王族は圧倒的な力を持っている。侯爵が太刀打ちできる筈もない。貴族に王族が決闘を申し込むというのは、法的に裁けない貴族を私刑で葬るというも同義。王族への信頼が失墜してもおかしくない事態だったのだ。

 レイシアは自分のせいで兄が死んでいたかも知れないと思い、表情が強張る。

 ディランはそんな妹に優しく笑う。

「俺は生きている。そんな顔をするな」

「あの……本当に私と関係があるのですか?」

「調査の結果、お前意外の要因が無かったのだ」

 ディランは紅茶の残りを一気に飲み干し、空になったカップを見ながら言った。

「王弟殿下の名誉の為に考えを改め決闘を取りやめた事になったが、実際には試合前に倒れられたのだよ」

 訳が分からないままレイシアは話の続きを待つ。

「殿下との決闘が決まった時、俺もさすがに死ぬと思ってもう戻って来られないから、父上と一緒に国外へ行くようにとお前に言った」

 当時、レイシアはまだ四歳だった。

「お前は、火が付いた様に泣き出して嫌だと言い続けた。……丁度その時間帯に、王宮で王弟殿下が倒れられた事が分かったのだ」

 レイシアは呆然としたままディランを見る。

「王弟殿下の健康状態に問題は無かった。警備にも食事にも特に問題はなかった」

 レイシアは偶然だと言いたかった。しかし、貴族が悪魔の血筋である話を聞いた後ではそう言えない。

「王族と言うのは、お前も知る通り殺そうと思って殺せる相手ではない」

「それで、何故私だと分かったのですか?」

「多分そうだと言う話は王弟殿下が亡くなってすぐの頃からあったのだが、魔法院で十年以上調べても確証は得られなかった。だから先日陛下が代償を支払い、始祖に問うたのだよ。弟の死因を」

 ディランはレイシアを見据えて言った。

「ベルネアの願いと」

 元当主やディランの能力は明らかになっている。だとすれば、願えるのはただ一人。

 レイシアは無言で立ち上がり部屋に下がった。食事の時間になっても出て来ない。ノックにも返事をしない。するとメイドの代わりにディランが食事を持って来た。レイシアは部屋の扉を魔法で施錠したが、当主となったディランはそれをあっさりと解除した。この屋敷は既にディランのものだからだ。

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