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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
序章
1/32

レイシアの誕生

 一章は完結しています。区切りにはなっていますが、二章はこれから書くので投稿未定となっています。完結していない作品が苦手な方はご注意下さい。


 ファンタジーホラーなので、怖い場面はあります。苦手な方はご注意下さい。

 ベルネア侯爵家は、王族や高位貴族に愛されると言われている。扱い辛い特殊な性癖や趣味、魔法を抱えていても、なぜか周囲に認められてしまう。そんな不思議な家系だった。

 しかし、とうとうその家も断絶かと言われていた。理由は……当主を継ぐ予定の息子にあった。

 見た目が凡庸で、特に人目を惹く容姿はしていない。相手も居ないというのに、結婚を激しく拒んでいるのだ。

「絵を描くのに忙しいのですよ。女のご機嫌取りをする様な時間はありません」

「そもそも、お前の描く絵は破廉恥なのだ」

「皇太子殿下も購入されたというのに、破廉恥とおっしゃいますか?」

「裸婦画を破廉恥と言わず、何と言うのだ!」

 次代ベルネア侯爵となるディランは裸婦像を描く事に執着しており、それしか描かない画家として有名になっている。

 モデルは最初こそ娼館の女であったのだが、ディランが掌程度の大きさの紙に緻密な裸婦の絵を描く事が知れ渡り、隠し持ちたいと望む者が現れたのだ。それも妻の絵を。

 裸を描かれるなどとんでもない!

 奥方にそう叫ばれそうなのだが、ディランの恐ろしい所は服の上から体型を把握してしまう点だった。実際の体にある特徴などは、夫が口伝で指定して納得いくまで手を入れて仕上げる。

 ご婦人達は最初拒絶したものの……それを容認していく事になった。何故なら、こんな絵を持ったまま浮気をする様な男はまず居ない。つまり愛されている証拠だと認識したのだ。更に絵には強力な効果がある。……危機察知能力である。

 持ち主に災いが降りかかる際に背筋が寒くなるような感覚、あるいは耳鳴りなどを起こし危機を察知できるのだ。

 夫の危機を絵姿の妻が救うのだ。

 どんどん売れていく。価格は吊り上がり、今では皇太子が皇太子妃の姿絵を依頼して来る程になった。

 昔練習に描いていた娼婦の絵姿に殆どその効果が無いのに対して、実際の妻の絵は格段に効果が高い。……夫が見えない部分を詳細に伝え、それを具現する際にディランが筆を入れる。筆入れの回数が多ければ多い程に危機察知の性能は高いとされている。

 ディランの絵が売れるにつれて、ご婦人方がディランの性別を気にしなくなっていった。

 ベルネア侯爵令息は、裸婦画家と言う生物。

 これがディランの評価として定着した。何故そんな事になってしまったのか、当主にも奥方にも心当たりがない。どうしてなのか問うても、こちらの態度が悪かったなら直すから教えてくれと懇願しても、そんな事はないと強く断言されるだけ。


 そんなディランに失望し、当主は妻との間にもう一人子供を設ける事にした。この時、ディランは二十一歳だった。元伯爵令嬢であるディランの母親は、夫の無茶な要求を呑み、高齢出産に挑む事になった。

 そして……

「しっかりしろ!生まれたぞ!お前の欲しがっていた女の子だ」

 侯爵の呼びかけに、産後の奥方は弱々しく訊いた。

「赤ちゃんは、無事?」

 大きな声で泣いているのに、それすら奥方には聞こえていない。

 侯爵もディランも顔を引きつらせて奥方を見た。

「何故、十年早くおっしゃって下さらなかったの?」

「ディランが出来てほっとしたのだよ。こんな事になるとは思わなかった。それで酒瓶集めについ夢中になって……」

 当主の趣味は、酒の収集で、タウンハウスの地下に隣近所の領域を侵犯する程の巨大な酒蔵を作り、酒瓶をため込んでいる。この蔵には魔法がかかっており、酒は盗難防止の為、その場で飲むと即死し、蔵から出すと爆発するという魔法がかけられている。

 子が子なら、親も親である。

 奥方は儚く微笑みながら言った。きっと聞こえていなかっただろうに、霞む目に映る夫の表情で理解したのだ。

「困った人。今度の奥様には、もっと優しくしてあげて下さい」

 奥方は、とても褒め上手な心優しい女性だった。収集癖や変態が自分の家族だというのに、愛する家族なのだといつも笑顔で語っていた。

 夜会でもお茶会でも奥方は『慈愛の貴婦人』として知られており、周囲の人々にも慕われていた。異常な侯爵家の唯一の良心だった。

 ベルネア家を周囲がどう見ているのか、正直に言える者は居なかった。……彼女の幸せを壊す事で、自分の中にある大事な何かが決定的に破壊される気がしたからだ。

 癒し型の魅了が生まれつき備わっている人だった。体質魔法と性格が見事に合致した奇跡の人と言える。夫も息子も奥方に凄く救われていたのだ。

「逝くな。お前みたいに俺の酒瓶集めを許してくれる嫁が来る訳なかろうに!」

「母上、置いて行かないで!」

 二人は大泣きしたが、収集癖のある夫と裸婦専門画家の息子、そして生まれたばかりの小さな娘を置いて奥方は逝ってしまった。


 当主の憔悴は凄まじく、屋敷の使用人だけでなく国王までもが心配する程になった。

 生まれたばかりの娘は、奥方の侍女を乳母とし屋敷で育てられた。

 ディランは、小さな妹のベッドを見下ろした。

「……父上だけを責める訳にもいくまい」

 妹はプヨプヨしていて、両親のどちらに似ているのか彼には分からなかった。髪の毛は少なすぎて何色なのかも分からないし眼の色は両親共に同じだった。

 プヨプヨな妹が風呂上り、素っ裸で自分の前に居る。これも……一応裸婦だ。

「ディラン様」

 妹の乳母であるカイアが恐る恐る声をかけてくる。細長い布を持っている。おしめだ。

「待て。すぐ終わる」

 ディランは手でクルリと細長い木炭を回すと、小さな紙にサラサラと絵を描き始めた。

 カイアはずっと奥方と行動を共にしていたから、ディランの絵は一度も目にした事がなかった。当然ながらディランが見せなかったのだ。

 凄まじい勢いで描かれるそれに、思わず息を呑む。黒い線が雑に書かれているだけの様に見えたのに、それがだんだんと目の前の赤ん坊そっくりの絵姿になった。

「……着せていいぞ」

 カイアが恐る恐るおしめを付け、レースの付いた服を着せる。レースは奥方が生まれて来る子の為に編んでいたものだ。カイアがレースの襟元を整えながら、思わず嗚咽を堪える。

 彼女が涙目で壁際に控えると、ディランはピンとさっきの絵を指で弾いた。絵は燃え盛る暖炉に消えていった。

 そして新たに紙を取り出すと、再び木炭で何かを描き始めた。壁際に居るカイアには分からないが、凄まじい勢いで描いている。一枚を描き終わったのか、それがはらりと床に落ちる。そしてもう一枚描き始める。

 ……やがて、二枚目が完成した。

 ディランの額には汗の粒が浮いている。

「父上を呼んでくれ」

 カイアは慌てて部屋を出ると、当主を呼んできた。

 当主が力ない歩みで部屋に入ってくると、ディランは言った。

「父上にあげます」

 ぶっきらぼうに差し出されたそれを見て、当主は目を丸くした。カイアも。そこには……美しいレースの付いたドレスを纏う奥方の姿があったからだ。

「お前……裸以外、描けたのか?」

「母上は例外です。そしてこのチビも」

 そこまで言って、ディランは落ちている絵を拾って見せる。

 そこには、レースの服を着て眠る小さな赤ん坊の姿があった。

「俺は、見えない服の下を妄想して興奮する変態ですが……家族には性癖を向けません。こんな俺ですが、居心地の良いこの家にも家族にも愛着があります。損ねる様な真似をしたいなどと思った事はありません。……ずっと無理を言っているのは分かっています。理由はいつか必ずお話します。それまで、俺とチビを置いて勝手に逝かないで下さい」

「ディラン……」

 親子は、その場で泣きながら和解する事となった。

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 今回は一回あたりを三千字くらいで出そうと思っています。


 誤字脱字等、もしお気づきの場合はご報告をお願いします。迂闊なので助かります。

 一部完結までは毎日更新の予定です。

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