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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第八章 三増峠に思いのたけを
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銭の時代

「通せ……!」

「無知は罪であり、同時に救いでもある……藪をつついて蛇を出し、その蛇に一飲みにされるもまた世の常……」

「貴様に蛇の価値はない……!」


 半蔵は死んだ兵から奪い取った刀剣を振り回し小太郎に斬り付ける。

 小太郎が一撃を放つ間に二発放つが、当然ながら膂力は分散し有効打にはならない。後世二刀流で名を馳せるはずの男がまだ七歳である事など半蔵は知る由もなく、半蔵は感情のままに二刀を振り回す。

 だが膂力以上に太刀筋に問題があり、小太郎にあまりにも簡単に避けられる。


「武士を討つ気か……?我が忍びだとわかっていながら……」


 半蔵の刃の筋そのものは決して悪くない。だが、あまりにも素直過ぎる。



「仲間たちはどうした……?来ぬではないか……」

「五千が一人も来ぬ事などある物か…………!」

「その五千を引きずっているのは誰か、それが問題だ……五千の人間の意志をどうやって一統する?正義の味方と言う名の誘惑はそれほどまでに強い物か?」

「正義の味方になどなる気はない!」

「自覚があるならばひどい取り繕いで、無自覚ならばそれこそ貴様は底なしの痴れ者だな」


 そんな素直過ぎる攻撃に付き合う事なく飛びのき、懐に手を入れた小太郎。

 そして身構えた半蔵に対し、金属の塊を投げ付ける。


「またか…!」



 永楽通宝。

 小田原で息子に向かって投げられたそれと同じなのに、半蔵は刀で全部受け止めた。



「かつて織田信長はこれを旗印にした。なぜかわかるか?」

「戯言を吐くな!」

「戦が終わった先、支配するのは何か。人でも米でもないと言っているのだ。武士さえも銭には逆らえなくなる、銭を持った人間がこの世界を支配する……」

「気が触れたか!」


 益体もない言いぐさのくせに悲痛ささえ感じさせる半蔵の叫び声だったが、小太郎にもその気持ちがわからない訳でもない。


 小太郎のそれは独自解釈でしかないが、それでも自信はあった。


 何も戦の起こらない世になったら、武士の意味はなくなる。では農民が威張れるかと言うと、災害やら盗賊やら海の向こうとの戦やらに軍事の専門家でも政治の専門家でもない農民はどこまでできるのか全く疑わしい。工人たちもまたしかりである以上、残るのは商人が扱う銭だった。


「これからは政は無論戦さえも、銭のためになる。土地がもう動きようのない以上、米の増え方も知れている。織田信長はその事を知っていた…」

「ふざけるな!」

「主の信仰を己が信仰にすり替えるとは……自分の意志すらも失ったか……」


 織田と徳川の同盟が信長が死ぬまで二十年以上ずっと保たれていたのには小太郎もいささか驚いていたが、その弊害もまたあったのも感じていた。



(織田信長は徳川にとって誠実であり、同時に不誠実だった……)


 織田信長は恐ろしい存在であったが、長篠の戦のように徳川の危機に対しては誠実だった。築山殿と信康の一件もあったが、それも今は消化されているようだった。


 だが同時に、徳川と言う田舎侍の事情を汲み取るには不誠実だった。


 この時代の文化はどうしても西高東低であり、物々交換がとか言う時代とまでは行かないにせよ経済の発展はまだ西が優先だった。

 駿河には駿府と言う大きな町があったが今川氏真にその町を維持しきるだけの力はなく次に来た武田信玄も山地育ちで経済に疎く、家康が手に入れたとほぼ同時に信長が亡くなった。家康には茶屋四郎次郎と言う元徳川家家臣の御用商人がいたが今や西国の人物で、三河や遠江はともかく駿河には大きな伝手はないし他の豪商からすればその他大勢とまでは行かないがそれほど巨大でもない。

 織田信長がいくら先進的であろうとも、豊臣秀吉と言う愛弟子でさえもうまく汲み取れなかった以上徳川家康には無理があった。もちろん家康には家康の方針はあったし確固たるその理念は誰からも嘲笑されるものではないが、いい意味ではと言う枕詞付きながら古臭い物だった。


「無論農民を農民として専門的に活動させる事によりよりよき米などが採れるかもしれぬ。だが所詮土地には限りがあり、くどいがおのおのが大名の土地ももう動く事はない……。

 知っているか?関白が朝鮮に出兵しようとしていた事を。先の戦によりもう二度と領国を手に入れられなくなった諸大名のために、朝鮮に領国を得ようとしていたのだ。関白自身は多分銭の価値を分かっていたが、まだその事を徹底させるには時間がなさ過ぎた。まあ他にも理由はあるだろうが所詮我も田舎侍なのでな……同じ穴の狢同士、仲良くできると思うたのだが……」

「石川五右衛門が悪いと言う事か!」


 半蔵の口から出てくる言葉は、全く変わらない。聞く耳持たずではなく、聞き入れた上で返答がそれだった。

 確かに半蔵も小太郎も、尾張・京と言ったこの国の中心地から縁の薄い田舎侍ならぬ田舎忍びだった。また暗闘を続けて来たゆえの宿敵同士の絆とか言う安っぽい友情物語でもないにせよ、同じ立場として分かり合えない事はなかった。


 それを壊したのが石川五右衛門だと言う話だ。


「一つの御家に依存するもまた武士の勤め……されど巨悪に依存するはより危うき事。石川五右衛門と窃盗が等号だと言うのならばそれ以前の盗みは何だ?」

「これまで、誰も…!」

「全ての罪を一人で片付けようなど源頼朝でも出来ぬ真似だ…………人の分際で神の真似をするな……」

「貴様も共に戦え!一銭斬り上等…!」

 織田信長の言葉すら持ち出して小太郎に斬りかかる半蔵だったが、小太郎の唇はちっとも歪まない。半蔵がこれまでの人生で身に着けた全ての力を振り絞らんとする中、小太郎はあくまでも平気な顔を崩さない。攻撃を悠々と受け止め、決して自ら斬りかかろうとしない。



「舞台には役者が要るだろう……まあここでとは言っておらぬがな……」

「待て…!」


 そして言いたい事だけ言っていきなり見せつけるように街道を東上せんとし、半蔵を誘い込みにかかる。

「死せよ…!」

 半蔵も得たりとばかりに付き合い、自分が殺した兵から盗み取った抜き身の刀を投げ付ける。生中な忍びならば胸から刃が付き出していてもおかしくないほどの一撃だったが、小太郎に振り返らせる事もできないまま宙を舞い、小太郎自身を高く飛び上がらせるのがせいぜいだった。そこを狙うべく二の矢を放とうにも、小太郎の行動を読み切れず走る事しかできない。

「その素直さ、実にサムライらしい……!盗人が忍びを名乗るのを許せぬと言うなら、サムライが忍びを名乗るのもまたおこがましい……!」

「口を開けるな…!」


 とっくのとうに語彙など無くしている半蔵が唯一吐けるとすれば、その手の言葉しかなかった。


 要するに、黙れ。

 元々多弁を捏ねる気などない半蔵からしてみれば不言実行もまた揺るがしがたき真理であり、小太郎のように舌を回す忍びの事は気に入っていない。忍びが潜入の際に舌を回して怪しまれないようにするのは技術の一つだが、半蔵はその点をあまり重視していなかった。

 


 —————だから。



「父上!」

「来たか!」


 駆け付けて来たもう一人の味方に対しても、大きな反応をできない。ただし求める事もしない。

 自分が手塩にかけて育てて来たのだから。自分の跡目として、自分の全てを注ぎ込んで来たのだから。


「この風魔小太郎を討ち取った先に何がある?」

「石川五右衛門を殺す!」

「なるほど、半蔵の子よ…………ところで今までいずこにいた?」

「本多様と共に慶次郎めを討たんと思うていたが、慶次郎が逃げるゆえに本多様と慶次郎を追い、そして父上は既に慶次郎より東にいると読み…!」

「フン……実に親孝行よな。だが親子など似ぬ方がいい……関白の養父は今や関白やその母を踏み付けにした巨悪だ、不人気の極みだ…」


 そして小太郎はやはり全く容赦がない。

 連れ子とでも言うべき秀吉を粗雑に扱っていた上に大政所にもきつく当たっていたと言う烙印まで押された竹阿弥を例に出し、その親に似なかった秀長を間接的に褒め称えつつ喧嘩を売るのはそれこそ小太郎の本領発揮だった。

「本多忠勝を信じるのは良い……されど本多忠勝とて人間、しかもおそらくはもっとも底辺の存在……」

「ほざくな!」

 その上に本多忠勝の名を吐き出し、半蔵の子こと正就に単独で仕掛けさせる。

「馬鹿みたいな攻撃はよせ、いやそもそもが馬鹿か……」


 父親の正成でさえも互角以上だったのだから正就如きにどうにかなる訳でもなく、三回も刀を合わせない内に蹴り飛ばされた。



「ぐっ…………!」


 それでも受け身を取り体勢を立て直し攻めようとした息子だったが、小太郎ににらまれたからか体が動かず、忍び刀を握ったままにらみ合いのようになってしまった。

「……」

 それでも手裏剣を投げるが動きもしないまま弾かれ、わざとらしく外してもびた一文動揺する様子がない。動けばこちらが…とは思ったが小太郎が動かしているのはせいぜい表情筋だけで、しかも口角を上げてわざとらしいほどに微笑んでいる。


「小太郎…!」


 正就は必死に唸り声を上げて見せる事しかできない。

 父親と自分が信じる物のために何が何でも勝たねばならない。

 何としても、命を賭してでも。


「あわてるな、まだこの舞台には役者が要る……」

「ほざくなぁ!」

「正就!」


 そんな自分をもてあそぶような小太郎の言い草に血をたぎらせようとするが、父親の言葉に身を竦ませる。

「援軍が来れば!」

「不覚ながら、認めねばなるまい……!」


 最大限の憤怒と共に、横に飛び退いた半蔵親子。

 小太郎は追撃などしない。







 そしてその親子のいた街道に姿を現した、一人の男。




「待ち人来るか……さあ、最後にして最高の舞台を始めようではないか!」




 小太郎の仰々しい文句と共に、まったく忍ぶ様子もなくその男はここまで走って来た足を止めた。




「そうだ!俺様が石川五右衛門だ!」




 そして大舞台にふさわしい名乗りを上げ、秋の緑と黄色が混じった街道を極彩色に彩らんと欲した。

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