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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第八章 三増峠に思いのたけを
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欲望の行きつく果てに

「よくもまあこの上さらにへいこらできるもんだね!」

「案ずるな、これが最後だ……」


 小田原にて数十名を殺して来た小太郎に対し、その連中の目標である男は相変わらずの口を叩く。

 

「まあてめえはオサムライサマに飯を食わせてもらってるからそれでもいいんだろうけどよ、俺様はんな事しねえよ」

「貴様こそそのオサムライサマの財貨を盗んで暮らしているくせによく言う…………」


 五右衛門の標的は基本的に武家屋敷だ。これは単純にオサムライサマが嫌いなだけでなく武士と言う名の富裕層を狙っての行いであり、単純に実入りの問題だった。


「俺様がオサムライサマが嫌いな理由を知らねえ訳じゃねえだろ、公家の位倒れっつーけどオサムライサマだって位倒れじゃねえか、変にお高く留まりやがってよ!」


 さらに言えばオサムライサマが威張っているのも気に食わなかった。

 と言うか武門の意地とだとか恥だとか言って、盗人の被害にあったのに声高に叫ぼうとしないのも腹立たしかった。

 五右衛門の名が広まったのはお貴族様のお屋敷に潜入した際に少しばかりへまをしたからであり、そこから名前が広まって一時期五右衛門は実入りの少なさと相まって貴族たちの屋敷に入るのを控えた。

 そこで個人的な恨みを込めて武家屋敷に入ると案外とうまく行き、それに名前が思ったより広まらなかった事に味を占めた五右衛門はそれから武家屋敷を含む城への潜入を主な活動にした。もちろん安全策及び仮のねぐらとしての廃城にも何度も入ったが、所詮廃城は廃城でしかなく収穫と呼べるのはほとんどなかった。


「素直にやられましたって言えばいいんだよ、敵を知り己を知れば百戦危うからずだろ!だってのに俺様にやられたのが恥ずかしくて恥ずかしくて誰にも言えねえでひた隠しにしてさ、本当に情けねえったらありゃしねえ!まあ仕事がやりやすいからこちとら大歓迎なんだけどよ!」

「全くその通りだ。だが今度の敵はそれこそそんなオサムライサマとやらの悪い部分を極限まで煮詰めたような蟲毒であり、死んでもなお生まれ変わって追って来ないとは限らぬ……」

「呆れたね。そいつが生まれ変わって追って来るんなら、俺様だって生まれ変わって逃げてやるまでだってのに」


 追う側と追われる側、永遠のいたちごっこでしかない。どこかで決着をつけない限り終わりようはないし、あるいは永遠に終わらないのかもしれない。だがいずれにせよ、勝敗は確実に存在する。


「にしてもよ、たかがこの俺様を殺すがためだけにそこまでやるのかね!」

「ものすごく欲しい宝があれば何としてでも盗み取ろうとするのが盗賊だろう?」

「そりゃそうだ。でも俺様がもし抜け忍でも何でもねえただの泥棒だったらあいつはここまで執着したかね」

「しなかったかもしれん、だが今はそんな事などどうでも良い。どうでも良くなければ小田原にて無関係な民を殺めたりはしなかっただろう」

「何ィ…………」



 服部半蔵の手先が小田原で暴れたとは五右衛門も聞いていたが、無辜の民を殺しまくったとは聞いていなかった。

 五右衛門は大口を開けようとしたが、小太郎が何かを投げて来たのを感じて歯を食いしばった。ただの木の実なのにすぐ気づき五右衛門がこわばりを解くと、小太郎は笑いもしないままため息を吐いた。



「かつて、鎌倉幕府の時代。この地域では族滅に次ぐ族滅が行われた。それこそ女子供でさえも一人残らず殺し、謀叛人にかかわる存在をそっくり消してしまうと言う恐ろしい刑罰だ」

「それは何百年も前だろ」

「そうだ。今の半蔵はそれをやろうとしている。自覚のあるなしはともかく、彼の今の目標は石川五右衛門と言う存在の族滅だ」

「馬鹿馬鹿しい、俺様に親族なんかいねえよ」

「違うな、盗人と言う存在の族滅だ」



 五右衛門は相変わらずの調子で小太郎の話を聞き流していたが小太郎の話の真剣さに目を見開き、草木をも騒がせた。


「馬鹿も休み休み言いやがれ」

「それがまともな答えだ。人類が生まれてこの方、幾たびの盗みが行われて来たかなど数えるのさえも無駄だ。それに真っ当な忍びでさえも敵軍の城に入り書などを盗んで来た事も多々ある。彼らと盗人にどれほどの違いがある……?」

「俺様にはわからん!」

「その通りだ、貴様が言うまでもなく違いなどほとんどない。ただ主の命令を受けての行いか、自分の欲望のためかのどちらかでしかない。半蔵にとって前者は滅私奉公と言う名の義挙であり、後者は欲望に塗れた愚挙の極みでしかない」


 あまりにも自分本位、自分勝手な解釈の仕方。


 自分が尊敬しているオサムライサマの命令であれば絶対正義だと言わんばかりの暴論。


「んじゃよ、自分が尊敬するオサムライサマがこの国のあちこちで盗みを働いて来いっつったら平気でやるのかね。それこそ偽善もいいとこだぜ」

「そうだな。オサムライサマの理屈で言っても、そんな事が露見すれば信用を毀損するし、単純な話、それらの財宝をどうする?まさか自分の主の下にでも持って帰るか?」

「そんなもん、よそ様にでも配るとか……」

「要するに自分の物にはならない。かと言ってそれにより主から高い禄高でももらおう物ならばそれこそ私がやらせていますと満天下に広めるようなものだ。

 よってこの役目はかつての忍び以上に研ぎ澄まされた存在にしか務まらぬ。誰からも認められない、最悪主からさえも」

「それが嫌で俺様は逃げたんだよ!」

「だろうな。そしてそれは悪ではない。その事に半蔵は気付いてしまっている。無論無自覚だろうし、貴様よりずっと後だがな……」



 忍びとサムライがどれほどまでに重なるのか、五右衛門はおろか小太郎も知らない。あるいは殺傷兵器を持っている以上全部サムライと一からげにされているかもしれないし、それとも真正面から戦うサムライとは違い闇から闇に消え全く予想もしえないような働きをする忍びは必要以上に恐れられているかもしれない。

 そして鍛えの入った兵士がそれこそ無慈悲に敵を殺していくように、鍛えの入った忍びはそれこそ何事もないかのように闇から現れる事さえせずに任務をこなして行く。

 優秀な兵と言うのは将になるに当たりどうしても大勢の兵をまとめなければならなくなり人間性を高めねばならなくなるが、忍びは一人でもできてしまう。と言うか、そういう風に育てられている。

 憧れは抱かれるかもしれないが、それ以上に怖がられる。それこそ風魔小太郎にかけた訳でもないが「魔物」、「妖怪」のように扱われる。敵だけならばともかく、味方からさえも。そんな扱いをされて平気なのはそれこそ妖怪同然の心の強さの持ち主であり、人間のそれではない。




「そしてなればこそ敵は貴様の根絶をも目指している。世の中の貴様の仲間全てに末路はこうだと教え込み、この国を平和にするつもりだ」

「要するに何だよ、この俺様を殺せばすべてうまく行くと思ってるっつーのか!」

「ああ。自分自身の疑念を全て取り払い、自分の正義の正しさを証明したいのだろう」


 聞けば聞くほど、信ぴょう性が増してくる。

 馬鹿馬鹿しいと片付けるにはあまりにも真剣な服部半蔵の思い、真剣な殺意とその理由。




「わかったよ、付き合ってやるよ」

「そうだ、それがいい…………今の半蔵は貴様を食らい尽くしても足らぬ餓虎だからな…………。

 後は、虎とその群れを狩る事だけを考えればよい……。そのためにもあの男の助けは必要だろう」


 ついにその身を乗り出した五右衛門に対し、ようやく小太郎は笑みを取り戻す。


 そしてその全く作っていない笑顔のまま、小太郎は五右衛門の前から消えた。

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