表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第七章 徳川家康の失策
86/105

侍たちの天下

 江戸城。

 かの太田道灌が建てた城。



 その中にて、蘆名政宗は深々と頭を下げていた。


「前田殿にはご苦労をおかけいたす」

「その方も大変よな」


 この城には池田輝政が入り、武蔵の大半を治める事となる。前田利家はその輝政を含む堀、丹羽、蒲生と言った諸将たちのために地ならしを強いられているような状態で、正直かなり疲れる役目である。

「でも関白殿下からはそれなりの厚賞をいただけるのでしょう」

「ええ。越中の代わりに越前を進呈されるとか、まったくあのお方も相当に負い目を感じておいでの様だ」

 前田利家の領国は能登加賀で七十二万石と言った所だが、越前がこれに加われば百万石を軽く超え百三十万石にもなる。実際には一部が大谷吉継に割かれるので百二十万石ぐらいになるが、それでもとんでもない規模である事に変わりはない。確かに御恩と奉公と言えばそれまでだが、正直過大評価かもしれない。

「我々はどこまで責任を負えば良いのでしょうか」

「とりあえず家内を平和にすればいい。もし豊臣家に万一の時あらばその時はどうすれば豊臣家のためになるか考えるまでだ」

「しかしその豊臣家自身の禄高が気になりますが」

「案ずるな、三百万石はくだらんはずだ。わしも正確には数えた事がないが、単純計算でざっと七万五千、その気になれば十万が動員できる」

「三軍は得やすく一将は求めがたしと申しますが」

「そこはそれだ、わしにはおまつがいるように関白にはおねね様、いや北政所様がおる。まあ貴公には釈迦に説法だろうが彼女も相当に強烈だぞ」


 北政所の事は政宗も知っている。秀吉と言う天下人の妻でありながら別にそれほど寵愛しているわけでもない石田三成の死を聞くや我こそはとばかりに大坂から小田原までやって来るような女が普通な訳はなく、義姫や甲斐姫に触れて来た政宗でも内心驚いていた。内心だけで済んだのは、第三の強烈な女とでも言うべき織姫に触れて来たからかもしれない。

「あのお方が何か」

「どうも徳川殿の次男である秀康様をお気に召されたらしくてな、徳川家に返さずそのまま関白の養子にしようとしているらしい」

「豊臣家の跡目はお捨て、えっと棄丸様とか言うお方では」

「まだ二つだ。あと関白殿下が十年生きるとしてまだ十二だ、天下の政を行うにはまだ幼すぎる。ああもしや大和大納言様を当てにしているかもしれんが、あのお方も最近寝たり起きたりの暮らしで跡目のお方もまだ若い。豊臣家の屋台骨は正直あまり強固ではない」

「ずいぶんな物言いですな」


 秀吉の盟友兼側近とは思えないほどに口の軽い前田利家だったが、その顔には年相応の年輪はあっても老いはなかった。二十四歳の政宗と比べても見劣りしないほどの活力があり、目の輝きも互角以上だった。


「そなたは関白に直に挑み、見事勝利を収めた。島津も戦では勝利したが関白直属軍ではないし、それ以上に痛みも味わった。そなたは戦で勝利した上に心までつかみ取っている。そんな人間に今更隠し事などできようはずもない。あるいは関白自身、そなたを相当に甘やかすかもしれぬからな」

「お戯れを!石田三成と言う人物が関白殿下からいかに寵愛されて来たかそれがしとて聞き及んでおりまする」

「関白はそんな事など気にせぬ。確かに石田三成と言うのは能吏だったが少しばかり独断専行が過ぎた、天下人の手足となるには十二分だが軍に限らず大所を任せてはいけない人間だった。あれが数字以外に携わればこんな事になるかもしれぬと言う危惧はあった、まあ関白殿下はいい薬になればと思っていたようだが残念ながら薬が強すぎたようだな」

 


 そこまで話が進んだ所で、政宗は首を大きく振った。否の姿勢ではない。



「慶次郎!」

「まったくここは相当に田舎臭いですね、金沢とは桁が違いますよ!」

「金沢を大きくしたのはこのわしぞ!」


 利家と政宗と言う大名同士の会話に遠慮なく割り込んでくる男こそ、紛れもなく前田慶次郎だった。慶次郎の存在を認めた途端利家は眉をひそめ、政宗は隻眼を見開いた。


「戦が終わったとてまだやる事はいくらでもある!そなたにも協力してもらうからな!」

「まさか材木でも運べと?それならいいですけど」

「自分を何だと思っているのだ!七千石の重臣相応の振る舞いと言うのがあるだろうが!」

 前田慶次郎はこの時嫡子の正虎と合わせて七千石の石高を利家からもらっていた。利家が言っているのは七千石の重臣らしく部下を指揮して治安維持に努めろと言う事なのだが、慶次郎は口笛を吹くだけでそれ以上反応しない。

 それどころか利家の後ろにいたはずなのにいつの間にか政宗の方に寄り、座っているとは言え背の高いはずの政宗の頭を見つめ出している。

「おいこら!」

「叔父上も老いましたか、はっきり言わねばわからないと」

「何だと!」

「そうやって熱くなっていては石川五右衛門に絡め取られますよ」

「うるさ…」

 

 そんな重臣としてあり得ぬ振る舞いをしていた慶次郎に頭を熱くした利家だったが、あっさりと頭に冷や水をぶっかけられてしまう。

「お気になりますか」

「ああなる。あの男には関われば関わるだけ損をした気分になって来る。どうにかしてあの男を泣かせてやりたいと思えば思うだけこっちが泣きそうになる」

「いかにも」

「そなたは泣かせたいと思っておらん、いや考えもせん。だからこそこんな顔ができるのだろうな。実に羨ましい」

「まつ殿にしかられた時のようですな」 


 触れたくもない、触れてはいけない。いつの間にかそんな存在になっていた男の名前一つでおとなしくなってしまう程度には、利家にとってその名前は痛点になっていた。その痛点を突かれた利家と来たら、慶次郎の軽口にも反応できないほどになっていた。


「そなた、まさか蘆名家の飯を食いたいのか」

「まあそうですね、俺も幸い四十四だし息子も一応一人前だし自由になりたいと」

「何かに拘束されたお前を見た事がないぞ、それにお前は上杉が好きだと言ってなかったか」

「まあそれはそうですがね、山城殿もお忙しいようで、何でも最近困った客がいるとか」

「そなた、蘆名殿を、えっと、その暇人呼ばわりする気か」

「その姿勢直さないとマジで死にますよ。いや本気で」


 愚痴を言おうとすればするだけ、見えない敵の罠に絡め取られる気がする。

「わかった。風魔小太郎に続き大変だろうがどうか面倒を見てやってはくれぬか」


 その流れのまま、利家は慶次郎を手放す事になった。してやられたと言う感情はないが、お荷物を片付けられたと言う気にもならない。


「いくら必要ですか」

「俺だけの話だからな、二石もあればいい。まあ一石じゃ足りないな、俺は無芸大食だから」

「まったくお人が悪い。まあとりあえず一万石と言う事で、ただしあくまでも「前田慶次郎」と言う人間のために払うのであなたが亡くなった際にはお返しいただきますが」


 こんなやり取りの間にも、利家の上をその男は飛び交っている。







 そしてこの時、その禁忌と言うべき存在に触れてしまった存在がいる事など誰も気づいていなかったのである。

政宗「慶次郎、そなたは女子たちに相当にモテるのだろうな」前田慶次郎「そっちこそ」


まつ「あなた様には私がおりますから!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ