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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第七章 徳川家康の失策
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風魔の郎党たち、五右衛門の弟子たち

「ったく、小太郎の弟子とか聞いてたけどよー!」

「首領とは一番強い物だ……お前とてわかるだろう……」

「しょせん、この程度っつー事かよ……!」



 武相国境の山中にて、小田原近辺から離れた風魔一党の忍びたちを五右衛門は柄にもなく鍛えていた。

 だが五右衛門が接した所、小太郎より強い存在は一人もいない。



「俺は政宗の家臣になった覚えはねえぞ。お前はあるのか」

「一応な。所詮忍びは盗人ではない、誰かにへばりつかねば生きてはいけぬ……」

「片倉のおっさんと同じってこったな。せいぜい無駄飯だったと言われねえようにしろよ」


 風魔一党は既に、政宗から四千石で召し抱えられていた。これについては秀吉も黙認状態であり、北条家も認めている。だいたい大名の石高とその大名の御家そのものの財政は全く違う。やや特殊な例だが九州の鍋島家は三十六万石と言う事になっているが龍造寺家の親族をはじめとした有力な家に禄を割きまくっているので「鍋島家」そのものは六万石前後しかない。実際「蘆名家」の禄高は二十万石程度で、片倉や亘理などの重臣や在地領主に割くとその程度しか残らないのだ。


「ではそなたは蘆名の無駄飯を食い漁っても平気か」

「さっきも言っただろ、俺様はあんな小僧の家臣になった覚えはねえ」

「ではなぜ風魔一党を鍛えようとしている?暇つぶしか?」

「そういうこったよ、結局忍びも人様の目を盗むことに変わりゃしねえ。正しく使えば忍びで、間違って使えば盗みなんだろうよ。お前らの中ではな」


 今更盗みと殺しとどっちが重いかなど五右衛門は語る気はない。ただ、融通が利かない考えを振りかざす連中が腹立たしいだけだ。


「盗人は永遠に消える事はない……武士に限らず職人も農民も盗め盗めとうるさいからな……。ただでさえ人の目を盗んで事を行うのが武士の詭道、最も損害少なくして勝つ術……」

「ずいぶんと理屈を並べるもんだな!」

「世の全ては使いよう……妖さえも時には刃となる……」

「妖怪ねえ、俺様に言わせりゃ人間のがよっぽど怖いね。秀吉もそうだが源頼朝も足利尊氏も、俺様から見ればみんな頭おかしい奴らだ」

「フフフフ…………」

 相当に不敬な物言いだが、小太郎は笑うだけだった。

「時代を変えるような存在など、頭がおかしくなければ務まるはずがない……。

 だがな五右衛門、貴様も大差はないぞ」

「知ってるわ、俺様だって世間様から見れば頭のおかしい奴だよ!」

「いや違う。貴様もまた、源頼朝や足利尊氏の同類項だ……」

「俺様にそんな野心はねえよ!」

「貴様は全ての武士に勝とうとしている時点で十分に野心家であり、十二分に頭がおかしい……付き合おうとしている我も十分おかしい……まさか吐いた言葉を呑めるほど恥知らずでもあるまい、ああそなたは十分に恥知らずか…………」


 厚顔無恥である事は、盗人にとってはある種の才能である。噓つきは泥棒の始まりとか言うが、日本人が騙し合いが戦の勝敗を分ける事を思い知らされてから嫌と言うほど時は経っており、うまい嘘を吐けるのは武将の才能の一つだった。

 で、恥知らずとか言う言葉を向けられても激高しないのもまたしかりである。


「武士は恥知らずでなければ務まらぬ。何十何百と人を殺して恥じないのは豪傑とか言うより恥知らずだ」

「それを恥と思わぬねえような教育をされて来たんだろ、忍びなんてなおさらじゃねえか」

「その通りだ。自分たちもその対象になっている事を教えさせれば釣り合いが取れるとか簡単に思っているのだろうが、時に聞くが四十万石の大名が何人の兵を出せるか知っているか……?」

「知ってるよ、だいたい一万だろ」

「そういう事だ。四十万石で四十万の人間が飢えずに暮らせるのにな…………」



 一人の兵の死は、その家族を含む数名の生活を一気に脅かす。

 一石とは一人の人間が一年で食う米の量だが、四十万石あるからと言って四十万人を戦わせる事などできるはずもない。装備その他の都合により、戦えるのは基本的に一万人、強引に動員をかけても一万五千ぐらいだ。百姓一揆などはその点を無視して兵を水増ししたが当然兵としては最低級で、しかも本来農工に携わる民を駆り出しているのだから生産力は大幅に低下する。自爆と言うより、ある種の嫌がらせだ。



「四十人に一人の代表が死ねば、被害は四十人に降りかかる。無論被害を無にして戦に勝とうなど馬鹿馬鹿しいがな、被害が何十人で済んで良かったとか言いのけられるなど厚顔無恥な人間にしかできない……」

「ずいぶんな話だな」

「なればこそ、戦をしたくなくせばいい。殺し合いをやめさせればいい。そんな途方もない夢を掴もうとしたのが源頼朝であり、足利尊氏であり、織田信長であり、貴様だ」

「真面目に物を言え!」

「なればこそ、我は貴様に風魔一党を預けた…………最強の忍びに育てさせ、もっとも強力な形で武士たちを支配する方法を…………武士に、戦をさせる余裕をなくす方法を…………」


 小太郎は五右衛門の傍に寄り、耳打ちもせずに一枚の紙を落とす。



「大将と 草鞋さえなく うちに言い 陣笠被り いくさと叫ぶ」


 

 草鞋さえ履けない人間が兜どころか陣笠をかぶり、打刀うちがたなを挿して家の中で戦に行くと叫ぶなど、滑稽を通り越している。ましてやそれで戦の対象を名乗るなど、わざとでなければ大馬鹿者でしかない—————。


「言いたい事はわかったよ、そのために風魔を使えってのか」

「いかにも……」


 もし五右衛門が数百年後の異国の人物であれば、両手を上に向けていただろう。

 あれほどの事がありながら結局オサムライサマのしもべをやり続けている男が、部下に何をさせているのか。

「てめえはいつ俺に負けたんだよ」

「負けたわけではない。引き分けだ。この風魔小太郎を相手に逃げ切ったと言うだけでも十分だ」

「それが勝者の余裕っつー奴かね。言っとくけど蘆名とか北条とかどうでもいいからな」


 結局の所、小太郎が言っているのは自分の部下を盗人に仕立て上げろと言う事でしかない。


 直接対決と言うほどではないが小太郎は小机城にて五右衛門を負かしており、五右衛門は自分が小太郎の下だと認めざるを得なかった。そんな立場の存在だからこそ自分なりに部下の面倒を見てやっているだけであり、勝者のくせに何を抜かすかいと言うお話である。


「風魔は風魔のしたいようにする……それがそなたの望みと一致しただけだ」

「ああそうかい。だがそれをどこでやれっつーんだ、それこそ日本中でやらなきゃ意味がねえぞ」

「それをこれから育てるのだ。そしてその前に邪魔者を消さねばならぬ」

「邪魔者?」

「ほどなくしてやってくる、邪魔者を……」



 それでも小太郎の本気ぶりだけはわかってしまった以上、五右衛門はうなずくしかなかった。


 こちらから乗り込む必要もなくいずれやって来るだろう、最大の邪魔者を。



 自分たちなりの乱世の治め方を、邪魔する存在を。

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