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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第七章 徳川家康の失策
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「豊臣秀康」

 小田原を離れ、清須城に集った一同は座を囲んだ。


 もちろん上座に秀吉が座り、その傍らには北政所がいる。

 そしてその両名に次ぐ位置として秀吉の養子である徳川秀康と宇喜多秀家がおり、やや下に福島正則と加藤清正、以下従軍した小大名が付き従っていた。末座には北条氏光もいる。


 その中には豊臣秀次の配下である山内一豊と堀尾吉晴・中村一忠、さらに一人の少年もいた。


「北条氏義でございます」

「では北条家七代目当主として氏義殿を立てると言う事で」

「承りました」


 上杉義真改め北条氏義は景勝の人質として大坂城に四年間おり、秀吉とは親和性が高い。その義真に北条の一族の姫を嫁がせ、小田原を治めさせる事はこの場にいる全員が知っている。義真は義父に似たのか真面目で丁重で、武士たちの好感を集める存在だった。氏光は新たなる主人に向かって氏規と共に頭を下げ、北条の家紋の入った書状を手渡した。



 氏光の顔は異様なほどすがすがしい。


 北条の母国とも言うべき伊豆一国を分家の形とは言え守る直系の氏照がいるからか、それとも武士として素直に秀吉および氏義に従っているのか。


 そのどっちかだと考える人間は、圧倒的な少数派だった。

 山内一豊は無論、吉晴や一忠さえもその考えを失っていた。


「それでいつ頃小田原へと赴任するのですか」

「丹羽侍従や池田侍従(輝政)、堀左衛門督(秀治)に蒲生侍従と言った人間と共にとなる。それぞれの手間もある故早くとも来月末じゃろうな。それまでは利家に迷惑をかけてしまうからな。上杉殿、どうか利家に秀吉は済まなかったと思っていると申し伝えてくれぬか

「承りました」



 吉晴や一忠だけでなく一豊にも、今の秀吉は目一杯背伸びをしているように思えた。

 今の秀吉には丹羽長重やら堀秀治やら、大名でも呼び捨てにする力がある。どれだけ威張った所で、誰もそれに突っかかれる人物などいない。たまたま傍に北政所がいるとか言っても、所詮天下人の配偶者であって天下人ではない。強いて言えば大政所だが、彼女に政治の心得などないしまずその気もない。


 それなのにやけに謙虚に、と言うかへりくだったような物言いが目立つ。本来ならばたしなめる立場でありそうな北政所がむしろ秀吉を立たせている感じで、正直立場逆転気味だった。


「とにかく、だ。正式な宣言は大坂城に戻ってから行うが、伊達政道、蘆名政宗他東北の諸大名も服属を宣言した。これにて戦の世は終わりを告げた、と言う事にしたい。これから先は戦との戦いが始まる。どうか頼むぞ」

「はっ……」

「ありがたき事よ。では明朝にでも清州を出て美濃へ入り、大坂へと凱旋する」


 真面目ではあるが覇気のない声に、諸将は反応が遅れた。もし信長とかならば怒鳴りつけられそうなほどであったが秀吉は一向に構う事なく、頭を下げてくれた人間たちに向かって謝辞を述べる。

 その謝辞に答えるように再び叩頭される。清須城の天井は、月代ばかりを見下ろす羽目になった。










「秀次は何と……」

「叔父上様・叔母上様には申し訳ないと、そればかりです」

「気にするなと申しておけ。よく留守居を務めてくれた。わしもおねも不在だと言うに…」

「御意」


 秀次からの報告を伝えるべく残っていた山内一豊を返すと、秀吉とおねは二人っきりになった。


 かつて、織田信長と濃姫がいた清須城の上座に、今は自分たちが座っている。



「思えば、お館様は…………」

「よくやったと褒めて下さっているでしょうね」

 だが郷愁に浸ろうとする秀吉に対し、おねは話をすぐ切りにかかる。多弁なはずの夫の口を封じるかのように、肢体を夫にもたれさせる。

「おね…!」

「あなたはこのまま負けるのですか?石川五右衛門などに」

「何を言うか!」

「ええ、私だって腹は立ちます。ですが彼に勝つにはまともなやり方では無理です」

「それは豊臣家自身が太る事か」

「そして、石川五右衛門から反抗する理由を奪えば良いのです」

「それは……」


 五右衛門を封じるにはどうすればいいか。それこそ、秀吉にとって天下統一の最後の難関だった。有象無象の盗人と一緒にするにはあらゆる意味で存在が大きすぎ、放置していればそれだけ窃盗以上の害をもたらしそうに思える。

 かと言って取り締まりを強化するとか言うありきたりなやり方では捕まるかどうかわからない。五右衛門と言う存在が受け入れられているのは乱世だからであり、乱世がなくなってしまえば五右衛門はただのコソ泥でしかない。検地や刀狩などでしっかりとした秩序の世を作るのはいいとしても、それも決め手に欠く。


「棄丸は大丈夫なのでしょうか」

「棄丸は…」

「お館様が織田当主となられたのは十九でございます。つまり大殿(信秀)様が身罷った時には既にお館様は当主として十分な年齢でございました。鎌倉の頼朝様すらも十四です。あと十三年生きられるのですか」

「……」

 そう言われると秀吉は黙るしかない。あと十三年となると秀吉は六十七歳、今の大政所よりはまだ若いが条件が違いすぎる。


「それに茶々です。彼女は二人の父と一人の母を失い乱世の痛みばかりを覚えています。それ自体は悪い事ではありませんが、まだ私たちは厳しくせねばなりません。あなたで持っていると思われてしまっては最悪自分の方がより天下を安全にできると言う義心で動く御家が出ます。そんな時に彼女の教育で大丈夫でしょうか」


 そして棄丸の生母である茶々だ。



 ———曰く、小谷城で父と兄を失い、北ノ庄で二人目の父と母を失った女性。

 乱世の悲しみを知っているからこそ棄丸を乱世の血なまぐささから引きはがそうとするだろうが、まだ他に乱世に浸かり切っている存在が山と居る状況では早計のそしりを免れ得ない。だが秀吉と北政所以外では最高級の権力者である淀殿に諫言できるのは両名ぐらいしかいないだろうし、北政所も秀吉が亡くなれば出家・隠居するしかなくなり権限は淀殿に移行するだろう。


「そこでです。棄丸の後見人が必要です」

「小一郎じゃあかんのか?」

「小一郎は最近体調が思わしくなく跡目の秀保はまだ十二です。秀次は正直頼りになりません。一豊から聞きましたが、私が原因とは言えあの子は最近酒量が増えているとか」

「では誰にせいと言うのだ」

「秀康です」




 徳川秀康。


 家康の次男で家康の跡目である秀忠の兄。

 根っからの武家の子。

 年齢は十七歳、まだ完全とは行かないがそれなりに完成はしている。


「小田原にて唐突に訪問した私に対し、あの子は極めて冷静でした。石川五右衛門が何者かに襲われた際にも兵をまとめすぐさま戦いを治めてくれました。秀家も悪い子ではありませんが、現状では秀康の方が上です」

「そうか秀康か……じゃが徳川が返せと」

「それは関白の権限がございましょう。そしてその秀康により、圧倒的な力を世間に見せつけさせるのです」

「圧倒的な、豊臣家の力……」


 農民にはできない、圧倒的な力。


 かつて伊勢長島を焼き、比叡山を焼いた信長のように。




「私自身の偏見かもしれませぬが、九州に向かわれた際におうかがいにならなかったのですか?何と言ったのかお忘れですか?」




 そしてその標的さえも、北政所は決めていた。


「しかしそれをやれば…」

「御仏の教えがこの国に来て千年経った事ぐらいは私も存じております。その千年と言う時間は元の教えを変形させるにあまりにも十二分です」

「じゃったらそれをわしが」

「今のあなた様には無理です。遠慮を覚えてしまったあなた様には」


 秀吉にはできない事を、秀康にやらせる。

 それで秀康の、いや豊臣家の権威が増すのであれば。



「ですがこれで五右衛門には勝てないでしょう。五右衛門に勝つには武士がよほど為政者として優秀でなくてはなりません」

「秀康ならばできると申すか」

「できるでしょう、と言いたいですが豊臣家だけでは無理です。

 誰一人として、過ちを犯さないようにせねば」


 世の中の全ての存在が合わさって、初めて退治できる。


 北政所のこの評価が正当なのかどうなのか秀吉にはわからないが、それでも秀康の存在とその政策が必要な事だけは秀吉もわかった。

 五右衛門の真の狙いなどわかろうとさえもしていないが、それはどうでもよかった。

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