徳川軍の現状
「ではこれ以上の褒賞はないと!」
「やむを得まい……」
秀吉と政宗の茶会が行われていたころ、徳川家康は陣幕の内にて本多忠勝に詰められていた。
徳川家の報酬は北信及び上野の大半と言う決定が覆る見込みは全くない。
関東には、秀吉の同僚であった御家の人間たちが押し込められるのは間違いない——————————。
その決定を家康から伝えられた忠勝の足取りは重たく、それ以上に吊り上がっていた目が文字通り口より物を言っていた。
「今更領国をたかる気もございませんが!」
「では聞くがそなたは関白殿下に喧嘩を売る気か」
「そのような!」
「と言うか関白殿下もギリギリまで知らなかったらしいが、我が領国を何者が通っていたのかも知らなかったと申すのか。元忠をして何もできなかったと言うのがすべてじゃ」
忠勝は何も言えない。
まさか北政所が大坂から東海道と言う名の家康の領国を通り小田原に入っていたなど、秀吉のみならず家康まで知らなかった。実際この時徳川領にいたのは後継者と呼ぶにはまだ十二歳と幼い秀忠とその守役的立場の鳥居元忠・平岩親吉ぐらいしかおらず、彼らが北政所の到来を報告する事はなかった。あるいは真っ正直な三河武士の鑑のような鳥居ならば連絡したかもしれないが、山内一豊ばかり前面に押し出されて存在に気付けなかった。
実はこの時一豊と共に妻の千代も同行しており、鳥居には千代が当たっていた。千代は一豊のために尽くす賢妻として名高く、同時に力強い女性だった。五十一歳の三河武士の元忠が千代と一豊が秘匿している存在について詰めようとした事もあったが、それならばまず私を斬れと啖呵を切ったせいで元忠をして何もできなかった。家康に
「山内の妻はあまりにも不遜である」
とまったく告げ口めいた手紙をよこすのがせいぜいであり、家康もそう言えばそうだったなと読み流しただけだった。
「拙者には女の事はよくわかりませぬ」
「小松姫は良く育てたようじゃが」
「あれは武人の娘です。ぶしつけながら他の育て方をされた女性の事はてんでわかりませぬ」
織田家の同盟勢力の主要人物の中で妻が武家なのは信長ぐらいで、秀吉も利家も農民である。もちろん両名、取り分け秀吉の家臣もたいていがそういう所ばかりで、何より一番偉いのが百姓の妻であるなかと百姓同然の足軽の娘であるおねであるから武士と言う感覚はない。この前身罷った秀吉の妹で家康の妻となった旭姫もまたしかりであり、築山殿とか言う悪妻を引かされた家康でさえも馴染む事ができなかった。
「それで相州には結局蘆名政宗が入ると!」
「ああそうじゃ」
「そしてあの男も政宗の家臣としてのうのうと」
「結局それを言うのか……!」
だがそれ以上に問題なのは、忠勝の態度だった。
忠勝の頭には、蘆名政宗の事がある。酒井忠次がどうとか言うのはほぼ建前であり、単純に気に食わないだけだろう。
(島津や長宗我部が聞いたら臍を嚙むだろうな……まったくしてやったりとはあの事だな……しかも戦勝もしているから下手に喧嘩を売れば負け惜しみでしかない……関白の気持ちとはこういう物だったか……!)
正直な事を言えば、自分だって気に食わない。あんな大胆を通り越した無茶苦茶な事をしておいて許されようとするなど、家康の辞書には一文字もない方法だった。そしてそれが通ってしまい結果的に兄弟合わせて従前の八割から九割の石高を守るなど、家康にとって単純に面白くない。もちろん北条滅亡後の関東への加増入封と言う約束を反故にされた原因としてみてもいい気分ではないし、石高と言う事で言えば二百四十万石を約束されたのに現実は二百万石にも届かないと言うのは話が違うと言わざるを得ない。
だが厄介な事に、島津と同じく「伊達政宗」は「豊臣家」との戦に勝利している。しかも二度であり、片方は石田三成と言う秀吉直臣の率いる軍勢である。それ以上に重いのは、もう一回の敗戦の相手が自分たち徳川軍だと言う事だ。家康が秀吉政権内で大きな顔をしていられるのは、小牧長久手の戦勝があるからこそである。今の徳川の立場は、ある意味その時の秀吉に近い。
そして本多忠勝にとってもっと業腹なのは、石川五右衛門だ。
単純に泥棒と言うだけに腹立たしいし、横浜での敗戦のきっかけを作ったのが石川五右衛門だと知ってからはさらに嫌いになった。憎しみすら覚えた。
「たかが一人の盗人にどれほどの事ができる。そんな大犯罪者を捨て置けば大名の面子などないぞ」
「頑張ったけど捕まえられませんでしたと空とぼけられましょう」
「ずっと上方にいたのだ、関白殿下の勢力圏にな。それでも捕まえられなかったのだから仕方がない」
「武士の頂点がそれでは武士の面子など!」
「我が領国で五右衛門の被害があったと言う話はない。そういう事だ」
それでも家康は、強かだった。秀吉でさえ駄目だったとか、これから蘆名領となる相模や武蔵を含む関東で盗みが起きた場合自分たちの所では被害はないぞ威張る事ができる程度には使える。小牧長久手の分は使えなくなりそうだが、この点ではまだ意味がありそうだった。もちろん徳川領に入り込んで来た際には捕えてしまえばいい。
「わかり申した」
「うむ…とにかく、だ。上野は直政だが北信はそなたにも任せるつもりでいる。そなたは秀吉がひいきしている真田の長男の義父なのだからな」
「ありがたきお言葉……」
忠勝は深々と、かつ長々と平伏した。
(蘆名政宗に石川五右衛門……いや政宗はともかくあんな大泥棒をのそばらせておくと言うのか!)
当たり前だが徳川家中で五右衛門を事を悪し様に言わない人間などいない。
そんな人間を放置しておくなど、あまりにも悠長ではないか。確かに言いたいことはわかるが、自分の所に来たとして捕まえられなければどうなるか。
忠勝の頭の中に、そんな事ばかりが渦巻く——————————。
「どうであった」
「やはり関東には織田重臣たちが封じられるようだ……徳川に与えられるのは北信と上野のみらしい」
「具体的には会津に蒲生、下野に堀、武蔵に池田、下総に丹羽……」
「丹羽家は兄弟で越中と下総に分割するとも言われている」
「そうですか…」
榊原康政も井伊直政も、深くため息を吐く。
関東にこだわる気はないが、予定通りの領国がもらえないのは腹立たしいしその原因である蘆名政宗と石川五右衛門が威張っているのはもっと腹立たしい。
「榊原殿は何とも思わぬのですか」
「蘆名に敗れた我々が悪い」
「そうですか…全部我々のせいだと」
だが直政がやや熱くなる一方で康政は冷めており、全く淡々とした敗戦の弁をぶつけて来た。
そこに直政よりもっと業腹だった人間が尻上がりに文句を言うと康政は歯を食い縛ったような顔でうなずいたが、すぐさま土をえぐる音が追撃をかけて来た。
「悔しくないのですか!」
「悔しいが」
「だったらこのまま指をくわえていろと!」
「彦左、落ち着かぬか」
大久保忠世が末弟の彦左衛門をたしなめるが、彦左衛門の顔はちっとも赤さを失わない。故さえあればすぐさま斬りかかりそうと言うか食いつきそうな顔をして、「軍議」の端っこから吠えている。
その軍議の議長面をしているのは忠世より十六個も下の忠勝であり、忠世は彦左衛門と息子の忠隣を抱えて四苦八苦しているだけで。康政と直政はうなずくばかり。
「このまま黙っていては織田の…はいいとしても蘆名の下であの盗賊は永遠にのさばるぞ……」
「そうですそうです!一匹の毒虫がやがて国中にはびこり全てを食い尽くすのです!」
忠勝が怒りを押し殺したように吐き出すと彦左衛門が大声を出し、場を支配する。
「とは言え失敗してしまったのでしょう」
「酒井殿!貴公は父親の無念を何とも思わんのか!」
「父は戦場で死ぬ事を求めておりました。それが叶ったので全く問題はございませぬ」
「その純白の絵図面に大きな墨がぶっかけられていなければな!」
家康のいとこの酒井家次にも年の差を盾に吠える姿はまさしく荒武者であり、家次さえも口から何かをこぼしそうになるほどだった。
「ですが半蔵殿さえも叶わなかったのです!どうせよと!」
「上杉家とてかなり不満もあろう。ただでさえ清く正しい事が大好きな御家だ。上杉と接触し小田原へとやってくる上杉の子と徹底的に連絡を取り合えばいい」
その上で彦左衛門から出てきた言葉は決してゴリ押しではなく、しっかりとした理屈のある行いだった。
徳川と上杉が石川五右衛門と言う犯罪者を捕まえるために同盟を結ぶ、その勢いで関東にやってくる織田諸侯ともども、あの一銭斬りを叩き込まれた織田諸侯と結べば—————。
「……」
「先代様の無念も晴らされましょう!」
「そうだな、彦左衛門よ、見事だ!」
本多忠勝は両手を激しく叩き、我が子が生まれた時のように笑った。
誰が聞いているのかわからないのに構わず笑った。




