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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第六章 おねと義姫と愛姫と織姫と
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四人の忍者と四人の女子と

「フン…その程度の技量で何ができる?父親のお供か?」

「……!」

「無理をして口をつぐむ必要もあるまい……素直に父親に救いを求めよ、それが似合いだ」



 風魔小太郎は片手で半蔵とは違う忍びと戦いながら笑う。

 片手で忍び刀を振り回し、敵の攻撃を受け止める。


 そしてもう一方の手で地面をえぐり、土を投げつけてやる。忍びらしく口元を覆っていたからか土が相手の口に入る事はなかったが、それでも思わずひるんで相手は後ろに飛んでしまう。


「誰の言う事を聞いてここまで来た?」

「お前に答える義理などない!」

「それだけは言えるか……貴様はやはり忍びにあらず……」

「ほざくなぁ!」


 その忍びは激高して手裏剣を投げつけるが、父親以上に軌道が素直過ぎた。小太郎は事もあろうにと言うべきかその四方手裏剣をつかみ取り、そのまま投げ返した。その速度そのものは変わらないが、小太郎が投げた手裏剣は衝動的に避けようとして体を右側に動かした忍びの口へと向かい、防御の暇さえ与えなかった。


「フ……」


 小太郎の一文字と共に口の覆いは切り裂かれ、口元が露出し出血を生む。

 それ以上の打撃こそなかったが、むしろ逆に惨めだった。



「うぐ…」

「蛙の子は蛙か……忍びの技を振り回すだけの侍が……」

「黙れぇ!」

「父親の教育を良く受けている……本当に見事な物だな、服部正就……」

 



 服部半蔵と言うのは歴代の服部家の当主の名乗りであり、「風魔小太郎」と同じく個人名ではない。


 今石川五右衛門と対峙しているのは服部半蔵正成であり、小太郎に負傷させられたのがその正成の子の服部半蔵正就である。

 ちなみに正成は四十九歳、正就は二十六歳である。


「大罪人の石川五右衛門を狩り、その名を天下に挙げんと欲するか?まったく欲深い事だ……」

「抜け忍には死!それだけだ!」

「人はやがて死ぬ……」

「忍びの技は秘中の秘!」

 正就は小太郎の真似事をするように手裏剣を当てずっぽうな方向に投げるが、小太郎は全く反応しない。その手裏剣が自分のはるか右の方向を飛んでいくのを見届けた上で、小太郎は懐から何かを取り出して投げ付ける。


 またも身構える正就に向け、下手で投げられた物体。



 それは、紛れもなく金属だった。


「てめえ……」

「クックックック……!」

「死……!」


 そしてそんな金属の塊に対し、真っ先に飛んで来た声は果てしなく間抜けなそれだった。その声に小太郎は笑い、正就は顔を赤くし、正成は相変わらずだった。


「確かにこれは恐ろしい。人心を惑わし、魔王の旗印ともなり、さらに刀剣や手裏剣と同じ素材で作られているのだからな……」

「ほざくな!」

「その姿勢は正しい……だが、正しいのみ……臆病の烙印を押されても良いのか……ああ忍びとは元来より臆病であるからな?実に教育が行き届いている…………」

「死!」


 父親と同じように一文字で攻撃に移る正就だったが、小太郎からしてみればただの児戯だった。

「フッ…」



 気合に任せて突っ込んで来た正就に先ほどばらまいた小銭を投げ付け、足元を乱しにかかる。正就は千鳥足になりながら小太郎に突っ込むが、もちろんそんな攻撃を受け止められない小太郎ではない。小銭を投げ付けた無理な体勢のまま肩から正就にぶつかり、正就を数尺ほど吹き飛ばした。


「なぜ、だ!あんな抜け忍の泥棒の味方を!」

「単に服部半蔵と言う存在の敵であるだけだ……徳川家と北条家の因縁はまだ続くだろう?」


 言うまでもないが徳川と北条は三十年来の因縁がある。武田が滅び駿河が徳川家の物となってからの八年間は完全な隣国であり、半蔵と小太郎も暗闘を繰り広げて来た。もちろん武田が健在であった時分でも武田を挟んで関わっている。

 ましてや、秀吉により北条家は滅びない事が決まった。領国は大きく縮まるし小太郎も離れるし主家は上杉の養子に持って行かれるが、それでも伊豆一国とは言え純粋な北条の末裔は残るのだ—————駿河の隣国である伊豆に。


「まあ、どうでもいいけどな。これ以上主家の不興を買うな……」


 小太郎の顔に、負の感情は全くなかった。




※※※※※※




「関白殿下様のおわす茶席を荒らす存在を見逃す訳にも参りますまい」

「じゃが関白はわしじゃぞ。今のわしが白と言えば漆黒も白になる」

「世の九割九分九厘は灰色でございます」


 四人の忍びが命がけで戦っている声が絶える事はない、そんな騒がしい茶席だと言うのに、政宗と秀吉は平気で政談を交わしている。

「どうして戦う必要があるのでしょうか。戦う理由をなくすためにここまで来られたのですよね」

「その方が得だからじゃろう」

「五右衛門様を殺す事がですか、その結果関白殿下様から睨まれてもですか」

「ああそうじゃ。無論わし自身は石川五右衛門とか言う盗賊を殺す事を非とする気は毛頭ない。されどそれにも時と場合と言う物がある。証拠もなしに捕まえるのでは職権乱用じゃ」


 石川五右衛門はいわゆる指名手配犯に類するが、それでも正確な手相書きなどない。実際にはあるかもしれないが泥棒と言うのはそれこそ変装の名人であると相場が決まっており、手相書きをした人間が知っている五右衛門と今の五右衛門の顔が同じである保証などどこにもない。

 もちろん盗みとは別に石田三成殺害犯と言う罪をくっつける事もできるが、戦場での生死を理由にするのは野暮や女々しさを通り越して器量が小さいと嘲笑の対象になる。その伝で行けば池田恒興や長宗我部信親を殺した徳川や島津の将も殺せる事になる。それの行きつく先は際限なき殺し合いだ。


「昨日殺し合った相手と今日仲良くするのがこの時代です」

「うむ…風魔は今でも北条の家臣なのか?」

「氏照殿は既に風魔殿に暇を出しておられます。よって現在は浪人ですが……」

「結局そなたにしかなつきそうにないか……羨ましい事じゃのう」

 風魔は大っぴらには出て来ないが北条を支える存在として地元ではそれなりに人気があった。北条の本拠地である相模を領するのは蘆名か北条を名乗る上杉であり、どう考えても蘆名の方が有利である。

「すぐ何でも欲しがるんですね」

「それぐらいの欲望とてなくてはならぬ」

「棄丸だけでは心もとのうございます、もっと孕ませてくださいませ」

「えほっ、えほっ……!」 


 その流れで秀吉の強欲をたしなめながら北政所と言う高貴なる立場としてありえぬ物言いをするおねに対し、織姫は静かに笑い、愛姫は自信ありげにうなずき、義姫は咳き込んだ。小十郎と甲斐姫に背中をさすられる義姫は、北政所と同い年にも関わらず老けて見えた。


「お強うございますな……」

「このお方様の妻など、生半では務まりませぬ。右府(織田信長)様がご在世の際に好色ぶりを注意してもらった事もございますから」

「程度と言う物があるにせよ別に良いと思いますが」

「私には男色と言う物がわかりませぬ、その事については細川様も我が夫と同心のようで」

「それは関係ないじゃろ……」


 秀吉が言い訳を口にする有様と来たら、まったくそこら辺の尻に敷かれた情けない男でしかない。

 関白殿下でも何でもない、ただの豊臣、いや木下藤吉郎。



 そんな姿をさらけ出しそんな話を思い出にできる事——————————それが、この戦いのもう一つの現実だった。

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