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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第六章 おねと義姫と愛姫と織姫と
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「伊達家」の面目

「お供いたします」

「本来は侍女などではないのでしょう」



 義姫・織姫・愛姫に深く頭を下げる女性は、どこか浮いていた。


 義姫が言うように、確かにその女性は侍女などではない。侍女が着るにしては一張羅じみたそれであったのも理由だが、それ以上にその女性自体がどこか三人の女性を前にしては浮いていた。


「ええ。いかにも成田氏長が息女、甲斐姫でございます」

「そなたが政宗が寄越した女子か」

「さようでございます」

「ならば懐の物を出せ…………っ!?」

 すぐにその甲斐姫なる女性の本質を見抜いたつもりになった義姫はその甲斐姫なる女性の懐を探りにかかったが、すぐさま目を剝いた。


「何を!」

「隠し立てなさる必要もありますまい」


 その言葉と共に懐に手を入れるでもなくいきなり甲斐姫が服を脱ぎ出した物だから、義姫の方が焦ってしまった。肌着どころか肩まで見せようとするその姿は全く覚悟の決まった人間のそれであり、侍女どころか姫ですらなかった。


「わかったわかった、つい疑ってしまって済まなかった!私もいろいろと神経質になってしまってな!」

「それは」

「私はまだ旧い価値観の中にいるのかもしれぬ。私にとっては蘆名政宗どころか伊達政宗ですらなく、ただの梵天丸なのかもしれぬ…」


 伊達輝宗と言う人物もそれなりの武名は持っていたが、義姫から言わせれば甘い男だった。和解したと油断して誘拐され息子の前で人質にされるなど武士の名折れであり、いくら家督相続が済んでいた隠居人だとしても四十一の武士がしていい死に様ではなかった。だからこそ残された自分が何とかしてと思わなかった訳でもないが、単純に生母として我が子の行動が理解できなかった。何とかして自分の考える勇猛果敢ながら真っ当なサムライにしてやりたかった。


「義母上様はずいぶんと愛が深いのですね」

「義母上様など…!」

「私は旦那様の事を良く存じ上げませんが、少なくとも自分一己のために私を看板として使わぬ人間である事だけは存じております」

「それは誰の教えですか」

「五右衛門様です」


 その我が子の心を盗み取った、石川五右衛門とか言う泥棒。

 ただ好き勝手しているだけのはずなのに、その好き勝手な振る舞いが我が子どころか国さえも揺るがしまくっている。愛姫から政宗を寝取ったも同然のこの小娘も、五右衛門の事を尊敬している。いくら金上親子に問題があったとしても、だ。

「私には御家などわかりませぬ。わかるのはただ人間として扱ってもらいたいと言うだけです」

「御家のために私を滅するのが道だと言うのに」

「でも所詮は我々は人間です。俗人です。俗人が偽りの聖人君主に反抗するのは当然として、また過ぎた聖人君主に振り回されるのはもううんざりだと思っても人は動きます」

「ただの反動と言う物だと思いますが」

「私たちはこれからどうするかご存じですか、五右衛門様と共に小田原へと赴くのですよ、風魔様も共に」


 その五右衛門を、この女は護衛に使うと言うのだ。いくら風魔小太郎が共にいるとは言え、政宗に続き何のつもりなのか。

「共に参りましょう織姫様」

 愛姫はと言うとすっかり側室気分であり、甲斐姫はいつの間にか服を整え三つ指ついてこちらを待っている。


「そうだな」


 義姫には、これ以上の言葉はなかった。






「それで北政所と言うのはどういう女性なのです」

「糟糠の妻である事しかわかりませぬ」

「真面目に物を言え!」

「それとこんな所まで出てくる程度には行動力にあふれた女性だとも」


 それでも政宗の前だけでは、出羽の鬼姫でいたかった。


 小机城の大広間にて必死に背を後ろに曲げながら、自分が出会う女性に向けて問おうとする。全く味気のない言いぐさで言葉を吐き出す政宗に対し鬼姫らしく吠えるが、結果は何も変わらない。

「真面目に調べようとも思いました。しかし普通の武家の女性でない事しかわかりませんでした」

「小十郎も小十郎でありきたりな事を言うな!」

「申し訳ございませぬ…!」

「源五郎(亘理重宗)」

「拙者も直に関わった訳ではございませぬから大きなことは言えませぬが、かの関白すら尻に敷かれているとか」

 小十郎はいつも通り縮こまり、重宗は妙に陽気そうに答えるだけ。

「それほどまでに規格外の相手と向き合わねばならぬのです」

「わかっております。それで政宗、そなたは」

「無論共に参ります。と言うか呼び付けられたのはそれがしですから」

「ひ」

「ひ?」

「ひどく歓迎されたものですね」


 ひとりで行けとか言う言葉を飲み込める程度には、義姫にも理性がまだ残っていた。北政所が自分たちの所在を知らないはずもなく、蘆名政宗と言う存在を知るためにその家族である自分たちをも呼ばないはずがない。秀吉はまだともかく北政所はそれぐらいの事をしそうであり、実際して来た。


「それで具体的に何を」

「茶会だそうです」

「もてなす側は大変ですが、もてなされる方はよほどの無礼がなければ大丈夫です」

「まったく、よい師を持った物よな」


 茶会の作法など知りませぬと泣きついて来る事もせず、正々堂々と理屈を述べる織姫の存在がさらに肥大化する。 


 もしかして—————


「やはりあの男も来るのか」

「いらっしゃられます」

「あの男は罪人だぞ!」



 今度はこらえきれなかった。



「母上。北政所様の目当てはこの政宗よりもむしろ五右衛門であると思われます。北政所様も五右衛門も元々は市井の民。どこかで出くわした事があるかもしれませぬ。母上にもいずこかですれ違った存在とかがおりましょう」

「私は陸奥と出羽の事しか知らぬ!」

「残念ながらそれだけでも我らは関白殿下や北政所様に負けているんですよ!」

「わかってお……………………」




 そしてその勢いのまま吠えようとして、慌てて口を塞いでしまった。




「…そなた…」

「まったく、また勝手に会話に割り込んで!それがあんたの趣味!?」

「いかにもっ!」

「甲斐姫!」

「すみませんつい!」


 自分が顔を青くし甲斐姫が政宗の言葉で顔を赤くする一方で、織姫と愛姫は口に手を当てるまでもなく笑っていた。


「で、でも、その方は、その方は負けておらぬであろう!」

「…………」

「何とか言わぬか!」

「言い逃げはあの男の得意技です…」

「……………………」


 うつむきながらつぶやく甲斐姫のおかげで何とか最低限の理性は取り戻せたが、それでも政宗や小十郎の声と気づかず挙句天井に向かって吠えてしまった不格好さは消しようがない。まったくの一人相撲だった。


「いいカモにされてしまったようですね」

「ああ…………」



 愛姫の言葉に、義姫は何も言い返せない。



 武家の女としてオサムライサマを煮詰めたような女が、今はっきりと五右衛門に敗れたのだ。



「あれとは戦わぬが吉と言う物。消えるまで待つしかありますまい」

「しかし盗賊と言う物は…」

「捕まえる事ができればそれでよし。それが叶わぬならば耳を傾ける事はありません。風の音一つに騒いでどうするのです」


 泥棒の蔓延は治安の悪化がとか抜かすには、五右衛門は盗みを働いていない。確かに小田原城に侵入し北条家の刀などの家宝を盗んでいるが、そんな火事場泥棒などど素人の脱走兵でもやっている事であり、専門家がやるような事でもない。


「……せいぜいおとなしくなさい」

「あいよ!」




 ついさっき知らぬ存ぜぬを決め込んだのに、義姫の敗北宣言には平然と答える。


 その程度には面の皮の厚い護衛の前に、義姫もまた完全に敗北したのである。

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