徳川家の事情
「上野の大半ですと?」
榊原康政は眉をひそめていた。
当初は旧北条領への加増転封だと聞いていたのに話が違うではないかと言いたいのもあるが、それ以上に不服だったのは上野の大半と言う中途半端な加増だった。
「真田を太らせるなどそれこそ」
「それほどまでに蘆名家が恐ろしいのであろう」
家康は冷静だったが、康政のみならず大久保忠世さえも面白くない顔をしていた。
これまでの上田・沼田に加え上野の南方を加増された真田家は十五万石近くになり、戦前の倍以上である。焼け太りとまでは行かないが大した戦果も挙げていないのにと言う話であり、それだけでも康政は気に入ってない。
「それよりも問題なのはその蘆名です。それがしはどこか遠くに飛ばされると思っておりましたがまさか相模とは!」
「毛利や長曾我部や島津に土地を割きすぎたのだろう。都合のいい土地は関東しか残ってないと言う訳だ」
「北条の民からしてみれば面白くないはずなのに…」
そして康政や忠世以上に不愉快そうにしていたのが本多忠勝だった。
「北条の民は氏政に失望し氏照を評価していると言う向きもある。その氏照が政宗を支持している以上北条の民は政宗を受け入れる可能性もあるぞ」
だが忠勝は自分の家の報酬と言うより蘆名家が関東にとどまっていることに対しての不服が大きく、さらに北条の元本拠地と言うべき相模を与えられるのが気に食わなかった。相模は徳川領である駿河の隣国であり、そんな所に弱り切った北条がいるのはともかく蘆名政宗とか言う何をするかわからない人間がいるのは面白くない————と言う個人的な不満をすり替えようとしている事を悟った家康は忠勝をすぐさまけん制したが、忠勝の目つきはちっとも和らがない。
「正信」
「おそらく他の関東には織田家の精鋭が配置されると思われます。それこそその気になればいつでも対蘆名連合軍を結成できるように」
「会津にもか」
「ええ。伊達と蘆名を叩き割りその間に強大な戦力を突っ込んで二度と手を組めないようにするのが目的だと思われます」
「我らでは駄目なのか。武蔵・下総・上野・下野・会津を手に入れれば対抗できるはず」
「駿河方面も押さえたいのでしょう。それに織田様は足腰が軽いですから」
織田家の家臣は清州城から岐阜城、安土城へと本拠を移しまくった信長の影響を受けたからか、さほど土地に執着がない。もちろん石高の加増込みだが、故郷を離れて遠い地へ赴任する事を嫌がらない。だが大半の大名の家臣は地元の縁を大事にする事を好み、場合によっては主君から離れる事もある。一応徳川は織田の同盟相手だが、それでも二十年以上浜松城から動かない上に家臣の大半が三河育ちとか言うありふれた武家だった。
「では何か。東海道方面の抑えを我々がやれと言うのか」
「そうなりましょう」
「何が悲しくてあんな何をしでかすかわからん奴のお守りをせねばならんのだ!」
「万一の事あらば相模が徳川の物になるかもしれませんぞ」
「真面目に物を言え!」
正信の意地の悪い言いぐさに忠勝は吠えるが、正信は眉一つ動かさない。それこそ吠えられるのが自分の仕事だと言わんばかりにじっと座り、飛んで来そうな唾を受け止めんとしている。
「実際問題上州や北信を誰が治めるのです。浜松からは遠すぎますし、仮に駿府に移ったとしてもかなりの距離がありますぞ」
正信にどんなに吠えても柳に風だと理解していた忠勝はすぐに話を変えた。ある種の敗北宣言だが、誰も気にしていない。
「とりあえず福松丸を考えておる。無論補佐として誰かを置くが」
「その役目、この本多平八郎にお任せください!」
「却下だ」
家康の四男である福松丸こと松平忠康(忠吉)はまだ十一歳だが、名目的ながら十年近く城主をやっており器としては不足ではない。だが北信と上州を足すと四十万石近くになり当然補佐役が必要だが、話を振った流れでか役目を申し出て来た忠勝を家康はにべもなく拒絶した。
「なぜです!」
「今のそなたは敵を食い尽くさんとする血に飢えた獣だ。敵を食い殺すのは構わんが敵をわざわざ作りに行くのはやめろ」
「つまり蘆名に適当な罪名を吹っ掛けるとかおっしゃるのですか」
「戦の舞台などもうないかもしれんからな」
戦をしない武士など、農民にとっては無価値でしかない。行政官とか治安維持とか言う体裁があったとしても、基本的には武器を持ってうろついているだけのしようもない存在である。農民のように作物も作れないし、職人のように物を作る事も出来ない。そして上野と言う場所は小田原からの距離もあり古くは武田・上杉・北条の係争地であり、徳川が武田に取って代わってからもやる事は変わらなかった。
それは地元の民が戦に飽きており平穏を望んでいるとも言えるが、逆に言えばもう何も起きようがないと言う意味でもある。
「正信」
「これから関東に入る織田重臣の皆様は小田原その他から逃走した北条の残党と言う名の山賊狩りに追われます。上野にはそんな事はありません」
「そういう事だ。なればこそ上野には直政を置きたいと思う」
となれば、元々遠江の名族で政に心得のある直政がいい。
と言うかまだ三十ではあるが酒井忠次が逝ってしまい大久保忠世ももう六十近く家次は直政より年下であり、榊原康政は文字通りの成り上がりであり行政には通じていない。要するに、徳川は世間で言われるほど人が多い訳でもなかった。
「心得ました」
「とは言え正式に話が決まるまでは」
「無論でございます」
この特大の出世に対し直政はためらう事なく引き受ける姿勢を見せ、深々と頭を下げた。上杉や真田とも付き合わねばならぬ地への赴任はそれこそ直政ぐらいの武の持ち主でなければ叶いそうもなく、その点でも直政は適当だった。
「それで関白殿下はいつ頃」
「まだ口約束でしかない。北条氏照が伊豆に入り、上杉景勝の子が北条の姫に婿入りして小田原に入り、順番としてはその後だろう」
「だとするとかなり待たされますぞ」
「一つの大きな物が消し飛ぶと言うのはそういう事だ。どんなに平穏に収めようとしても反動は来る」
家康自身、小田原が雲散霧消とでも言うべき形で落城したのは意外だった。だが仮にすんなり降伏された所で手続きはいろいろあったし、一日二日で領国を受け継ぐ事などできるはずもない。優先順位がどうなるのかはともかく、自分だったらとりあえず大移動を強いられる織田重臣たちの方が優先で既存の領国を拡張するだけの徳川家は後回しだろうと家康は見ている。
「とりあえずだ、小田原が落ちた以上軍はほどなくして解散となる。その前に会いたい人間に会っておくのもいい」
「島津と立花は」
「秀康と宇喜多殿と共にいる」
「九州に関して不穏なうわさもありましてな、何でも大友が戦場での不始末とかで改易されるとか」
「大友が滅び立花が残るのか…」
立花統虎と大友義鎮の器の違いは知っていたから驚く気もないが、それでもあまり平穏な話でもない。
「と言うか本当ですか、関白殿下のご夫人が小田原まで来たなど」
「ああ本当だ。わしもつい昨日聞かされたのだが」
そしてもっと平穏でないのが、北政所の小田原来訪だった。
ずっと徳川領のはずの三河・遠江・駿河を通って来たはずなのに家康がその報をつかめなかったのはある意味かなりの打撃であり、徳川的には面白くない。
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そしてその面白くなさを誰よりも感じている人間の存在を、家康は忘れていた。




