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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第五章 北条の現実
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北条氏照の断腸

 天正十八(1590)年四月二十四日。




「全軍、総攻撃をかけるのじゃあ!」




 秀吉はついに、自慢の声を張り上げた。


 その声と共に、北の上杉軍、西の秀康・秀家軍、そして東の蘆名・北条氏照・前田・徳川軍が小田原に襲い掛かる。

 その数は号する所十万——————だが実際はそれ以上。


 そんな数の人間が自分たちを殺しにくれば、ひるまない方がおかしかった。







 —————ただ、ひるむだけではなかったのだが。


 





「小田原城内部で火災が発生!」

「北条の一部の部隊が離反!」


 一分もしない内に、こんなあり得ない報告が豊臣軍を飛び交う。


「どこのじゃ」

「東の曲輪と南の城門と、あと…」

「ああもういい。既に命じてあるように、武器を持っている者は斬り、持っていない者は降参として受け入れろ」

 秀吉の言葉は全く乱れがない。日が東から登るように言葉を紡ぎ、冷静に指示を出す。



「人は城、人は石垣、人は堀か……」



 武田信玄の言葉を口にする程度には余裕ぶっている大坂城と言う天下一の城の城主は、普段の数倍の大きさにも見えた。


 巨人と化した秀吉の声が城門を叩き破り、孫悟空のように分身たちが開けた穴へと入って行く。

 だが孫悟空がまるで鉄扇公主を体内から食い荒らさんとするかの如く暴れぶりを見せようにも、今回の相手は鉄扇公主ではなく混世魔王だった。


「まったく、ここまでうまく行くのはやはり…」

「あの二人、か……」

 だが北条家を牛魔王から混成魔王に貶めたのは自分ではないのもわかっている。


 蘆名政宗と北条氏照か。




 いや、風魔小太郎と石川五右衛門。




「小太郎に至っては文字通り庭も同然じゃったからな……と言うか小太郎を信じていた将兵も結構いるらしいからのう…………」

「その小太郎がはっきりと氏政の敵になったと言う事実はたまらなく重い物です」

「流言飛語とか言うが真実ほど伝わりやすい物もないからな」


 嘘が真実より伝わりやすいのは嘘が刺激的だからであり、端的に言えば面白いからである。だが嘘には実体がないか極めて小さく、やがては実体ある真実に押し潰される。もちろん嘘が露見しないままと言う可能性もあるが、それでもこの場合はあまりにも時間がなさ過ぎた。

 嘘が広まる前に刺激的な真実が人を襲い、精神をかき乱す。しかもその真実がこのお家そのものが滅ぶとか言うそれである以上、落ち着いていられるような人間などどれほどいるかわからない。


 また単純な話、あまり戦場での戦功のない氏政より氏康の軍才を受け継いだとされる氏照の方が人気があったし、風魔小太郎も幾代にわたって仕えて来た北条の屋台骨である。その両名が小田原を見捨てたと言う事実はあまりにも重い。


「とは言え石川五右衛門も」

「あやつは小太郎の操り人形じゃ」

「相当優秀なそれを演じておりますがな」


 そしてその事実を撒いたのは小太郎と、石川五右衛門だ。小田原に侵入して氏照、小太郎、蘆名政宗裏切りの報をまき散らすのが今回の五右衛門の役目であり、政宗と言うか秀吉の命令だった。

「そんな風に餌付けして良いのかとか、三成なら言うじゃろうがな」

「盗人と言うのは所詮俗人です。いくら武士そのものと戦おうと言う崇高な理念があった所で、禄を得なければ生きられません」

「あやつは必ず恩を仇で返すぞ」

「そう思わせるのもまた技術と言う物でございます。八割当たる占いより、一割しか当たらぬ占いの方が有用ですから」

 秀吉も今回の事で五右衛門に恩を売れたとかは思っていない。単に一刻も早く少ない犠牲で乱世を終わらせるのと蘆名政宗を心服させるための手段として五右衛門を用いたに過ぎず、五右衛門がそんな事を素直に飲むはずがない。一応小太郎に小田原城の財宝は持ち帰り勝手だと申し付けておいたが、ただでさえ略奪者が溢れかえるのが目に見えている状況である。どれだけ奪えるかは知った事ではない。




「で、どれほど助けるのですか」

「投降した者は全部のつもりじゃ」

「捕縛された将兵については」

「その時考える」


 それはさておき秀吉と官兵衛は、もう戦後処理の段階に入っていた。


 そんなセリフを聞かされた所で、いったい何人がこなくそとばかりに闘志を燃やせたのだろうか。

 全くあっけないほどの結末を、いったい何人が想像できたのか。


「芦名勢も既に小田原城に突入しております」

「あの二人はきちんと役目を果たしておるか」

「今の所そのようです。ですが徳川軍はどうも不調のようです」

「まあここまでの情勢を予測するのも難しいからな。じゃがこのままでは徳川殿のためにもならぬ。官兵衛」

「徳川軍に督戦の使者を送れと」

「そうじゃ。それといよいよ、最後の一枚を切るぞ」

 圧倒的優勢の状況で最後の一枚とか言い出す傲慢をとがめる存在などここにはいない。黒田官兵衛すらとがめない。

 そして多くの兵と共にとは言えその相手の陣へと上がり込もうとする大胆極まる秀吉に諫言する存在もいない。


「どうか、お頼み申す」

「……………………」




 氏照は、もう何と言えばいいのかわからないと言う顔をしていた。

 自分を追いこもうとしている存在が頭を下げようとしている。しかも極めて真摯な顔をして。

 

「わかりました」

「ありがたきお言葉…!この豊臣秀吉、約定を違えはせぬ!」

「その言葉お忘れなさるな…!」


 明るさに助けられるように悲しみの言葉を飲み込み、北条氏照も動き出した。


 既に混沌に包まれた、小田原城へと。




※※※※※※




「勝手に三の丸が開門した?どこのじゃ?」

「南門のです!」


 本丸の氏政はあきれるほどに真顔だった。


 先ほどから入ってくる報入ってくる報何ひとつとして楽観的なそれがないのに、

全く平然としている。



 この時すでに松田憲秀は息子の直秀に首を獲られており、大道寺政繫も大混乱状態に巻き込まれて生死不明である。

 氏直はと言うととっくにいなくなっており、政繁と同じく「生死不明」である。

 ついでに言えば南門と言うのは豊臣軍が不在と言うよりある意味わざとらしく空けられた逃げ口であり、そんな所の門が開けられること自体横撃でなければ逃亡である。と言うか、南門から逃げたとして一体どこへ行くのだろうか。

「伊豆も今頃は豊臣家の手に落ちていよう」

 氏政の口だけは冷静だったが、それで人が守れる訳でもない。むしろ絶望を深めるだけであり、使者が来れば来るだけその度合いが深まって行く。

 と言うかその使者もどんどん身なりが粗末になり、負傷兵まで出始めている有様だった。


「小太郎や氏照、伊達殿が我々を見捨てる意味がない。北条には小田原城が必要なのだ、それをわざわざこんなにしてどうする」


 そんな使者たちに対し、氏政はずっとそう言っていた。

 なぜわざわざ自分たちを殺すために小田原を焼かねばならないのか。全く理解ができない。秀吉は無論()()政宗はともかく、なぜ小太郎や氏照が。



(この小田原を徹底的に破壊しつくしてわしをあぶりだす気か!サル関白の分際で身の程を知れ!) 



 氏政はまだ、秀吉をただの猿だと思っていた。

 ほんの少しばかり運に恵まれただけの男。


「わしは知っておるのだぞ、ここまでやってなお西から援軍を呼び付けておる事を!」


 そして自分は何でも知っている。ここまで包囲しておいてなお西から援軍を呼ぼうとする小心ぶりを。

 数は確か五百前後だが、それでもこの小田原を相手になお兵を注ぎ込もうと言う気の弱さに、内心呆れていた。これが氏直に言わせれば深慮遠謀になるのかと思うと、氏直の情けなさにも呆れた。


 誰も聞く人間のいない空威張りを吐き散らしながら、氏政は腰を上げる。

 誰も彼も何を騒いでいるのか。


 天守閣から真下を見下ろす事さえしないままずーっと座っていた五十三歳の男。




 そんな人間が天守閣の階段を下りて真っ先に見た物。



「ゲッ!」




 それは、そんな声を上げた風呂敷包みを背負った足軽の男。


 こんな状況なら火事場泥棒も珍しくないが、妙に身なりが落ち着きすぎている。


 と言うか、天守閣まで火事場泥棒に来る奴などいない。



「ったくよ、こういう時って我先に出てるもんだろ、なんつーノロマなジジイだよ」

「口を慎め!」

「慎まねーよ、ったくこれがオサムライサマの棟梁かね……」

「何様のつもりだ!」

「石川五右衛門様だよ!」

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