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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第五章 北条の現実
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五右衛門VS小太郎

「ずいぶんとあの野郎もあっさりとしたもんだね、ああねみい……」


 小机城の庭に茂る木の上で、五右衛門は惰眠を貪っていた。全く柄でもないサムライ様の護衛をやらされて疲れてしまった体を休めるべく、つい先ほどまで高いびきを搔いていた。下で騒いでいる小十郎とかいうおっさんなど知った事ではない。


「あのサル関白は俺様のことなんぞ気にもしてねえんだろうな。まあこっちもちっとばかし派手にやっちまったから目をつけられてるかもしんねえけど、ンな事にいったい何の意味があるっつーんだか」

 蘆名政宗も、北条も、ついでに伊達政道とやらも服属させればもう天下に自分に逆らうやつなど一人もいなくなる。なればこそ重箱の隅を楊枝でほじくるように自分を追いに来る可能性は十分あるが、それでも単純な話あまりにも不経済だ。


 盗人を滅ぼすにはどうすればいいか?


 それこそ簡単だ、人類と言う存在が消えてしまえばいい。

 五右衛門は本気でそう思っていた。


 信長が一銭斬りとか言う過酷な刑法を強いても自分を消せなかった以上、自分がくたばろうがいくらでも代わりが出てくる。どんなに徳政をやったとしても、絶対にいなくならない。

(すべての人間を満足させる政なんぞある訳ねえだろ!あの野郎、人の次は神にでもなる気か!)

 秀吉はもう、上りに上がりきってしまった。それでも生まれてから今まで上がる事だけで生きて来た人間だから、まだ上がろうとするだろう。位人臣を極めてしまった、人間の頂点に立った奴がさらに上がるとなればそれこそ神にでもなるしかない。

 —————さもなくば。



「あの野郎、もしかして本気でやる気かもしれねえな!カミさんや弟、オカンがいるから大丈夫だろと言いたいけど、オカンだけじゃなくて弟もやべえんだよな…!」



 そんな存在に対等以上に物が言える人間の数など知れている。

 親か、女房か、年かさの兄弟か。

 だが大政所は既に七十五だし、秀吉の姉のなかは弟や義妹ほど強い存在ではない。さらに弟の秀長はまだ五十だが病がちであり、武田信玄辺りの享年を思うとそのままとなっても笑えない。となるとおねだが、そのおねも最近では茶々とか言う秀吉の跡取り息子を産んだ信長の姪の小娘に押されている。おそらく茶々には政治的展望などないかあっても自分並みに狭い。いやただでさえ父親二人と母親一人を戦で亡くしているからあえて主張せず追従を選ぶ可能性もある。


「俺様はわかってるんだよ、こっちが戦乱が終わろうとしてる中、あっちは…!」







 —————いきなり、木が揺れた。五右衛門は体を震わせ先ほどまでの声をひそめながら飛び降り、そしてまた飛んだ。




「てめえ、こんなもんなんぞ撒きやがって、ああいてて…!」


 適当な方向を向きながら凄む五右衛門に対し、真正面の茂みから丸い球が飛んでくる。五右衛門が構う事なく木に飛び上がろうとすると、その木に向けて同じ球が飛んで来た。五右衛門が舌打ちしながら枝に茂る葉を盾にすると、葉はあっという間に白く染まった。


「目つぶしだか何だか知らねえが、いたずらはよせ!」

「……」

「てめえが誰だか想像がつかねえと思ってんのか!」


 忍びらしからぬ大声を張り上げる五右衛門の乗っかっていた木がまた揺れる。五右衛門は同じ手を二度食らう理由はないとばかりに高く飛び上がり茂みに向けて両足を揃えて飛び込み、すぐさま体制を整え直す。その振る舞いはさすが五右衛門と言うべきそれであり、ここまで不意を突かれまくった理由がわからないほどだった。


 そんな事ができる人間など、言うまでもなく限られている。



「もののふは 雪に敗れし 松にして 威張る柳を 日陰へと追う」

「弓取は 純白の雪 追い求め 小枝一筋 おがくずにせん」

「近き鷹 十二の原の 藤の山 百なる姓の 道を化かせず」


 そしてその男の三十一文字により改めて敵の存在を理解した五右衛門だったが、すぐさま反撃にかかる。だがその相手もすぐさま切り返し、とても無教養なはずの泥棒が絡んでいるとは思えない会話になっている。


「なれば答えは……」

「金輪際御免だね!」

「余裕のない支配者は嫌われるぞ?」

「お前こそ悔しくねえのかご機嫌取りなんか!」

「前回はそなたが機嫌取りをしたのだろう?今回はこちらの番だ…!」


 二発の手裏剣が五右衛門に飛んでくる。



 一般的な四方手裏剣ではなく、八方手裏剣。



「うわわわ!」

「この程度で何を震えている……」

「自分の言葉に責任を持て!」

 大げさに驚いて見せた五右衛門だったが、純粋な演技と言うわけでもない。

「一番責任を持つことを嫌いそうな人間がよく言う……」

「てめえもウジ虫とボウフラの差しかねえだろ!」

「先刻承知……だが今の我は、弱弱しき武士の面倒を見る役目……」


 忍びと言うか間者の地位は、五右衛門が先が見えたと脱走をたくらむほどには低い。単純に手柄で言えば雑兵一人以下であり、それこそ使い捨ての兵器でありウジ虫かボウフラと言う言葉も間違いではない。だがそのハエや蚊が将兵の衛生を冒し疫病をもたらすこともある以上、軽視する事など絶対にできない。


「と言うかいい加減名前を呼べ、わかっているくせに……」

「うるせえよ小太郎!俺様に勝ったつもりか!」

「完全にそのつもりだが……?」


 風魔小太郎が笑いながらさらに二枚の手裏剣を投げる。

 五右衛門は顔じゅうから汗を噴き出しながら飛び上がりよけようとしたが、足を踏み出した瞬間に青くなった。

「やべえ、やっちまった!」

「常に最善を尽くし全力を出すのが美徳とは限らぬ……」


 五右衛門が慌てふためくように手足をばたつかせ落下を止めようとするが、その行いに大した意味などないのを五右衛門自身が一番わかっている。



「うわっとっとっとっと…………!!」



 こっちが瞬間的に反応するのを見越して投げられた、二発目の八方手裏剣。



 あまりにも遅い手裏剣。


 普通に落ちれば刺さりそうなほどの手裏剣。



 それでも身をくねらせかろうじて二発目の手裏剣を避けたものの、それでもこの場の五右衛門と小太郎における完全に勝負の帰趨は見えてしまっていた。

「貴様らしくもない…」

「攻撃を必死こいて避けて何が悪い!」

「まさか我がそなたを本気で殺すと思うのか……」


 八方手裏剣は文字通り八つのとげを持った手裏剣だが、その部分深く刺さらなくなるので殺傷力は低い。だがその代わりに刺さりやすいので、刺されば勝ちと言う運用をされる。

 例えば毒などを含ませる—————。

 

「いーやてめえはやりかねねえ!てめえは昔から信用ならねえ!」

「昔だと…?ついこの前出会ったばかりなのにか?」

「オサムライサマに」

「それがそなたの本音か、まあわかっていたがな……せいぜい、お互い現世にしがみつく事だな……とっとと去れ」

「ああわかったわかった!お前の勝ちでいいよ!お前の勝ちでな!」


 小太郎に言い負かされた五右衛門は涙声と共に大きな足跡を残し、小太郎の視界から消え去った。







「クククククク……少しは溜飲が下がりましたか?」


 勝利を確認した小太郎は視線を横にやり、観客を呼び付けた。

 期待通りの結果になったはずの観客は喜ぶでもなく悄然としており、足取りはやたらと重い。


「これが望みか…」

「所詮盗人は盗人…本業にあらず…」



 五右衛門に醜態をさらさせると言う目的を達成した小太郎の狙いは、見事に成就した。


(オサムライサマにペコペコするためにんな真似しやがって……)


 と言う言葉を言わせないままに、だ。


「小太郎殿。私は酔っ払いに過ぎぬのだろうか」

「素面の人間などおらぬ……皆何かに酔っている。酒が違うのみ……」

「でも貴公は北条のために」

「そうだ、だが北条と北条の当主は違う…氏康は見事な主であった…」




 観客こと片倉小十郎は、口を開ける事ができなかった。

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