運命の女
クリスマスにはシャケを食え!?
「ああ殿、いつまで人様の城に居座るのです!」
「まあまあ落ち着け」
「そうだぞ、そなたこそ落ち着け」
「ええ、はい……」
五右衛門と悪い相談をたっぷりして来た政宗に対し小十郎は小言をぶつけようとするが、亘理重宗がその小十郎を止めにかかり、さらにその隣では城主のはずの北条氏光が小十郎を制止しようと腰を浮かしかかっているものだから、すぐさま小十郎は口を閉じてしまった。
「まったく、あと三日しかないのですぞ。それに間に合わねばそれこそ米沢まで焦土と化しかねませぬ」
「秀吉がなぜ米沢を焼く?」
「当然でしょう、謀叛人である伊達を根絶せんと!」
「小次郎は最上の人間でもある。最悪その線で生き残るだろう。それにしてもそなたも随分と往生際が悪いな」
「殿には地獄にでもついて行きますが、それでも私は伊達家が惜しいのです」
それでも小十郎が愚痴をこぼしまくるのは第一に政宗の身の上を案じてであり、第二に伊達家のためである。それがわかっているから政宗も粗略にしていないつもりだが、それでも潔くなりきれない小十郎に対し、政宗をしていい加減うっとおしさを感じていた。
「だから言っただろう、石川五右衛門をしつけるなど不可能だと!」
「申し訳ございませぬ、しかし、その、でも……」
「そんな事はもうどうでもいい、どうでもよくない事があるのだろう」
「ええ、はい……先ほど一人の……」
「女子が来たのであろう?」
だから弱っていた小十郎に対しさらに追い打ちをかけてやる程度には、政宗は元来からの悪戯小僧だった。小十郎がなぜそれをと言う暇すら与えずに北門へと向かい、その女子を迎えに行く。小十郎が立ち尽くす中、亘理重宗と伊達成実は意気揚々と付き従う。
この場における勝敗が明らかになると共に、小十郎は本来の城主に肩を抱えられそうになり、ただ置物のように歩き出した。
「さて……では伊達殿お願いいたします」
小机城の大広間に、北条と伊達の首脳陣が集った。もっとも北条の首脳陣は氏光と氏照の養子の千葉直重だけであり、政宗以外にも片倉小十郎・亘理重宗・伊達成実を要する伊達家と比べると正直貧相だった。
そのため名目的に議長役となった氏光が政宗に話を振るような形で話は進む事となるのは明白であり、実際その通りになった。
「さて我々は手を組み、忍城にて石田三成を、横浜にて酒井忠次と言う大物二人を討った。これはもはや、秀吉にとって無視できない損害である。三軍は得やすく一将は求め難しと言うように、若き俊才の石田三成や徳川の筆頭家老とでも言うべき酒井忠次の代わりはそうそうおらぬだろう」
「それでは我々は…」
「豊臣家からしてみれば許しがたき存在だろう」
政宗の言葉に、氏光と直重の身が竦む。迫ってきた敵を討っただけとか言う通じる言い訳を並べた所で、秀吉と徳川家康の重臣を討った事には変わりない。それこそ責任者の首を寄越せと言われても仕方のない話だ。
「もちろんわしは死ぬ覚悟はある。だがわしがそうして死んだところで何にもならぬ。下手すれば我々だけ救われても北条は救われぬ」
「やはり最後の一兵までやれと」
「それはどういう意味だ、御家のために死ぬ覚悟があると言う事か」
「はい」
「だが我々は確かに二連勝した、だがあまりにも局地的な勝利であり小田原に集っている敵を撃破できたわけではない。小田原の氏政公や氏直公にしてみればあまりにも遠い世界の話であり、今小田原が落城寸前かもしれぬ」
「単純な話、疫病の蔓延や暗殺などで小田原やご当主様が死なぬとは限らぬ。そうなればこの小机と玉縄が北条にとっての生命線になる…」
政宗の悲観的とも強迫的とも取れる言葉に対し、直重は静かに乗っかりに来る。確かに今小田原は秀吉の大軍に包囲されており、今から総攻撃をかけられて城を落とされても一向におかしくない状態だった。もちろん犠牲は伴うが、それでも秀吉にはその権利がある。
そうして小田原が落城した場合、北条の代表者は氏照と言う事になる。
「父は申しておりました。此度の勝利は豊臣の分隊の分隊と徳川に対してのそれでしかなく、豊臣本隊とは戦って勝っておらぬと……」
「そうだな」
「そんな存在にさえ伊達様のお力を借りてようやく互角以上に戦えているのが今の北条の現実であり、それ以上に豊臣家の現実であると。徳川でさえも北条に比肩するほどの家なのに、その数倍の数を持ち込める相手だと」
直重の言葉は、実に重い。改めて自分たちの敵の強大さを思い知らされ、さらにそんな相手の虎の尾を踏んだと言う事実に戦慄させられる。
「では我々も今から豊臣に降伏し、小田原を攻めれば御家を保つ事はできましょうか」
「できるだろうな。だがその場合秀吉は誠意を見せるために降伏の交渉をそなたらにさせる。あるいはもっと苛烈に誠意を見るためにそなたらを弾除けに使うかもしれぬ」
「ですよね…とは言えあなた方を犠牲にして生き残るのは…」
「御身大事の何が悪い?ただでさえ危急存亡の事態なのに。まあわしもただ犬死にする趣味はないからな。わし自ら秀吉に当たりそなたらの助命と大名としての存続を願う」
「殿!」
片倉小十郎の腰が動いた。
伊達政宗自ら秀吉に当たる—————と言うのが戦ではなく交渉である事をすぐさま見抜き、その上でとても対等のそれをする気でない事がすぐわかったからだ。
「小十郎!」
「それでは何のために二度も戦を!」
「知っている、この独眼竜の名を世に売り込むためよ。島津とて戦勝から事を有利に進めた。我々とて同じ」
「しかしそうなれば伊達は!」
「そうだな、だからこそ動く。三年前の運命を取り戻しにな」
「三年前……」
今更政宗が無茶をする事をとがめる気もない小十郎だったが、それでもそれは政宗に天下に名を売って欲しいからだった。このまま降伏してはいそうですかではあまりにも無節操だし、場合によっては北条への裏切りとも言われかねない。北条を守るとか言うが、それとてまるで簡単な話ではない。
そんな中で出た三年前と言う言葉の意味など、小十郎含め誰にも分らなかった。
「わしがやるのだ。他の誰にもできない事を。それで泣く人間が出たなら、容赦なくわしをなじりに来るがいい。その程度の覚悟もなしにこんな事はできん」
「それが何かまだ聞いていないのですが」
「重宗、成実。頼むぞ」
重宗はゆっくりと、成実は元気よく立ち上がる。この点は二人の年の差をはっきりと現したそれであり、同時にそれぞれの姿勢も垣間見えている。重宗は乗っかりながらもあくまでも冷静に、成実は一歳差だが年上の君主の子分気分で親分の役に立とうと張り切っている。
「既に最終段階に入っているはずだ。それでわしはまた別の者に書を持たせてやった」
「まさか五右衛門に」
「くどいな、ちゃんとまともな使者にやった、まともな使者に」
「はい……」
小十郎を適当にやり込めながら、政宗も立つ。
そして普段の数分の一の速さで先ほど重宗と成実が開けたふすまへと近づき、ゆっくりと聞き耳を立てる。
時が経つ度に足音が大きくなる。
ざっと五人分。
二人は男の力強い足音、二人は真面目な女性の足音。
「参りました」
「頼むぞ」
ふすまが開けられると共に、重宗と成実、二人の侍女、そしてもう一人分の足音の正体が姿を見せた。
高級品とまでは行かないが品の良いそれに、清楚に見えて力強い眉。戦国乱世のそれに適応したような、どこか義姫に似た女性。ただし、年齢はあまりにも違う。
「名と年を」
「織姫でございます。年は十です。
芦名左京亮の娘です」
「なな、な、なななっ…!!」
小机城が、喧騒に包まれた。
芦名左京亮こと、芦名盛隆の娘。
その存在は歴戦の武士たちをも揺るがすそれであり、小十郎でさえも一文字を連呼するのが目一杯だった。




