五右衛門の贈り物
四月十三日。
石川五右衛門は、忍城にいた。
今度は堂々とその名を名乗り、忍城の大広間にて図々しくあぐらを掻いている。
「まったく、その方にはつくづく呆れる。嫁入り前の姫様を小机まで引きずり出して…」
「そのおかげで徳川の将を倒せたんだから問題ないでしょうがよ」
仮にも本丸の大広間にて成田家の上層部がいる中なのに雑兵の衣装を着ている人間の口から出る言葉は、全く常識を逸脱している。結果としてはともかく、甲斐姫と言う嫁入り前の娘を戦場に出すどころかそんな遠くまで行かせるのは異常とかいう次元を通り越している。小田原城に顔見世とかに行くような身分でもないし、本来なら文字通りの箱入り娘のままで居させるつもりだった。それがたまたま武芸に強い関心を持ちその素質もあった事から男の真似事のような事をし出し、気付くと男ならと言われるようになった。とは言え、しょせんは娘である。
「息子だの娘だの、そんなもんにこだわってて大事なもんを守れんのかね、守りたいのがそっちでありゃいいんだけど」
大泥棒のまるで遠慮のない発言に一同は眉を顰めるが、それでも甲斐姫を連れて行っただけであそこまでの戦果を挙げられたのだから大きなことも言えない。
「そんで敵さんは小田原に行っちまったらしいからな、もうこの城は安全だろ。確か一万人もいないんじゃなかったか?」
「その一万を率いる将が問題だ。正直そなたも石田三成相手のつもりで動いていたんだろう」
「あの真田っておっさんは無理なんかしねえよ。上杉の坊やじゃあるまいし」
「そなたはいくつだ」
「三十三歳だよ、文句あるか」
「ハッハ…」
三十三歳だとか言うのならば四十四歳の真田昌幸をおっさんと言うのはともかく、三十五歳の上杉景勝を坊や呼ばわりする資格はないはずだ。それなのに誰にもはばかることなく言葉を吐き出す傍若無人ぶりに、歴戦の武士たちも笑うしかなかった。
「俺はな、オサムライサマの体裁を守るためにあくせくするとこが大嫌いなんだよ、何がしたいか、何が望みなのか、いろいろ言葉ばっか着飾ってよ。それこそオサムライサマが天下を取る前に支配してたオキゾクサマ、自分たちを支配してた連中と全然変わらねえじゃねえか!」
それでもこればっかりは言ってやらねえとばかりに居住まいを正し叫ぶ声は本物であり、ある意味これまでの書状以上に強烈だった。
「変な理由ばっかつけねえで、そのせいで苦労するのはどこの誰だって話だろーがよ。
例えばこの善良なる百姓の俺様がな、何が悲しくて物言わぬシロモノだけじゃなく人さらいまでさせられなきゃいけねえんだよ!」
「…………」
そしてそんな存在が逆ギレにしか聞こえない理由で誘拐を公言する物だから、ここにいる誰もが制圧されてしまった。
「なんか言えよ」
「人さらいとは、まさか秀吉の」
「ちげえよ、お前らを助けたのは誰だ?この俺様じゃねえだろ?メンボクからすりゃあな」
「何を言う、そなたこそ」
「いいんだよ、そんなに苦しまなくったって、ほれ、伊達政宗様のおかげです、だろ?その政宗様を助けたくて仕方がねえんだろ、ほれほれ、お優しい俺様が呼んで来てやったよ、政宗様を助けられる女をよ」
空気を自分の物に染め上げた五右衛門が手拍子をすると共に、ふすまがやけにゆっくりと開いた。
そこからしずしずとやって来た少女は、ただの娘と言うには装束も豪華だったしそれ以上ににわか作りとは思えぬ気品があった。年の方は十行くか行かぬかと言った所だが、顔つきに幼さはない。
「ったく、灯台下暗しとはよく言ったもんだよな、伊達のお殿様もその弟さんも、何よりおっ母さんも」
「本当に見つけられなかっただけなのか」
「関東平野は広いけど、ちと下野に入ればすぐ山だ。そこに執念深い奴がいてな、今度の秀吉の遠征のような時が来るまでじっと隠してたんだよ。
伊達が下野に来たっつってもぶっちゃけ唐沢山城とその周辺を抑えただけで、しかも北条と佐野についてた連中しか従わなかった。それで十分だと思っちまったんだろうな、あのオサムライサマはよ」
昨年内乱で佐野氏忠が憤死し入り込んだ伊達政宗に対し、北条氏政は伊達との同盟を一方的に宣言し、下野を伊達領として割譲する旨を北条家内に発布した。これで氏政は北条家も伊達家も治まると思っていたが、そうはならなかった。
「まさか、彼女は……!」
「そうよ。あのジジイの長男の家老が忠臣様気取って抱え込んでたんだよ。あまりにもヒョロヒョロになってたんでちょっと突いたらすぐさまバッタリだったけどな、最後の最後までお嬢さんの事を考えねえでわめいててよ、見苦しいったらありゃしねえ」
「殺したのか」
「自分で死んだんじゃねえのか、その必要もねえのに。あーあ、主のために尽くす自分はそんなにもカッケーのかね」
主のために生き、主のために死す。
それこそ武士道だと言わんばかりの行いを全否定する五右衛門だが、その暴言を聞かされる少女の顔はちっとも曇らないどころか、むしろ明るくなって行く。
「まあ、そういうこったよ」
「それで彼女を……」
「ああ、そういう事だ」
「でも気になる事は消えぬ。その通りになったとして秀吉は政宗殿を許すのか」
「オサムライサマは大好きだろ?責任を全て負って死ぬっつーのは。そして政宗って男がホンモノの大馬鹿野郎様なら、秀吉はたぶん気に入る。気に入っちまう。俺様はわかるんだよ!」
関白とか言う称号は、藤原北家の基経が使い出したようにまったく貴族のそれだ。少なくとも武士のそれではない。武士のそれならば源頼朝のように征夷大将軍にでもなるか、せめて前北条氏のように執権にでもなるかすればいいではないか。征夷大将軍がいないんなら織田家でも祭り上げておけばいい、織田秀信と言うまだ十一歳の子どもがいるんだからいわゆる親王将軍にでもしてしまえばいいだけだ。
だが秀吉は武士ではないし、ましてや貴族でもない。ただとんでもない才能により現在の地位を勝ち得た男だ。それこそ誰も思いつかないような策をあれやこれやと編み出し、武士たちの度肝を抜きまくって来た。今回だってまだそれを用意しているかもしれないし、同業者として認めるかもしれない。もちろん認めないかもしれないが、何もしないよりはずっと可能性がある。
「俺の首なんかに大した価値はねえけど、俺の言葉には価値があるかもしれねえしねえかもしれねえ。何百年後に続く御家繁栄、何百年後まで語り継がれる武勇伝、お前らだってんなもんが欲しいんだろ。結局そういうこったよ」
成田の人間たちを論破した五右衛門はわざとらしいほどゆっくりと立ち上がり、その数倍の速さで少女の前にひざまずいた。
「私をこれから小机城に連れて行ってくれるのですか」
「二日ほどかかるがな」
「わかりました」
そしてその姿は忍城から消え、少女もまた消えた。
まるで、全てを相手にぶつけるかのように。




