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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
第四章 政宗の秘術
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北条家内の感情

 小田原城内。


 西に関白豊臣秀吉、東に秀吉の盟友前田利家率いる軍勢に挟まれながらも威を守る城。

 数万の兵を集めるその姿は秀吉が築いたらしい大坂城とか言うにわか作りのそれとは違うと氏政は自負していた。



「父上、これはどう捉えるべきでしょうか」

「おぬしの見解を先に述べよ」

 

 だがその城の現在の城主であるはずの氏直は、どうにも腰を浮かせて落ち着かなかった。もう二十九歳とは言え謙信の攻撃を受けた時にはまだ生まれておらず信玄の攻撃を受けた時もまだ七つだったからしょうがない面はあるが、それでも座っている事が出来ないまま甲冑姿で右往左往していた。

「座れ!」

 どうにか上座であぐらを組んだものの視線はどうにも定まらず、良くも悪くもと言う枕詞付きながらまったく腰が据わっていない。


「確かに朗報です。しかしそれは北条の力なのでしょうか」

「北条の力だ」

「ですが秀吉はこのままでは北条についてある事ない事言いふらしますぞ。それでは北条の威信は低下し領民たちも豊臣を迎えてしまいます」

 北条にとって頼りなのは民の信望だった。彼らが敵の軍勢とは行かなくとも荷駄隊を襲撃したり金穀の差し出しを拒む事により遠征軍を疲弊させ、結果的に退却に追い込んだのが謙信との戦いだった。


「秀吉も家康も股肱の臣を失い動揺している。だがそれが北条の力でないと言うのは何とも…………」

「兵たちの士気も芳しくございません」


 忍城にて石田三成、横浜にて酒井忠次が死んだと言うのは確かに朗報ではある。

 だが心証としてはどうにも良くない。正直小田原城内にも、連勝と言う結果にそぐわぬ空気ばかりが立ち込めている。困惑とか当惑と言うより混乱、さらに言えば失望。



「そもそもです、なぜ伊賀の抜け忍にして天下の大泥棒が我々の味方となったのでしょうか」

「本人に聞いてみろ」

「そうです、まったく気にする事ではございませぬ」

「そうか、そうだな、そんな人間のことを考えても仕方があるまい、秀吉の宣伝かもしれぬからな」

「一応兵たちには北条の友軍と義勇兵の活躍であり豊臣秀吉の信望のなさを広めておりますが」

「まあそんな所かもしれん。とは言えなぜまた、その石川五右衛門とやらが…………」


 その勝因が伊達軍だと言うのならばまだいい。下野一国を食い逃げさせたのも今回のためだと言いのけて通るかもしれない。


 だが抜け忍ならまだともかく、石川五右衛門とか言う大泥棒に救われたと言うのはいかにも心証が悪い。



「伊達政宗はこの二件に関して何か」

「一応使者は来ましたが、適当なあいさつ文と短歌を添えて来ただけです」

「余裕気取りか、わしも見たがずいぶんとずいぶんな歌だな」

 ダジャレと言うか言葉遊びのように氏政は絞り出すが、実際政宗が忍城の戦いの後に小田原城に送った手紙は「北条伊達両家の繁栄を願います」と言う、儀礼的と言うにも雑極まる短文と、一首の短歌だけだった。

  



「雲流れ 綱に掴まる 民たちの 安康守る 東の大樹」




 「雲」、「綱」、安「康」とは北条家歴代当主の名前であり、それらを守るのが「東の大樹」だと言うのだ。いわゆる四神の中で東を守るのは「青龍」であり、その青龍が司るのが五行の中の「木」である。そして現状北条より東にある一定以上の大きさを持った大名と言えば、佐竹以外には伊達しかない。しかも政宗は「独眼竜」と名乗っていると聞く。


 要するに、北条を守れるのは自分しかいないと言う恐ろしく威張りくさった歌なのだ。一瞬伊達をぶった切って豊臣と和しようと思えるぐらいには無礼だが、でもそれをやった所で石田三成や酒井忠次の討ち死にに北条軍が敵としてかかわっていた以上その代償は必ず支払わされる。自身の首ぐらいで済めばがいいが、おそらく領国もかなり持っていかれる。


「そもそもが盗人により傀儡にされている分際で腹立たしい!」

「傀儡政権など、それこそ秀吉もまたしかりでしょう。傀儡政権と傀儡政権に挟まれているのが我が北条です。無論その点については我が配下の将兵にも徹底させておりますが」

「それで何だ、織田と平氏同士仲良くする気か」

 今の北条家は北条早雲こと伊勢新九郎が興した家だが、実は伊勢家もかつての鎌倉幕府執権北条氏と同じく平氏である。秀吉の名目的主人である織田秀信もまた平氏であり、その筋からと言う方向はないわけではない。だが今更織田家を顧みる存在などたかが知れており、秀信もまだ十一歳の幼児である。

「しかしいずれかの傀儡政権に頼るしか勝つ道はありませぬ。だとしたら豊臣方の将二人を仕留めた伊達に乗るべきでしょう」

「伊達にどれほどまで譲歩する気だ」

「この戦が終わりし暁には下野一国を正式に伊達領と認め、常陸・上野・越後・佐渡の四州は切り取り次第とする——————————」

「馬鹿か」



 で、氏直の言い草と来たら、氏政からしてみればお話にならない提案だった。



「それでは伊達政宗と石川五右衛門に服属すると認めるような物ではないか!お前は盗人の手先になりたいのか!」

「秀吉とて織田家から天下を盗んだ男でしょう」

「何を言っておる、伊達の手で徳川も上杉も、もちろん秀吉も食いつくさせればいいだけではないか。政宗には男児がおらぬし、秀吉にも養子しかおらぬ。ついでに徳川の子と来たら秀吉の養子となった子の下はまだ十二ではないか」

「何と……」



 そんな軟弱な氏直に対し、氏政の言葉は果てしなく居丈高だった。



 伊達と豊臣の相討ち——————————それこそが北条にとって最高の展開でありその方向に持って行くべきだ——————————。


 確かにそれはその通りだが、あまりにも虫が良すぎるのではないか。


 仮に秀吉と家康と前田利家が今すぐ消えたとしても、豊臣軍はまだまだ数があるし、誰かが秀吉の代わりとなって豊臣軍の指揮を執り、伊達軍の残党を叩き潰すか逆に抱き込むかして北条を討つだけ。

 仮に伊達と北条が全力で手を取り合ったとしても伊達から駆り出せるのはせいぜいあと二万。もちろんそんな事をすれば最上以下東北の大名が反伊達連合軍を結成して領土を奪うから二万と言うのは完全な絵空事であり、実際には来ても五千。十万以上の大軍を前にして五千で何ができるのか。

「それは危険です。伊達を利用できるほど今の北条は強くございません!」

「惰弱な!」

 氏直に対し氏政は押し迫るように上座の後ろの刀を抜かんとし、一瞬反応が遅れた氏直に抑え込まれた。

「父上!」

「そのようにお人好しでこの時代を生き残れるか!」

「叔父上は伊達軍と共闘しております!父上は叔父上まで捨てると言うのですか!」

「氏照はお前とは違うわ!貴様は氏照の事まで尻の青い若僧扱いするのか!」


 氏直は氏政を抑えながら座を見回すが、どうにも将たちの反応は悪い。

 松田憲秀、大道寺政繁と言った宿老二人はどこか氏直を冷めた目で見ており、若い将たちもやる気に満ち溢れているのか氏政の積極策に乗り気になっていた。


「殿、ご隠居様はかつて武田と争い、そして手を組み、信長逝去後は織田の盟友であった徳川とも同盟を組みました。殿のご正室をどなたか忘れた訳でもありますまい」

「これ以上不誠を為せば北条は満天下から見捨てられる。それこそ最悪会津の事まで北条のせいにされかねぬぞ!」

「それは無理と言う物でしょう」

「無理も何もあるか!お前たち真面目に物を言え!」

「大真面目です。下野一国を代償に伊達は北条を守ると言うのでは北条の大損です。その上に常陸や越後まで与えては北条は永遠に伊達に頭が上がらなくなります」

 

 構うものかとは氏直も言い切れない。確かにこのまま戦が終われば北条は伊達のおかげで救われた事になり、同盟ではなく主従関係になってしまう。佐竹と言う共通の敵はともかく、上杉など正直どうでも良かった。単純に領国として伸びすぎだし、それ以降両家がどうこうする意味も見いだせなかった。それでも単純に伊達に対して誠意を示す事は重要だと思ったし、氏直自身その気になれば陸奥まで行って反伊達勢力を自ら討伐するぐらいの覚悟はあった。もちろんそれが伊達に媚びているのはわかっていたが、それでも別に構わなかった。


「叔父上……っ!」

「わかったわかった、お前たち少し氏直を慮ってやれ。まだ荒事に慣れておらぬようだからな」


 氏照の名を出しながら涙をこらえる氏直に対し、氏政の言葉は暖かそうに見えて実に冷たい。

 まったくの子ども扱い。当主として認めていないと言わんばかりの駄々っ子扱い。


「すみません殿、あまりにも調子が良すぎて浮かれ上がってしまいまして」

「静まれ…どうしても不誠実になりたいのか?」

「そうは申し上げておりません。あくまでも虚実を使い分けろと」

「もう良い、氏照叔父上に使者を出す。わしの意見と父上たちの意見を並べ立ててな…………」

 先ほど武田に対し手のひらを返しまくった父親の話をした憲秀に続き、政繁もまたどこか小馬鹿にしたように当主の言葉に答える。今すぐ手討ちにされてもおかしくない身の分際で、だ。

 それをやれば自分もまた破滅なのをわかっているのかいないのか増上慢を極めた三人の中年を前にして、氏直はそんな手段しか取れなかった。

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