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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
最終章 梁上の君子たち
103/105

一二四年の終わり

 波乱の天正十八年は終わり、天正十九(1591)年になった。



 そして年明けしてほどなく、秀吉は関白を辞任する事にしていた。



 後継は言うまでもなく豊臣秀康であり、権力の委譲はそれほど問題ないと誰もが見ていた。


 だが、その機会はなかなか巡って来なかった。



 まず二月、昨年度より体調の悪かった秀吉の弟秀長が五十二で逝去。大和大納言と呼ばれた秀長の死は当然政権を揺るがし、跡目の秀保が十二歳だったこともあり権力委譲は簡単ではなかった。

 秀長の子には他に仙丸と言う丹羽長重の弟がいたが、そもそも秀吉の血族ではないし今は藤堂高虎の養子になっていたし、それ以上に丹羽家の権力の肥大が嫌われて後継候補には全くならなかった。


 この年には丹羽だけでなく蒲生・堀・池田と言った関東及び会津に領国を与えられる諸大名の移動が予定に入っており、早い家になると正月に秀吉への挨拶を済ませるや速攻で動き出しておりこの一件に構う暇はなくなっていた。せいぜいが弔文を寄越すぐらいであり、口の悪い事を言えばそんな暇はないのだった。


 結果的にこの一件はその藤堂高虎と横浜一庵ら秀長家臣団の尽力もあって秀保の後継就任で落着したが、それでも問題が止む事はなかった——————————。







※※※※※※







「ったく、ちょいと仕事して帰って来たら大騒動だな」

「世の連中は貴様がやらかしたからとか騒いでいるがな……」



 天正十九年の初冬、十月十日。

 あの豊臣秀康による伴天連大粛清からちょうど一年後。



 それなりに色付いた相模と武蔵の国境にて、二人の男が木の上で寝そべりながら言葉を交わしていた。二人して何の問題も起きていないかのように平然と振る舞い、自分らが何をやらかしたかなど全く気にも留めていない。


「まあな、九州の連中は思ったより抜けてたぜ。こっちの当ての三分の一以下の値段だったとは言え、あんなあっさり買いやがるもんだからな」

「将兵の魂も報われぬな……」

「あんな野郎報われる訳ねえだろ。あれじゃ蜻蛉切じゃなくて主君切だぜ」

「その金はどうした」

「もうねえよ」


 九州まで出かけて一年ぶりに帰って来た男—————石川五右衛門はもう一人の男に向かって不敬極まる口を利く。そして小太郎もまた、その事をまるで気にするそぶりがない。


「侍とは戦をするためにいる……戦をなくしても戦をする……鎌倉幕府も室町幕府もいくつもの乱があった事を忘れる事などできはせぬ……」

「ったく、何が幕府だよ馬鹿野郎」


 源頼朝の死後族滅に族滅を重ねた鎌倉幕府、南北朝統一前後でさえも土岐康行やら山名兄弟やらが乱を起こしまくりそれから二十五年後の上杉禅秀の乱、そしてその二十年後の嘉吉の乱で実質実権を失ったも同然の室町幕府。どっちもちっとも平穏な世界なんか来ていない。かと言って、武士でない存在が政権を取ろうとすればどうなるかなど、わずか三年足らずで潰れた建武の新政を見れば火を見るより明らかである。

「戦などしない武士を国の頭に据えれば世は平穏になる……か。あまりにもふざけた話だ」

「しねえじゃねえよ、させねえんだよ」

「そのために九州まで行って来て、蜻蛉切を売り捌き、そしてその金をやったのか」

「ああ。ちっとはうまいもんも食えるだろうよ」


 行く先々で盗みを働き、その金を私財とせずにどこへ持ち込むか。

 それはまさしく盗んだ人間の勝手だった。


「言っとくが俺様は神様なんて信じねえぞ。耶蘇教にゃ盗人の神がいるとか言うけど、よく聞きゃその神様は耶蘇教とはまた違う神様の系統じゃねえか」

「それが第四の神か」

「ちげえよ、いわば第五の神って奴だよ。まったく、この国にずーっと前からいる神様とは仲がいいのかもしれねえけどな!」

「この国の神と仲がいいとは」

「その第五の神とやらには山と神様がいるらしいよ、俺様は知らねえけど。っつーかそんなにたくさん神様がいたら人間は何を信じりゃいいんだ!?」


 もちろんあの時五右衛門が秀康の第四の神とか言う言葉を直に聞いたわけではない。

 だがイスラーム教こと第四の神の存在は京の民に大きな衝撃を与え、彼らを含め民たちは世界の広さを思い知らされる事となった。その一方で石川五右衛門などは、自分がわずかに信じていた盗人の神が耶蘇教と言うか南蛮諸国がここ最近までほとんど忘れ去っていたそれである事を知ってしまい失望すると同時に、元よりないに等しかった神への信仰をそっくり失った。


「個々人に任せるより外あるまい」

「投げやりだな!」 

「そうだ。信じる者は救われるとか言うが、信じても救われぬ者もある……何を掴もうとしても掴めぬ物がな……」

「知ってるけどよ……!」




 何もかも掴んでいた存在が、どうしても掴めない存在。



 もしそれが耶蘇教の祟りだとか言うのならば、それこそ馬鹿馬鹿しい話だ。

 仮に秀康が実態はただの奴隷商である耶蘇教徒の粛清を行わなかったとしてこの事態が防げたことがわかっていたのならば秀康の責任にもできたが、かと言ってこの耶蘇教徒の自爆とでも言うべき行いにより勢いづいた神道や仏道の関係者がそうしなかった場合に秀吉を呪わなかったかと言うのはそれこそ水掛け論の屁理屈合戦でしかない。

 ましてや、五右衛門などに何の責任もない。







 —————ついひと月前、秀吉の子・棄丸がわずか三歳で叔父の所へ行ってしまった事など。








「これでもう関白は完全に秀康になるな」

「結局はサムライの子だ…。腹立たしいか」

「んな事ねえよ、って言いたいけどさ、秀康って奴はおそらく俺様の約束を律義に守りやがる。それがいささかばかり腹立たしいんだよ」

「難しい物だな……関白と言う名の天下人に言うことを聞かせておいてまだ不満があるとは……」

「本当はごねてもらいたいんだよ、いかにもしょうがねえなって感じで」


 また秀吉が男児を産まない保証はないが、だとしてもその子が秀康の年になるまでは単純にあと十七年。その時秀吉は七十三歳であり、正直そこまで生きていられるかわからない。少なくとも実権は豊臣秀康の下にある。

 なおこの時秀吉の甥の豊臣秀次は秀康の耶蘇教徒処刑の一件ですっかり脅えてしまい、小さくなって秀康の言う事を聞いている。昨年石川五右衛門が仕掛け役となった織田信雄の失政により改易に伴い本来与えられるべきだったはずの領国を辞退して近江にいるように本人自身その手の権力に関心も意欲もないようで、秀吉も半ば諦めている状態だとも言われている。


「秀康と言うのはまともに家康に育てられなかった、と言うか腹の中にいる時に家康の妻に打擲を受けていたと言う話まである」

「ずいぶんな女だな」

「ああ。しかも長じてからも事実上の長子にも関わらず跡目は秀忠であり、自分は人質扱い……」

「大大名の御曹司様なんかじゃなく、孤独な坊やだったのかね。でもその結果全部を手に入れた挙句、この俺様なんかと仲良しこよしになっちまうとはねぇ……」

 今二十四歳の秀次は蝶よ花よとまでは行かないにせよそれこそ秀吉の命運が上がりっぱなしの状態から生まれそれなりに寵愛もされたが、秀康は御家の命運がいくら上がっても自分の前はちっとも明るくならない状態で過ごして来た。どちらが予測しえない事象にぶつかった時に強いかなど言うまでもない。秀次では五右衛門に勝てない、だからこそ秀康を選んだのではないか。

「ただ単にそれが最善だと思ったから聞き入れたまでと言うのもある」

「それこそお笑いだね」

「だが秀次と言う武家の子にはできまい。秀次より才気があったと見るあの秀家でさえも難しかろう。小田原で我々と半蔵の乱痴気騒ぎを止めたのは秀康だ」

 

 武士にはできないはずの事を、平然とやってのける。それが秀吉だった。


 そして、秀康も。

 

「結局、天下と言うのはどこかにまとまる。まとまった時に自分の色をどこかに塗られていると思えばそれだけで楽しくはないか」

「否定はしねえけどよ…」

「だからこそ、あんな真似をしたのだろう?我を甘く見るな。

 知っているぞ。




 玉縄城に忍び込み、三河にてその財を売り捌いた事を」




 五右衛門は眉一つ動かさなかった。


 蘆名家家臣風魔小太郎に蘆名家本城の玉縄城から財宝を盗んで売った事を指摘されてなお、である。


「その財宝が何だったか言ってみろよ」

「刀、槍、鎧、それと兜……」

「わかってんならいいだろ。ちっとばっかし余ってるからもらってやったんだよ」

「それを決める権利は貴様にはない」

「あるんだよ」


 小太郎は笑いながら刃を軽く向けるが、五右衛門はやっぱり全く動じない。小太郎以上の巨体を揺らしもせず、目線すら向けようとしない。


「戦がなければみんな喜ぶかと思ったがそうでもねえ。庶民の中にも戦で功績上げて一発逆転狙ってるやつも多くてな。それを奪ったのは秀吉の罪だよ」

「まさかそんな人間の面倒まで見る気か」

「まだ、必要なんだよ、俺様は!わかるだろ!」


 まだ必要。存在意義を示すにしてはずいぶんと寂しい言葉だ。だが、それもまた事実だった。


「武士どもはまだ、乱世が終わった後の時代に慣れてねえ。俺様が慣らしてやるんだよ」

「慣らした果てに戦があってもか」

「そん時は知らねえ。とにかくだ、俺様はまだやる事があるからよ、あばよ!」







 その一言と共に、石川五右衛門は消えた。







 どこへ向かうのかなど、小太郎さえも知らない。


「フン……まあ我も付き合ってやろう。せいぜいこの命尽きるまでな……」


 そして小太郎もまた、最後まで付き合うことを決めた。

 五右衛門の郎党を鍛え、そして風魔忍びたちにも五右衛門と同じ事をさせると。


 その結果風魔は盗賊に堕ちたとか言われるのならばそれでもいい。石川五右衛門に負けたとか言われてもいい。


 だがたった一つの確信があるだけで、小太郎は十分だった。




(確かに星を見た所、三十年後朝鮮を攻めるに絶好の時が来よう……されど五右衛門、貴様はそれがわかって言っていたのか……?)




 小太郎が見た所、確かに三十年後には朝鮮を攻めるに絶好の時が来る。だがその事を五右衛門に言った事はないし、五右衛門が理屈としてそれを理解しているとも思えない。

 あるいは三十年も経てばすっかり世代も入れ替わっているだろうとか言いたいのかもしれないが、小太郎には五右衛門がそんな理屈を振りかざす存在には思えなかった。要するにヤマカンだ。


 ——————————何せ、本来の理屈で言えば、戦争も、盗みも、ないに越した事はないのだから。

 だがまだ、五右衛門が言った通りかもしれない。真の意味で乱世を忘れ、戦をするにせよもっと違う形でのそれをするために、五右衛門の存在はまだ必要だ。

 そして、自分がそれを支えねばならぬ事も。


「蘆名殿……我は我の道を歩ませてもらう……」


 その言葉と共に、風魔小太郎も消えた。







 石川五右衛門と共に、戦うために。

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