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梁上の君子・石川五右衛門  作者: ウィザード・T
最終章 梁上の君子たち
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刃の向かう方向は

 天正十八年十月十日。



 京の町は始まったばかりの冬冷えと相まって恐ろしく物々しい雰囲気だった。



「すると何か、こんな恐ろしい事をやってたんだか……」



 そして町衆たちの空気をより冷えさせたのは、高札だった。


 同じ内容の高札が京の町中に立てられ、無論大坂にも並べられている。


 自分たちも同じ事になりかねぬ—————その事を思い知らされた町民たちは、腰を抜かしそうになりながら町に消えた。







「多くの者が棄教した。その事の意味が分かるか」


 三条河原にて、この国の権力の頂点に近い存在がとうとうと述べる。

 縄で縛られ後ろ手に座らされているのは、明らかにこの国の人間ではない人間たちだった。中にはこの国の人間も交じっていたが、京や大坂の民から見ればやはりどこか違っていた。


「その時から三年かけて証拠を集めた。今は亡き石田佐吉も、この国と正義、そう万人が共有しうる正義のために動いた。確かに我々日本人は戦のために兵を駆り出し、またやむなき事情により他に選びうる道がなかった事は認めざるを得ぬ。

 されど!もはやこの国に戦はない。いやそれ以前に、この国に人身を売買し利得を得るなどと言う法は存在しない!」


 その男の発言は表向きであり実際にはその手の犯行と言うか商売は日本にも存在していたが、それでもその言葉には上っ面と言う五文字はなかった。


「我々は!我々の信ずる神の下!」

「錯覚をするな。我々は決して耶蘇教の信仰が悪であるとは言っていない。御仏の教えであろうが耶蘇教であろうが、して良き事と悪しき事はさほど変わらぬはず。まさか耶蘇教では他教の存在は取って食っても良いとでも言うのか」

「そのような事は!」

「ならば自分が何を進めているかわからぬ訳でもあるまい。まさか第四の神はそうしていたとでも言いのける気か」


 —————第四の神。


 またもや強い単語が鳴り響く。


「かつてより耶蘇教徒は千年単位でその第四の神の信徒たちと争って来たらしいな。その際に大勢の耶蘇教徒が金のために売り渡され、家族とも引き裂かれたのか?」

「……」

「誤りであればここでそれは過ちであると私が正す。もし誠ならば耶蘇は相当に慈悲のない神だな。論語でさえも己の欲せざる所は人に施すべからずと言うに、耶蘇は孔子の教えすら知らぬと申すのか」

「そのような遠い国の……」

「それはやはり、そなたの国の善と我々の国の善が違うと言う証左ではないか。遠い国とか言うが二千年と言う時間はそこまで短くもあるまい。

 とにかくだ、その方が推し進めた事はこの国では大罪だ。この国の法に因って処分するのみ」

 

 言いたい事は言い終わったとばかり男は紙を閉じ、後ろを向く事なく人を呼ぶ。




「これより始まるのか……」


 そんな舞台の中で片目に眼帯をした男だけは、ある意味楽し気だった。


 公開処刑と言うのは、古今東西ある種の余興だった。

 罪人と言う名の悪が処刑者と言う名の正義の味方により消されて行くのは、正直な話気持ちがいい。そして悪があがけばあがくだけみっともなさも増し、より面白味を増す。

 逆に自分の死を宿命の様に受け入れる罪人は、あまり()()されない。武士道では高く評価される切腹も、その手の存在からしてみれば自分勝手な自己満足であり、ある種の勝ち逃げだった。


(わしも耶蘇教に興味がなかった訳ではないがな。どうやら豊臣家、いやこの新たなる関白殿下は耶蘇教を許さぬらしい。いや……)


 豊臣秀康の言葉に、秩序を求めるそれだけでない事を感じる事が出来たのは蘆名政宗だけだった。




 —————伴天連が九州の民を買い集めている。

 

 そう聞かされた時にはさすがの政宗も驚くと共に、秀康と秀吉の狙いを一発で見破った気になった。


(……これが石川五右衛門への対抗措置だと言うのか……)


 五右衛門が諦めさせた朝鮮出兵、なぜその代わりのように伴天連による人身売買をあげつらいこのような大規模な処刑を行う事にしたのか。


 五右衛門からしてみれば朝鮮出兵はまた戦を行い領国をさらに与えようとか言う大時代的な発想かもしれないが、真実は違う。この国にまだまだ戦争を行える力がある事を示し、伴天連や耶蘇教徒たちになめられぬようにするのが目的だ、と言うのか。


 確かに、それはそうかもしれない。だがそれでも、一度伝わってしまった物を根絶するのは不可能だろう。そして、この処置がどうしてもいびつな、階級社会的なそれである事も政宗は京と大坂に居続けさせられたひと月で既に知っている。



「ったく……」

「ずいぶんと落ち込んでおいでの様で」

「確かに許可を下ろされたとは言え、なぜ未だに引っ込めようとしないのか。本当ならば軽く首でも飛ばしてやりたいが、やればやったで尚更信仰を強めそうだからな。御仏でも耶蘇でも、殉教者とは一番厄介だ。まあ、貴殿に説明するまでもなかろうがな」


 大坂城ですれ違った細川忠興はずいぶんと疲れた様子であった。

 忠興の妻のガラシャはその名の通り耶蘇教徒であり、棄教や離縁、最悪死刑まである存在だったはずだった。

 だが秀康が高札に出した命令は「万石取り以上の存在の縁有る者であるならば棄教の必要はなし、されど布教する事はまかりならず、関係者より一人でも耶蘇教徒が生まれた場合はすぐ処刑」と言う物であった。

 ガラシャは丹後一国十二万石の大名である忠興の妻のため棄教を強制される事なく、今でも自分の意志で耶蘇教徒をやっている。


「前田慶次郎から聞いておりました、殉教者の恐ろしさは」

「右府公(織田信長)様も本願寺一向宗の恐ろしさを語っておりました、あるいは関白殿下や三河様もそれに倣ったのやもしれませぬが」


 服部半蔵も本多忠勝も、ある意味敬虔な殉教者だった。それゆえに家康と言う神の意志を歪めた邪教徒・本多正信を排撃し、自分たちの信仰の最大の障害である石川五右衛門を粛清せんと欲した。その結果がどうなったかはもう言うまでもなかった。



(もし耶蘇教の布教が止むと言うのであればそれはこの処置ではなく、あの二人のおかげ様だろうな……おそらく徳川殿本人を含め徳川には耶蘇教を受け入れる土壌もその気もない……。良かったではないか)


 心の中で考え得る限り最大級の皮肉を吐き捨て、河原に目を向ける。


 そこには先ほどの代表とも言える南蛮人を始めとして数十人の伴天連たちが座らされ、さらに数人の奴隷商たちが混ざっている。

「残る者たちは本年中にこの国から追い出す。安心しろ、命までは奪わぬ。だが此度のそなたらの顛末は伝えておく」

「天上の神よ……!」

「では神に伝えよ。この国の神はそなたを確かに受け入れた、だが人は受け入れられなかったと。ああ棄教はもはや手遅れだがな。ではやれ!」




 豊臣秀康自らの命により、次々と刀が振り下ろされる。




 何十本単位の刀がほぼ同時に飛び、同じ数だけの首が飛ぶ。中には転がる物もいたが、それでも三条河原が血まみれになった事に変わりはない。


 よく見ればその首の質もまちまちであり、死を覚悟したやけに静かな首もあれば苦痛にうめく醜い首もある。


「これが、我が国の民百姓を己が私財、いや己が国の財貨に変えんと欲した輩の末路だ。我々も節制に励むゆえ皆も心得よ。では後は頼むぞ」


 やる事はやったと言わんばかりに秀康は踵を返し、亡骸には構いもしない。その後首たちは多くが三条河原にさらされ、天下の大罪人として見せしめにされる。それもまた処刑の作法だった。


(関白殿下はこのお方にこの国を託したのだろう。自分にはできない事を、やらせるために……)


 秀吉はある意味で、偶像だった。


 何も持たない存在から天下人にまで上り詰めた庶民の英雄であり、憧れの存在だった。


 そんな存在がこんな真似をすれば、いくら大義名分があったとしても庶民は脅える。自分の知っている存在でなくなってしまったのかと失望する。


 ならば。

 



(まったく、男は妻がらとはよく言った物だな。後で愛姫にでも会いに行くか……)


 秀康を棄丸の後見人、と言うより事実上の後継者に仕立て上げた存在を思い返しつつ、政宗はほどなくして自分の子を産む存在の下へと向かった。

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