第8話 精霊の加護
「えっ、クオンの棲みかって! ボクの影が?」
「そうだ、影の精霊が影の中におらずして、どこにおるというのだ」
「でもそれって···。だって、ディードの精霊だろ」
精霊と契約することに憧れはある。契約してくれるならば、どんな精霊でも無条件で受け入れる。しかし、急にボクの影がクオンの棲みかと言われれば、訳が分からない。
「妾はクオンと契約しておるが、従属契約ではない。妾の影の中に住み着いたクオンに、棲みかを提供する代わりに、協力してもっているにすぎん」
「今まで通り、ディードの影の中でイイんじゃないか?何で急に、ボクの影が棲みかになるんだよ?」
「それは、クオンに聞いてみるがイイさ。妾と契約している精霊達の中でも、一番の気まぐれ精霊よ」
精霊の声が聞こえないボクに、精霊に聞いてみろと無理難題を言って、ディードはイタズラな笑みを浮かべる。
「心配せんでも、妾は何も言うておらん。それに妾が言っても、大人しく言うことを聞く精霊ではない」
「それじゃあ、ボクの影の中に住み着いたのって···」
「そう、クオンの意思だ。妾の影の中より、ルクールの影の中が居心地が良いそうだ」
目の前で起こっていることが信じられない。それでも少し前までは、ボクの前に精霊が姿を現したこともなかった。でも今ボクの影の中には、精霊が住み着いている。
今は、少しでもポジティブに考えよう。これは、ボクが初めて精霊と契約出来る絶好の機会なんだと。
「ディード···ボクもクオンと契約出来るたりする?」
「残念だが精霊の声が聞こえなければ、契約は限りなく難しいだろう」
ボクとディードの会話で、再び影の中からクオンが頭を覗かせる。真っ直ぐに立てた耳を忙しなく動かし、その耳はボクの声も聞いている。
しゃがみこんでクオンと近い目線になるが、クオンは一声鳴いたかと思うと、また影の中に消えてしまう。やっぱり、ボクにクオンの声は聞こえない。
「やっぱり駄目なのか···。せっかくボクの影の中に精霊が居るのに、契約出来ないなんて」
今までになかった変化と、急に見えてきた希望は、一瞬で打ち砕かれてしまう。
「焦ることもなかろう。永い年月をかければ、言葉も不要になるかもしれん。まあ、妾の願いはルクールの力になることよ。せいぜい愛想を尽かされんように、努力することだな」
そこに、ウィスプのラドルが激しく明滅して、自己主張してくる。
「忘れてはおらん。ラドルも力を貸してくれているのは分かっておる。ただ、過保護過ぎるのは良くないぞ。失敗から学ぶこともある。掠り傷一つくらいないと、男の勲章。それなくして成長せんというものよ」
ディードに言われて、ラドルの明滅がゆっくりとしたものに変化してゆく。ラドルの契約主はアージであり、その願いは恐らくボクを守ること。しかし、それが最善でないとラドルも感じている。
「ちょっと待って。ボクは、もうラドルに守られてたってこと?」
「知らぬは、精霊の力の本質を知らぬ未熟者達だけよ」
「そんなこと言われたって、どうしようもないじゃないか」
精霊の声も聞こえないし、契約したことすらないボクなのだから、精霊の力なんて知りようもない。
「逃げ足のルクール」
その言葉には、思わず顔をしかめてしまう。ダーピアが、ボクを揶揄して付けた2つ名。それは、エルフの村の中だけにとどまらず、ギルドの2階から出てくることの少なかったディードさえも知っている。
しかし、それがボクの戦い方であることに間違いはない。精霊と契約出来ないボクには、少しでもボクに有利な場所に誘い込み、地の利を活かすしかないのだから。泥臭いやり方で、周りから何と言われようが、それしかボクが生き残る道はない。
「そんな馬鹿なことがある訳がなかろう。バーゲスト相手に、逃げきれるのは獣人族くらいだ。エルフ族の身体能力は、そんな高いわけがなかろう」
「ボクの逃げ足が、ラドルの力ってこと?」
ボクの疑問に、答えたのディードではなく、ウィスプのラドル。ゆっくりと明滅し、それがボクの考えを肯定している。精霊の力は、魔法やスキル行使するだけじゃない。ボクの俊敏性を上げ、森の中という条件下ではあるが、バーゲストから逃げきれるだけの身体能力を向上させてくれていた。
「それが、精霊の加護というものよ。でも、それはその短刀があっての話。それを残してくれた者に感謝することだ」
それは、母親の形見の短刀。クオンが影のあるところを棲みかにするならば、ラドルは光る短刀を棲みかとしている。精霊を召喚し呼び出すことの出来ないボクが、精霊と一緒に居る唯一の方法。それは、ボクの周りに精霊の棲みかを提供してやるとこ。
「ボクは、母さんの形見にずっと守られてたのか」
「そうだな。詳しく知りたければ、あの小娘に聞くしかない。知りたければ、せいぜい悪足掻きして、生き残ることよ」
ボクが精霊と契約し、命令することも、力を行使させるとこも出来ない。あくまで、アージさんやディードとの契約があってこそ、精霊はボクを助けてくれる。それでも、協力して戦うことは出来る。お互いの力を理解すれば、命令なんてする必要がない。
考え方が変われば、見える世界もガラッと変わってしまう。クオンがボクの影を棲みかにしても、胸騒ぎは起こらない。新しく見えたものを、もっと信用してもイイのだ。そして、お互いをもっと知らなければならない。
「ディード、クオンの加護って何になる?」
「精霊との相性があるから、それは一概には言えんな」
精霊の加護といっても、全ての者が同じ恩恵を受けるわけではない。身体能力が高くなる時もあれば、魔力が強化される場合もある。弱点を補うか、長所を伸ばすか、どうなるのか決まっていない。ボクとラドルの関係だって、ボクが魔法を使えていたなら、魔力が強化されていた可能性だってある。
「もしかして、身体能力強化じゃないのか?」
暗い森の中でも、ディードは遅れることなくボクについてきた。それは精霊の力であり、クオンの加護だといえば納得出来る。
「勘よ! 妾の女の勘が、さらに研ぎ澄まされておる」