第6話 ガーラの光
“ガーラの光”
それが、ボクのパーティーの名であり、冒険者見習いを卒業し、新しい始まりの第一歩となる。
このパーティー名は、アージさんが付けてくれた。“ガーラ”は、ボクの両親が冒険者だった時のパーティー名から来ている。そして“光”は、恐らくアージさんのことだと思う。詳しくは教えてくれなかったが、ボクが初めて組むパーティーは、一瞬であっても“ボク”と“アージさん”の2人で、リーダーはボクであること。そこだけをアージさんは強く拘り、後のことは何も言わずに全てを了承した。
リーダーに関しては拒否したかったが、ディードもそのつもりだったので、ボクが拒否することは出来なかった。リーダーといっても、ボクには多数決の結果をひっくり返せるだけの発言力はない。
そして、日付けが変わると同時に、ボク達はイスイの村から旅立つ。ボク達といっても、ボクとディードの2人しかいないし、見送ってくれる人なんて誰も居ない。
精霊の巫女となったアージさんは、世界樹の側から離れることを許されない。僅かな時間の空白さえもつくらない為に、日付けが変わる前にボクとアージさんは会えなくなってしまったが、それはアージさんは分かっていたみたいだ。
それに、イスイのエルフ族にとって、今は過去最大の緊急事態。イスイの村の長はダーピアに変わり、ギルドマスターはダンドールが務め、ギルドマスターだったディードは一介の冒険者へと戻る。朝になれば、イスイの村からもギルドからも、緊急事態宣言が発動される。
それよりも前に、ボク達は村を出る。新月の闇に紛れ、ディードとお揃いの黒いローブを纏えば、誰にも気付かれることはない。
「さあ行くか。アージのビスチェ姿が見たければ、さっさと仕事を済ませるんだな」
ボクの緊張感を台無しにする、ディードの茶化した言葉に、思わずジト目になってしまう。
「生き甲斐があれば、人はしぶとくなるもの。生死を分かつとは、意外とそんなものだ」
「あまり説得力がないんだけど、そんなものがディードさんにもあるんだ?」
「一つ忠告しておく。次に、その呼び方をすれば、何があっても助けんと思え」
アージさんに拘りがあったように、ディードにも拘りがある。それは、名前を呼び捨てにさせること。長きに渡り、イスイのギルドマスターとして頂点に立ってきたことでの反動なのか、それともアージさんへの対抗心なのか、もしかすると性癖なのか···。
「これから、どうすんるんだ?」
目的はゴセキの山で起こった異変を調べることだが、村を出ることを優先して、どう行動するかは決めていない。もちろん、数時間前まで冒険者見習いだったボクが、元ギルドマスターのディードさんに指示を出せるわけがない。
「まずは、お互いを良く理解し、隅々まで知ることだ」
そう言うと、ディードがボクの前に立つと、ゆっくりとボクの体に手を伸ばし、ローブをはだけさせる。新月でもあり、森の中にいれば星の光は全く届かない。しかし、ディードの顔がハッキリと見える。フードは被っておらず、唐紅の髪が微かに風に靡く。
胸騒ぎは掻き消され、鼓動が高鳴る。
「えっ、なっ、なっ、何をする」
「さあ、全てを見せてもらうぞ」
さらに鼓動が高鳴り、全身を激しく血が駆け巡るが、体は動かない。唯一出来たのは、目を閉じることだけ。
「ほう、なかなかの物じゃな。これ程までとは! これなら、相性も悪くないやもな」
感嘆するディードの言葉とともに、光が射したように感じる。目を閉じていても感じる強い光に、何かが動く気配がする。ゆっくりと目を開けると、ボクの前には小さな光の玉が浮かんでいる。
「何だ、これっ?」
「光の精霊ウィスプ、アージの使い魔だ」
ディードの言葉を肯定するように、ウィスプは激しく明滅する。
「お主の名は?」
また、ウィスプが明滅する。
「ラドルか。あの小娘が付けた名にしては、良き名よな」
またディードの言葉に反応し、ウィスプはボクの周りをグルグルと飛び回る。ディードとラドルの間では、会話は成立しているが、やはりボクには精霊の声は聞こえない。
「ウィスプなんて、いつの間に?」
「最初からだ。気付かぬはルクールだけよ!」
グルグルと動き回っていたウィスプが、今度はボクの腰の辺りで消えると、また周囲は暗闇に包まれる。
「消えたっ」
その場所にあるのは、母の形見である白柄の短刀。そっと抜けば、薄っすらと光る刃。そして、再びウィスプが飛び出してくるが、今度は球状から平たい円となってみせる。
「ほう、ラドルがルクールの盾となるのだな。それでは、妾はどうするかの?」
ディードは目を閉じ、少しだけ考えている素振りをみせるが、最初から口許には笑みが浮かんでいる。胸騒ぎはしないが、あの笑みは怖い。思わず、一歩後退りしてしまう。
するとディードの胸元が膨らみ出し、ローブが弾けると黒い影が飛び出してくる。それと同時にラドルが、ボクの周りを激しく動きまわり、幾度も短刀への出入りを繰り返す。
「ディード、何が起こってるんだ?」
「急くでない。せっかちはモテぬぞ」
最初は何が起こったかが分からなかったが、次第に目が慣れてくると、ラドルを追いかける黒い塊の姿がハッキリと見えてくる。
「黒猫?」
「影の精霊ケットシーのクオンよ。妾の使い魔の中でも、気紛れで滅多に人前には出てこんのだが、ルクールは気に入られたようだな」
「ボクじゃなくて、ラドルを気に入っただけだろ」
ひとしきりボクを中心にして、ラドルとの鬼ごっこが繰り返されるが、少しだけラドルの飛び方がふらつき始める。
「そこまでだ、クオン!」
ディードの静止する声で、ボクの目の前でラドルとクオンの動きが止まる。
「ルクールに力を貸してやってくれるかの?」
ケットシーがボクの周りをウロウロと歩きまわり、そして足下に寄ってくると身体を擦りつけ始める。
「これって大丈夫なのか?」
「ああ、妾の使い魔の中でも、とっておきの剣となろう」
はだけたローブを直しながら、ディードが答える。ボクの目を惹くように、わざ胸元を一度だけ大きく開き、ローブの下がビスチェでは無いことを見せると、ディードはクツクツと笑う。
「お目付け役がおるからの、下手なことは出来んわ♪」