第4話 精霊の巫女
イスイのギルドは、村の境界線上に建てられ、唯一地上にある建物になる。エルフ族の村側から入っても、外の街側から入っても全く同じシンメトリーの構造で、境界線上となる中央には階段がある。ギルドマスターの部屋へと続き、二階にはギルドマスターの部屋しかない。
ボクとアージさんは、ギルドに入ると、真っ直ぐに二階へと上がる階段に誘導される。ギルドマスターの部屋には、限られたごく一部のエルフしか入れない。今ボクは、そのごく一部のエルフになろうとしている。
只でさえ、人気のあるアージさんがいれば、ギルドに入った瞬間に皆の注目は集まる。アージさんに飛ぶ下品な声と、少しだけボクをからかう声。
それを無視して、真っ直ぐに階段にむかうと急に静けさが訪れる。
「この先は、ギルドマスターの部屋です。領主様の側近といえども、勝手なことをされては困ります」
「これを見ろ。ディード様の命令だ」
ギルド職員のエルフが止めに来たが、あえなく追い返される。そして、ギルド職員にも知らされていない程に、極秘事項なのか緊急事態が起こっている。
大変なことに巻き込まれた気はするが、階段を一歩上がる度に、胸騒ぎは和らいでくる。この先に待っていることが、ボクにとっては悪いことじゃない。ただ、アージさんの顔は強ばっている。
「アージとルクールを連れて参りました」
中からの返事はないが、ギルドマスターの部屋の扉が開けれられる。最初に見えたのは、書類が山積みにされた机。その奥から、僅かに唐紅の髪が見えている。
ギルドの二階に籠ったままで、ギルドの中ですら姿を見せない希な存在。姿を見せたとしても、フード付きローブで顔を隠し、僅かに溢れる唐紅の髪で初めてディードだと分かるらしい。
ボクは初めて見るが、噂通りなら唐紅の髪はディードで間違いない。しかし、呼びつけたはずの当人は忙しなく書類を捌き、何の反応も示してこない。
「座りたまえ。あやつの仕事も、もう少しで終わるじゃろ」
代わりに右手から声が聞こえる。ボクでも知っている、聞き馴染みのある声。エメラルドグリーンの髪色だが、ダーピアと比べると深みが強く輝きは少ない。
「ダンドール様、何の御用でしょうか?大至急と伺いましたが?」
緊急で呼びつけた割には、ダンドールはソファーに座り紅茶を楽しんでいる。アージさんは言葉こそ丁寧に応えたが、何時もよりも低い声で不快感と不機嫌さが出てしまっている。
「アージ、そんな不機嫌な顔をするでない。大至急の用件は、ディードのほうじゃて。ワシは大至急とは言っとらん。まあ、ワシの話を聞いとる内に、大大至急の仕事も終わるじゃろて」
ダンドールの向かいのソファーに座るように促されると同時に、アージさんとボクのカップも用意される。
「いえ、至急の用でなければ失礼させてもらいます。また、お手すきの時にお呼び下さい」
「慌てるな、折角の世界樹の茶じゃ。ゆっくりしてゆくが良い。なあ、精霊の巫女様よ」
急に出てきた、レアアイテムもビックリの茶に驚きを隠せない。それが、ヒエラルキーの最下層のボクに振る舞われるなんて、絶対あり得ない。
「へっ、世界樹の茶って、ね···アージさん」
また失言しかけて、アージさんを見ると、ボク以上に衝撃を受けている。驚きの表情というより、動揺に近い。そして、動揺を隠そうとしたのか、目を閉じる。
「精霊の巫女···ですか?」
いつもハキハキしたアージさんからは、考えられないくらいに声が小さい。
「そうじゃ、イスイのエルフ族の存亡がかかっている。もう好き嫌いは通らん。ユーリシア様の近くにおるだけの感嘆な仕事じゃて」
「他にも適任者は沢山おりましょう。何故か私が?」
「ユーリシア様の加護を持つエルフはダメじゃ。ユーリシア様のから加護を受けることは、ユーリシア様の魔力を奪ってしまう。水のように、高い所から低い所へと流れる。それが加護というものじゃよ」
「それでも···」
「そろそろ意思を継ぐべきなのは、十分に分かっておろう。ローブは着ていても構わんし、解決するまでの間じゃて」
「期間限定ならば」
「そうか、引き受けてくれるか。ワシの最後の仕事も無事片付いたわい」
「妾の方も、片付いたぞ」
そこに、書類の山から声がする。ボクとアージさんが部屋の中に入ってきた時は、全く反応すらしなかったのに、精霊の巫女の話はシッカリと聞いている。
上に立つだけあって油断ならない相手だと思えたが、そんな考えなんてぶっ飛んでしまう。立ち上がり書類の山から出てきたディードの上半身。初めてみるディードの顔なんて、頭に入ってこない。真っ白なビスチェ姿で、露出が高い上に透けて見える箇所も多く、胸の形もハッキリと分かる。
「おおっ···うっ」
「ルクール、どこ見てるのかしら?」
思わず漏れた、ボクの驚きと感嘆と称賛に満ちた声が漏れたしまう。しかし、途中で太ももに走った激痛が、呻き声に変えられる。
「ほう、そなたが妾の代わりになる精霊の巫女か。まだ少し乳臭いし、胸も小さそうだが、まあ悪くはないな。これはただの装束、少し手直しすれば如何様にもなる」
「ご心配なく、着痩せするタイプなので」
そこで、思わずアージさんの胸を見てしまった。今度は、右足の甲に衝撃が走る。
「ほれ、ルクールも妾と同じだと。無理はせんでイイ。ただの巫女装束。小さかろうが、精霊の巫女とは関係ない」
そこで、初めてビスチェの意味を知る。アージさんが巫女になれば、あのビスチェを着なければならない。だから、巫女になることを嫌がっていたのだ。
そして、もう1つの重要なこと。上半身がビスチェなら、下半身はどうなっている?今までに感じたことのない鼓動の高鳴り。悟られないように、ゆっくりとディードの方に顔を向けようとしたが、今度はアージさんがボクの頬をつねってくる。
「ルクールには、刺激が強すぎます。何か羽織って頂けませんか?ねえ、ルクール」
「ふぁい、おねふぁいします」
「これから一緒のパーティーになるというのに、少しは慣れて貰わんと困る。まあ、妾がゆっくりと教育してやるわい」
「一緒のパーティーですって!」