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第3話 待ち構える者達

 アモンの森を抜ければ、そこには川が流れている。その川を渡った先が、イスイの村。イスイの村には、境界線となる柵や壁はなく、世界樹と呼ばれる最古の樹木がある。


 アシスの世界の誕生から存在していると云われる世界樹は、高くそびえ立つ塔のようなものもあれば、黄金に輝くものと様々ある。その中でもイスイの世界樹は、枝葉を横に大きく広げた樹になる。

 エルフ達は、地を這うように長く伸びた世界樹の枝を利用し、そこに居住空間をつくり樹上で暮らしている。千人以上のエルフが暮らしても尚余裕があり、拡がった世界樹の枝葉の先端こそが、この村の境界線となる。


 そして、イスイの精霊樹には森の精霊ユーリシアが宿り、境界線の中に入る者を拒む結界を張る。イスイの森を守る使命を受けたエルフ族のみが、境界の中に入ることを許される。


「村に異変はない。だけど、あれは···」


 村の向こうに見えるゴセキの山が、大きく崩れ原形を留めていない。さらに黒い靄がかかり、何が起こったのかを隠してしまっている。ただただ異様な光景は、胸騒ぎの原因だと納得させる禍々しさがある。

 しかし、村はいつも通り静かで、特に変わりは無い。それでも急いで川の飛び石を渡り、村の入り口を目指す。アージさんの顔を見るまでは、安心出来ない。




「ヤバい、怒ってる」


 川を渡り終わる頃に、急に人影が現れる。腕を組み仁王立ちで、ボクを見つめる女性の姿。


「ルクール! また遠くまで行ってたでしょ。後で、みっちりとお説教よ」


 ボクの名を呼んだのは、育ての親でもあり姉のような存在でもある、プラチナブロンドの髪をもつエルフ。いつもボクのことを“ルク”と呼ぶが、今は“ルクール”と呼んだ。

 怒っている時に見せる最上級の表現で、決して近付いてはいけない。怒りの精霊フューリを見たことはないが、多分フュリーなんて可愛く見えるだろう。


 しかし、勢い良く飛び石を渡っているボクには、今さら引き返すことなんて出来ない。


「風の精霊シルフよ、 どうかボクの声を聞き、力を貸してくれ。姉さんから逃げる為の力を!」


 そんなボクの叫び声も虚しく、やはりボクの想いは精霊に届かない。川を渡りきった瞬間に、アージさんに右耳をつままれる。何故か、ボクの胸騒ぎはアージさんだけには通用しない。

 反対にアージさんは、ボクが世界樹を囲むイスイの森の何処から帰ってきても、ピンポイントで待ち構えている。きっと何かの精霊の力を使っているのだろうが、精霊の声が聞こえないボクには到底分からない。


「また、“姉さん”って言ったわね! “アージ”って呼べって言ってるのに、何回言ったら分かるのかしら。もう一度、みっちり教育し直さないと」


 大分成長したし、力もついたはずなのに、右耳をつままれたボクは何も抵抗出来ずに、されるがままに村の中へと引っ張られる。


「痛いってば、姉···」


 さらにアージさんの手に力がこもり、ボクの右耳を捻り上げる。このままじゃマズい。


「それより、何があったの?地鳴りがしたし、ほら、向こうの山も崩れてる!」


 大きな異変に話を反らそうとしたが、アージさんがボクを引っ張ってゆく速さは変わらないどころか、さらに手に力が入る。


「心配しなくても、ルクールに出番はありません。それよりも、何処で何をしてたのかしら?ゆっくりと聞かせてもらいたいわね」


「えっとね、それは···。まず、その手を離してくれないと···」


「ルクールには、嘘を考える余裕も逃げる隙も与えません」


 口元には笑みを浮かべている。普段であれば光の精霊の加護を受けたプラチナブロンドの髪色と相まって、人々を魅了する。だが、それらを全て打ち消すほどに、アージさんの目は冷たい。その鋭い視線が、容赦なくボクに突き刺さる。

 両手を挙げて降参した意思表示を示すと、少しだけ視線と右耳を摘まむ手の力が和らぐ。


「さあ、今日はゆっくりと聞かせて···」


 しかし、緩んだ手の力が再び強くなる。


「痛いってば、姉さん!」


「何の用かしら?私達は、貴方達に構ってる暇なんてないくらいに忙しいんだけど! 」


 ボクの繰り返される失言には触れずに、目の前に現れた男達に、アージさんが言い放つ。目の前の男達は、領主ダンドールの側近。ダンドールは優れた人格者だが、それ以上に息子のダーピアの印象は悪く、アージさんは少しでもダーピアに近い存在に、あからさまな嫌悪感を示す。


「アージ、ルクール! 今すぐギルドまで来て欲しい」


 言葉とは裏腹に、側近達はボクらを囲む。出た言葉はお願いであっても、力ずくの強制だという態度。ただでさえ怒っているのに、さらに火に油を注ぐ行動に、嫌な汗が背中をつたう。


「ギルドに?それに、ルクールも?」


 しかし、ボクの予想に反して、アージさんの反応は少し様子が違う。呼ばれたのは、領主の館ではなくギルド。そして、ヒエラルキーの最下層であるボクまでが、名指しで使命されたことを気にしている。


「そうだ、大至急だ。ダンドール様も、ディード様もお待ちだ」


「ギルドマスターも···ですか」


 世界樹の境界線の中には、イスイのエルフしか入れないが、もちろんギルドも存在する。森の精霊ユーリシアの加護だけでは、荒廃した世界を生き抜くことは難しい。この森の中だけでは手に入らないものがある。それは物だけでなく、他の国々や魔物の情報もある。勿論、この森でしか採れない貴重な薬草や鉱石もある。

 それらを上手く循環させてくれるのが、ギルドという存在。ただ、世界樹の境界内にはイスイのエルフ族しか入れない。だから、世界樹の境界線を跨ぐようにギルドが建てられ、さらにはそれを囲むように小さな町が造られている。


 そのギルドマスターは唐紅の髪色を持ち、炎の精霊の加護を受けた女エルフ。森の精霊とは相性が悪い炎の精霊の加護を持つエルフは、イスイの森のエルフではなく他から来たエルフ族。だが、イスイのエルフ族以外で、唯一精霊樹の中に入ることを許されたエルフでもある。


「なぜ、ルクールもですか?まだまだ、役に立てるような力はありません」


「それは、ディード様に直接聞いてくれ。ルクールを指名したのは、ダンドール様ではなくディード様になのだから」


「分かりました。ルク、行くわよ」


 ボクの右耳はアージさんから解放され、詰問は回避出来たが、再び胸騒ぎが大きくなる。


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