第23話 魔王の半身
「神々によって割かれた、シータの下半身。絶対に、上半身と一緒にしてはならん」
「スキュラって、魔王だったのかよ」
「心配するな、不完全な魔王。下半身なのだから、頭も悪かろう」
軽口を叩くディードだが、その顔に余裕は無い。5指から放たれた火球は3つで、まだ2つを残している。しかし、唐紅の髪の色は薄くなり消費した魔力は大きい。
そしてスキュラの中央の頭は、じっとディードを睨みつけている。破滅の魔法が、ディードの浄化の炎と相性が悪くても、対抗出来る手段はそれしかないのだろう。
「バカは回復が早いのがお決まりですわ。後は私にお任せ下さい」
今度はリオンが動く。リオンは武器は持たず徒手空拳で、自らの体を武器とする。ただ今は、恵まれた獣人族の身体能力だけで戦いを挑むのではなく、両手両足が鈍く光っている。恐らく、あれが大地の精霊ミュラーがリオンに与えた加護なのだろう。
ディードを牽制して動かないスキュラに対して、リオンが全力で迫る。それを迎え撃つ為に、スキュラが前足を振るい斬撃を放つ。
異形種のバーゲストが、ボクに向けて放った斬撃とは比べ物にならない。地面に大きな亀裂をつくりながら、リオンに向かって進む斬撃。
しかし、リオンはそれを躱さずに真向勝負で迎え撃つ。
「あの、アホ巫女が。少しは周りのことも考えろ」
斬撃をリオンは手刀で叩き落としたが、飛散した斬撃は暴風へと変わり、ボク達に襲いかかってくる。
突然始まった戦いに、ボクは何の抵抗も出来ずに簡単に吹き飛ばされてしまった。それに対して、ディードの前には岩壁が出来ている。さらに黒龍の鞭を絡めて、変わらぬ姿勢を維持している。
2つの魔法を同時に行使し、さらには黒龍の鞭を操る。ボクには想像することの出来ない芸当を、やってのけている。
「消えた、リオンは?」
ボクが体勢を立て直した時には、リオンの姿が見えない。
「アホは高いところと決まっておる」
見上げれば、飛散した衝撃波を利用して、高く宙を舞っているリオンがいる。しかし、3つの頭があるスキュラもリオンを見失ってはいない。
このままならば、リオンが落下してきたところを、スキュラの尻尾で串刺しにされてしまう。徒手空拳のリオンはリーチが短く、下から狙われれば回避する術がない。ボクの少ない経験値でも分かる絶体絶命の危機。死を回避出来たとしても、無事では済まない。
こんな時に、ボクの胸騒ぎスキルは全く役に立たってくれない。胸騒ぎは危険を教えてくれる。しかし、未来を予知するためには、もっと胸騒ぎに集中しなければならない。
突然戦いが始まり、吹き飛ばされてしまえば、まずボクは戦いに集中せざるを得なかった。この戦いの中で圧倒的な弱者はボクなのだから、胸騒ぎに意識を集中させて隙をつくれば、それが死を招いてしまう。
しかし、リオンが尻尾を振るうと落下の軌道が大きく変わる。スキュラの尾は、リオンの居ない空間を貫き、再びリオンは地面の上に降り立つ。
形勢逆転し今度は、鈍く光るリオンの真っ直ぐに伸びた指と狐人族の鋭い爪が、スキュラの首筋へと突き立てられる。
スキュラの動きが止まる。双頭のバーゲストと同じならば、そこに魔石がある。そこを貫かれれば、魔王といえど助からない。しかし、胸騒ぎが爆発する。
「逃げろ、リオンッ!」
しかし、深く食い込んだリオンの腕はスキュラから抜けることなく、残されたスキュラの尾がリオンへと襲いかかる。
ガキンッと鈍い音がし、再び動きが止まる。爆発した胸騒ぎが徐々に収まり始める。
「スキュラごときの知能は、ご主人様の足元にも及びませんわね」
リオンの顔が鈍く光り、スキュラの尾を受け止めている。瞬時にミュラーの加護で頭を強化したに違いないが、あまりにも脳筋な発想すぎる。
お互いがどう動くかを牽制して出来た膠着状態が生まれる。しかし、これでボクは胸騒ぎに集中出来る。今しかない! 魔石さえ砕けば、最悪じゃないボク達が生き残る未来があるはず。
だが幾ら胸騒ぎに集中しても、ボク達の死の光景が繰り返される。それでも、諦めずに繰り返しスキュラの頭に胸、胴、足と意識してみるが、どこにも胸騒ぎが収まる場所は見つからない。
「どこだっ、見つからない」
焦りの声が漏れてしまう。胸騒ぎスキルは、一瞬で様々な光景をボクに見せてくれるが、それでも時間が止まった訳じゃない。
一瞬でも時間が経てば、胸騒ぎが大きくなり、ボク達が不利になってゆく。魔力を消費し疲弊するボク達と違って、スキュラは全てが回復してゆく。
もう爆ぜた左右の頭は、半分以上が回復している。もう、残された時間は少ない。
ボクの不安の声に反応したのか、ラドルがボクの背後に回り込むと、スキュラに向かって影を伸ばす。ここには、ディードとリオンだけじゃなく、ラドルとクオンも居る。そして、ラドルはアージさんの代理だ。
「世話をかけるな。ラドルもアージさんが怖いだろ」
ボクの言葉に、ラドルは激しく明滅しながら光を強くしてゆく。光が強くなる程にボクの影も濃くなり、それはクオンの力をも増す。
「ラドル、ありがとな。お陰で見つけたよ」
ラドルの光の明滅で見つけた、気付けたスキュラの僅かな反応。スキュラの瞳は、ラドルの光りに反応していない。どこかで操られていて、割かれた半身の中に魔石はない。結界が張られていたこの空間の何処かに魔石があるはず。
この空間全体を意識すれば、探していた答えが簡単に見つかる。そして、今度はボクの出番。目の前のスキュラとは違う方向に駆け出す。魔石はこの先の壁の中に隠されている。それを破壊すれば、全てが終わる。
短剣を抜き、切っ先を魔石のある壁へと向ける。
「ボクは知っている。さあ、真向勝負だ」
痛みは熱く感じるのか。血が流れれば、逆に体は重くなるんだ。どれもが初めて経験する。胸騒ぎスキルが見せてくれた光景には、痛みはないもんな。
ボクが短剣を突き出した瞬間、壁から放たれた一筋の滅びの魔法。それは、ボクの胸を貫いた。




