第22話 スキュラの祠
目の前に立ちはだかる滝に、リオンは躊躇いなく進んでゆく。滝と岩壁の僅かな隙間や足場を見つけながら進んでゆく足取りはいつもと変わらない。
ただ激しく叩きつける水が自慢のケモミミを直撃することを嫌って、右手を頭の上に翳していることだけが、滝の影響を感じさせる。
そんなリオンの後ろから見ているボクは、精霊の巫女装束の三角ビキニが外れてしまわないかと期……心配したが、そんな幸運は起こりそうにない。
「ルクール、後が支えておるぞ。死にはしないなら、さっさと行け。時間は貴重だ!」
「ああ、分かってるって」
リオンに続いて滝に近寄るが、降りかかる水飛沫ですら石礫のように痛い。目を開けるのですらやっとで、仮に幸運が起こったとしてもボクには見えない。
そして一歩踏み出せば、僅かに触れる水だけでも衝撃は大きく、油断すれば滝に引きずり込まれそうになる。次の一歩を踏み出せば、進むことも引き返すことも出来ないかもしれない。そんな恐怖を感じ、立ち止まってしまう。
しかし、ボクを助けてくれたのがリオンの尻尾。ボクの右腕に、リオンの尻尾が絡み付いてくると、ボクの体を引き寄せてくる。
「はあっ、抜けた」
この先に待つ死への恐怖なんて、頭の中から消え去っている。今を生き延びたという充実感に浸っていると、後ろからは軽い足取りのディードがやってくる。びしょ濡れのボクとリオンに対して、ディードは髪すら濡れていない。
「火の精霊の加護じゃ。そんな恨めしい顔をするでない」
精霊を否定したからこそ見つけた可能性。だが、精霊の加護があれば便利なのは間違いない。
「こんな場所があったなんて知りませんでしたわ」
滝の裏にある開けた空間には、朽ちた小さな木祠があるが、それ以外には何も見当たらない。
「奥に続く洞穴があるはずなんだけど」
ボクが見た光景と違い、奥に続くような場所はない。ここまで来てもボクに見える未来の光景は、断片的だったりボヤけている。それでも胸騒ぎは大きくなり、ここで間違いないと肯定している。手掛かりがあるとすれば朽ちた祠しかない。
「こんな所にあったとは」
戸惑うボクを他所に、真っ先に反応したのは身軽なディード。驚きと警戒する声が混ざり、一瞬でフザけた雰囲気は消えている。
祠であれば何かが祀られている。しかし、朽ちた祠の中にある石像は、大地の精霊でも森の精霊でもないのは、ボクにでも分かった。
鎖で縛られた胸像は祀られたものではなく、この地に押し止める為の封印。胸像自体が風化し原形をとどめていないが、幾つもの犬のような獣が組合わさった女性の上半身の形をしている。それが、異形のバーゲストの姿と重なって見える。
「ディード、これを知っているのか?」
「ああ、スキュラだ。魔王の1人で、スキュラのシータ」
初めて見るディードの険しい顔。眉間に入った皺は深く、目付きも鋭い。そして、さらに続ける。
「封じられた魔王達が復活するとすれはま、まず此奴だろう。そしてもう、結界の役目は終えようとしている」
崩れた木祠に、ヒビ割れた石像。今も石像の表面はボロボロと崩れ落ちている。ゴセキの山が大きく崩壊しても尚、この場所だけは無事だった。それが、結界としての最後の役目。しかし、それはここに結界が張られていることを教えてもいる。
その時、大きな地鳴りが響く。空気が大きく震え、流れ落ちる滝が大きく乱れる。そして、岩壁には無数の亀裂が入る。
気付けば石像は、塵となり跡形もなく消え去っている。そして岩壁に深く入った亀裂は、深く奥へと続いている。
ボクの胸騒ぎが急速に大きくなる。鮮明に見ることの出来なかった未来。そこに、最悪を回避する可能性を見出だしたはずだった。
しかし今、邪魔をしていた靄が晴れ、見えなかったものが鮮明になる。頭をよぎる死と、対峙している魔物の姿。
3頭、3対の足に3尾をもつバーゲスト。
今までの異形のバーゲストなんて下位種にしか見えない。そして、岩壁の亀裂から漏れてくる紫紺の光は、間違いなく滅びの魔法。漏れ出す光でさえ、双頭のバーゲストとは比べ物にならないくらいに強い。
今は未来予知なんて必要ない。放たれようとしている滅びの魔法の前に、どんなに足掻こうともボクもリオンも対抗する術なんてない。
「マズいぞ、ディード。3頭のバーゲストだ」
ただ、この奥へと進む未来があるならば、対抗手段はディードしかいない。
「離れておれ。手加減は出来んぞ」
前へと突き出した右手は大きく開かれ、五指の先端には火が灯っている。その右手を支える為に、左手は右の手首をしっかりと握っている。
ディードの唐紅の髪が、風もないのに宙を舞い、時折火花を散らす。
「火の精霊アメリよ、浄化の炎にて滅びの光を打ち払え」
紫紺の光が大きく輝きを増すと同時に、ディードの指からも3つの火球が放たれる。滅びと浄化の魔法が激しくぶつかり合い、衝撃と光に包まれる。
徐々に光が収まりだすが、魔法が消失したのではなく、ディードの放った火球が奥へと吸い込まれてゆく。残されたのは、ポッカリと空いた大きな穴。そして少し遅れてドンッと、火球の弾ける音が聞こえる。
滅びの魔法に対抗する為に、イスイの森には火の精霊の加護があるディードが居たのだと、今なら分かる。
しかし、ボクの胸騒ぎは変わらない。まだ、滅びの魔法に対抗しただけで、バーゲストを倒せてはいない。
胸騒ぎに意識を集中すれば、明確な死の未来は見えないが、それでもボクの存在は見えない。
「大丈夫、死にはしない。最悪じゃないんだ」
少しでも機会を無駄にしない為に奥へと進めば、遂に3頭のバーゲストの姿が見えてくる。左の頭は左目と頭部が無く、右の頭は鼻から下を消失している。無傷で残っているのは中央にある1つのみで、依然として口からは紫紺の光が漏れている。それに左右の頭も、顔の大部分を失ってもボク達を威嚇し睨み付けている。
「神々によって割かれた、シータの下半身。絶対に、上半身と一緒にしてはならん」




