第21話 変わる価値観
「ふうっー」
張り詰めていた緊張感から解放され、深く息を吐き出す。胸騒ぎは鳴りを潜め、今は高鳴る鼓動がボクを支配している。
ボクの頭の中で描かれた光景が忠実に再現され、これが覚醒した力なのだと確信出来る。
「どうだ、妾の勘は正しかったであろう」
「ちょっと待って、ディード。今、勘て言わなかった?確証があったわけじゃなくて、ただの勘だったなんて?」
「妾の“女の勘”は外れたことはない。リオンも同じ意見であれば、特に問題はなかろう」
ボクの髪に触れ匂いを嗅ぎ、そして口に含んだのは、何か意味があったんじゃないのか。意味がなければ単にディードの癖で、全身に鳥肌が立つ。しかし、ボクにはそれを問いただす勇気も根性もない。
「さて、これからどうする。得たものは大きいが、失った時間を取り戻してこそ意味がある」
「そうだな、ここに居ても意味はないな」
ボク達を匿ってくれたトレントを見上げると、ディードの真似をして、そっと幹に手を触れてみる。
「ディード、トレントにボクの声は聞こえるんだよな」
「ああ、聞こえているぞ」
「ありがとな。それと、アージさんには秘密にしてくれよ」
小さな声で呟くと、もう一度森に意識を向ける。6本足のバーゲストを倒したことで、森の雰囲気は大きく変わった。近くにいた異形種は6本足のバーゲストだけで、大きな胸騒ぎは感じない。
しかしゴセキの山に意識を向ければ、より強い胸騒ぎを感じる。ぼやけていたものが以前よりも鮮明に感じるのは覚醒したせいだろう。
「その顔はダメそうだな」
「一番マシだと思ったんだけど……」
どれもが危険であるとは分かっていたし、大差があるとは感じなかった獣人族の抜け穴。その中でも、マシに思えた抜け穴を幾つか探ってみたが、どれもが面白くない。形こそ違えど、ハッキリとしているのは死という結果を目の当たりにすること。様々な行動パターンを試してみても、どうやったら死ぬかという経験と記憶だけが蓄積されてゆく。
これ以上他の場所へと移動したとしても、大差はなくどれもが同じ未来が待っている。それに時間が経てば経つほどに、さらに状況は悪くしかならない。
残された方法は、犠牲を是とすること。ボクにとっての回避したい最悪を隠したままで、先に進むなんて言えない。
「ボクの胸騒ぎは、ゴセキの地下に行けというんだ。イスイの村に戻れば、死の未来しかない。アージさんも、ディードもリオンも死んでしまう。でもゴセキの地下に行けば、アージさんだけは助かるかもしれない」
未来が見え、死を回避出来ない。それなのに、ボクはアージさんを助ける為に、ディードとリオンが死へと向かう選択を告げる。
「ほう、肝心のルクールはどうなるのだ」
ボクが死んでもアージさんが助かればいい。ボクの死が最悪ではないんだと、ハッキリとは言えなかった。打ち明ける覚悟をしても、少し誤魔化した言い方になってしまう。それをディードは見逃さず、的確に突っ込んでくる。
「ボクは……多分死んでしまう。いや、分からないが正しいのかもしれない」
6本足のバーゲストの戦いで経験した、数えきれない程の死の感覚。しかし、ボクの先に待つ未来は、存在自体を感じられない。ボクが居たという痕跡すらも残らないほどの結末なのだろう。
「答えが出ておるのに何を悩む。よりマシな方を選ぶだけだろうが」
「えっ、ディードもリオンも、それで大丈夫なの?死が待つだけの未来なんだぞ」
「最初から、妾は“妾の女の勘”を信用しておる。それが唯一の答えだ」
「ご主人様、私は大地の精霊ミュラー様に仕える巫女。それに何の問題がありましょう」
「精霊の巫女か」
精霊の巫女って何なんだよ。アージさんもディードもリオンも、皆が精霊に縛られている。ボクに力を貸してくれないどころか、大切な者を死に追いやる精霊。そんな精霊なら居ない方がマシじゃないか。
そう思えてくると、この世界の価値観が変わってしまう。精霊の声を聞きたかった。声を聞こうとしていた。
それは、間違いだったんだ。精霊の声を聞いてはいけない。だから、ボクの耳には精霊の声は届かない!
その瞬間、見えていた景色が変わった。見えていなかったものが見え、新たな選択肢をボクに示してくれる。
「見つけた、マシな方法を」
幾つもの胸騒ぎを感じる場所が現れた。しかし、その1つだけが、どれだけ意識を集中させても、結末が見えない。死なないという保証ではないが、消去法で残された1つの選択肢。
それはゴセキの山から流れ落ちるセウミ滝。雪解け水が集まって出来たものだが、大きく崩壊したゴセキの山の影響を感じさせず、依然として迫力を保っている。
その裏にある洞窟は、獣人族によって掘られたものではない。つい最近までは洞窟はなかった。いや、中に空間はあったが入り口はなかった。間違いなく、そこに元凶がいる。
「ルクール、何を悩んでおる。行くのだろう」
大口を叩いて来てみたが、滝の裏へと続く道なんてない。大量に落ちてくる水が行く手を塞ぎ、深い滝壺に落ちれば2度と浮かび上がってこないだろう。
「どうした、さっさと行かねば時間がなくなるぞ」
「ご主人様、私が先に参りますので、ゆっくりとでも後をついてきて下さい」
「ああ、分かってる」
「心配するな。落ちた時は妾が拾ってやる。骨だけになったとしてもな」
覚醒した力で、最悪を知り過ぎてしまった。死に直結したことだけを意識し、滝を掻い潜ることなんて些細なことになっていた。
だが、ボクはヒエラルキーの最下層の魔力なしのエルフなんだ。神通力があったとしても、ボクの身体能力が上がった訳じゃない。
未来を見て分かったつもりでいたが、経験しなければ分からないこともある。
「ああ、分かってるよ。少し慎重になってるだけだろ。ビビってなんかいないよ!」




