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第2話 イスイのエルフ族

「うーん、厄介だな」


 残るバーゲストは2体。だが、ラーキの茂みの中に隠れてしまえば、簡単に手は出せない。ボクの持っている武器は、親の形見の2本の短剣しかない。止めを刺すには、茂みの中に腕を入れる必要がある。


「仕方ないな、予定通り村に戻る···。いや、その必要はなさそうだな」


 酷く胸騒ぎがする。バーゲースとに追われている方が、まだマシと思える。何故か、ボクの胸騒ぎは当たる。良いことは分からないのに、嫌なことだけは分かってしまう。


「お前達のリーダーが、でかい声を出すからだ。ボクを恨むなよ」


 暫くして見えてきたのは、エメラルドグリーンの髪の長身のエルフ。容姿端麗と言いたいが、ニタニタと浮かべる笑みは、ただただ胸くそ悪く、ボクは生理的に受け付けない。


 そう、コイツは嫌いだ!


「おい、ルクール。こんな所で何してんだ?」


 ニタニタと笑みを浮かべながら、ボクに近付いてきたのはダーピア。イスイの森の領主の息子であり、輝くようなエメラルドグリーンの髪の持ち主。

 エルフと言えば、尖った耳に鮮やかな髪色。内包する魔力が大きければ大きいほどに、耳は尖り長くなる。そして、髪の色は精霊の加護を示す。エメラルドグリーンの髪色が示すのは、この森を司る森の精霊ユーリシア。その加護をより強く受ける為に、伸ばした髪は腰にまで達する。

 領主の息子という家柄だけでなく、イスイの森で生きるエルフにとっては絶対的な存在である精霊。誰もが羨む、この森の象徴となる力。


 身分も能力のヒエラルキーでも、頂点と最下層となる対照的な存在。しかし、何故かダーピアは執拗にボクに絡み、目の敵にしてくる。


「おい、聞いているのか、逃げ足のルクール」


「何だよ。お前には関係ないだろ」


 今度は、ボクの名の前に“逃げ足の”を付け加える。戦う力はなく、逃げることしかしないボクを揶揄した呼び名。さらには、長いエメラルドグリーンの髪をかきあげ、わざと尖った耳を見せてくる。

 そう、ボクの耳は短い。ダーピアに比べてでなく、エルフ族の中でも、ボクの耳は極端に短い。僅かに尖っている程度で、エルフと言われなければ分からない。精霊の加護がないだけでなく、魔力も少ない。

 嫌いな髪を短くしたいが、そうすれば今度は僅かにしか尖っていない耳が見える。だから、極端に短くは出来ない。そんなボクのコンプレックスをダーピアは知っている。


「次期領主様の、通達を聞いてないのか?」


「まだ、領主じゃないだろ。そんな奴の命令なんて聞く必要なんてない。それに、これは歴としたギルドからの依頼なんだ!」


「こんな低ランクの依頼にも手こずってる。勝手に死んでくれと言いたいが、今だけは困る。明日から俺がイスイの森の領主だ。領主初日の仕事が、葬式なんて縁起が悪い」


 そう言うと、ダーピアは茂みの中のバーゲストに向けて、軽く右手を払って見せる。


 茂みが震えると、バキバキとバーゲストの骨の砕ける音がする。


「やめろ、ダーピア。魔物だって、いたぶって殺す必要ない。一思いに止めを刺せ!」


「何言ってる。お前だって、いたぶってたんだろ」


 そう言いながら、もう一度長い髪をかきあげ、尖った長い耳を見せつけてくる。


「そう言うなら、お前が止めを刺せばいいだろ。またせこせこと逃げ回って、罠に嵌めたのはお前なんだ。俺はお前の後始末をしてやってるんだぞ」


 ダーピアの言っていることが間違いではないだけに、ボクは何も言えない。


「どうした、恨めしそうな顔をして。アージにでも泣きつくか?」


 ダーピアがボクを気に入らない最大の理由は、ボクの育ての親でもあるアージ。


 アージは親の居ないボクを育ててくれた、親代わりでもあるし、姉のような存在。そして、その美貌はエルフ族しかいない村の中でも群を抜いている。美しいプラチナブロンドの髪は、光の精霊に愛された証拠でもあり、精霊の加護だけでなく見るものに安らぎと希望すら与えてくれる。


 そう、ダーピアはアージのことを狙っている。しかし、ダーピアは幾度と挑戦しては玉砕を繰り返している。

 ヒエラルキーの頂点に君臨するダーピアにとって、最下層のボクの存在は好ましくない。だから、何かある度にアージからボクを引き離そうとするが、それが悉くアージを怒らせた。

 遂には、アージはどのエルフもさえもが羨む髪を短く切ってしまった。短い髪のボクと「お揃いの方がイイでしょ」と簡単に言うと、何の躊躇いもなくバッサリと切ってしまった。


 ダーピアにとっては、精霊の加護を軽んじる許されざる行為であり、この村で唯一の思いどおりにならなかったことでもある。


「アージさんは関係ないだろ。そんなだから、嫌われんだよ」


 ダーピアの表情が険しくなると、ラーキの茂みが膨張する。急成長したラーキは、バーゲストを締め付ける。いたぶっていたのとは一転し、今度は瞬殺してしまう。

 それだけでは止まらず、大きく成長したラーキは高木のアモンに棘を食い込ませて絡みつき這い上がる。こうなってしまえば、アモンとラーキの木が、共存することはあり得ない。アモンはラーキに乗っ取られ、林の階層構造は機能しない。何れアモンの木は朽ち、それと共にラーキの木も地表に落ちる。


 森の精霊の加護を受けているクセに、森の共存関係を簡単に壊してしまうダーピアの行動は信じられない。

 さらに、ダーピアに抗議しようとした時、空気が震える。遅れて、ドゴーーーーンッという地鳴りが響き渡る。どこからという訳でなく、森全体に響き渡る音。


「「何だ、この音は?」」


 ボクより長きを生きるダーピアでも、何が起こったのか分からない。当然、ボクが何が起こったかを知るわけがない。それでも、胸騒ぎが止まらない。


「村だ、村で何か起こっている」


 ボクの胸騒ぎは、ただの直感に近い類いだろう。永きを生きてる訳でもなし、この森から出たこともなく、特に根拠や経験に裏打ちされたものじゃない。だけど、ボクは胸騒ぎを信用している。

 胸騒ぎがする方へ行けば、獣や魔物が居る。逆に胸騒ぎのしない方へ行けば、安全で怪我一つしたことがない。だからこそ、魔物に追われても大丈夫だった。


 だけど今は違う。この森に居ては危険だ。どこにも安全な場所なんてない。村になんて、戻っては絶対にダメだ。胸騒ぎが、逃げろと強く警鐘を鳴らしてくる。


「アージさんが危ない!」


 ボクは、ダーピアを置き去りにして、村へと駆け出す。久しぶりに、胸騒ぎに逆らう。普段は通ることのない獣達の縄張りに侵入し、最短距離で村を目指す。


「うるさい、黙ってろ!」


 近付けば近付くほどに、胸騒ぎは大きくなる。萎縮しそうになる体に活を入れ、全力で駆ける。アモンの木々の森を抜ければ、村が見える。そこまで行けば、何かが分かるはず。

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