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第19話 ルクールの覚醒

「覚醒って何だよ」


 そう言いながらも、ボクに起こった異変に気付く。視界を遮るものに手を伸ばせば、ボクの髪がある。フードでもなく、頭に何かが乗っているわけでもなく、間違いなくボクの髪の毛。嫌いな耳を隠す程度の長さにまで切り揃えていたのに、今は肩にまで届いている。


「どうして、髪が?」


「なかなか悪くはなさそうだな。むしろ、長いほうが似合っておる」


「お似合いだと思います、ご主人様」


「そんな話じゃないって。こんなのが覚醒っていえるのか?」


 急に髪が長くなるなんて、ボクには恐怖でしかない。それに魔力の少ないボクの髪が長くなったところで、蓄えるものが無いのだから意味なんてない。

 しかし、状況を理解していないのはボクだけで、ディードもリオンも覚醒だと信じている。


「どれ、妾に見せてみろ」


 そう言いながら、ディードの右手がボクの髪へと伸びてくる。少しだけ軽く触れた後、手ぐしでとかすようにして幾度も感触を確かめると、今度は顔を近付けてくる。急に感じるディードの匂い。逃げようにも、狭い樹洞の中に逃げ場はないし、鮮明になる匂いに圧倒されて動くことが出来ない。


 ディードは被っているフード脱ぐと顔が露になり、ボクとディードの顔が触れてしまう。


「良き香りだ」


「なっ、何してるんだ?」


 ディードはボクの髪の匂いを嗅いでいる。そして、その後に少し口に含んだ気がする。それが何を意味するのか分からないボクには、ただの癖だとしか言えない。

 ボクの鼓動の高鳴りピークに達すると、ディードの匂いが遠ざかり、それが嬉しく寂しくもある。


「ルクールの髪を切っておったのは、あの小娘だろ」


「そうだけど、それがどうしたの?」


「あの小娘なら、気付いておったはず。それを黙っているとは、過保護にも程がある」


「ボクの髪に、何か秘密があるの?」


 エルフ族にとって、髪色は精霊の加護を表し、髪の長さは蓄える魔力量を表す強さの象徴。しかし、ボクには精霊の加護もなく魔力も少ない、劣等感の象徴でしかない。

 だから、ボクの髪に少しでも力があるとなれば、少し期待してしまう。それで、ヒエラルキーの最下層を脱出出来るとは思わないが、劣等感からは解放されるはず。


「普通のエルフならば、髪に魔力を蓄える。しかしルクールの場合は違う」


「だから、それって何なんだよ」


 しかし、ディードは勿体ぶって中々教えてくれない。


「そう焦るな。妾も信じ難い話だから、心して聞け」


 ディードの顔からは笑みが消え、それは今までに見たことのない真面目な顔になる。


「ルクールの髪に宿っているのは、神通力で間違いない」


「えっ、神通力って?精霊の声すら聞こえないのに、神の力っ言われても……」


 精霊がこの世界の摂理を司るなら、その摂理をつくったのは神の力。しかし、聞いたことのない力に、“はい、そうですか。ボクには神通力が宿っています”と簡単に受け入れることなんて出来ない。ボクの分かりやすく訝しむ表情に、ディードはリオンの方を見る。


「ご主人様、神通力で間違いありませんわ。短剣に宿るミュラー様の力が大きくなっています。精霊は、失った力を取り戻すことがあっても、以前よりも大きくなることはありません。それを可能とするのは、神の力のみでございます」


 ボクの欲しかったものとは違い、全く想像することも出来ない力。神通力が本当だとしても、何が出来るか分からない未知の強大な力は、恐れでしかない。

 思わず長くなった髪に手が伸びるが、ボクには違いなんて分からない。ディード達とは違い、伸びた髪が肉体改造されている気がして、ボクを不安にさせる。


「ボクの体は、大丈夫?どこかに目が増えたり、腕が生えたりするんじゃ……」


「心配なら、妾が体の隅々まで見てやろう」


 ディードの顔はから真面目さが消え、再び何時もの悪戯な笑みを浮かべている。


「それなら私もお手伝いしますわ」


 そして、ディードに負けじと対抗してくるリオン。そんな茶番が出来るなら、大丈夫なのかと安心も出来る。しかし、2人はボクの服を脱がそうとし本気だ。


「まっ、まっ、待って。今は大丈夫だよ。それに自分でも出来る」


 ディードが髪をかきあげると火の球が現れ、何かを察したラドルは短剣の中に消えてしまう。ボクがディードとリオンに抵抗出来るはずもない。





「残念な知らせになるが、体は普通のエルフのままだ。どこにも変わりはない」


「残念ですが、尻尾もケモミミもありませんでしたわ」


 2人ともボクが変化することを望み、どこか楽しんでさえいる。ボクはジト目で対抗するしか出来ない。


「せっかく覚醒したのだぞ。しっかり変化を確かめておかねばなるまい。覚醒に心当たりがあるなら、それも聞いておく必要がある」


 ニヤッと笑うディードは、きっと女の勘でボクの思考を見抜いている。


「そんなのあるわけないだろ」


「皆まで言わずとも、ルクール様の気持ちは分かっております。覚悟をお決めになられたお顔になられました」


 リオンは表情こそ今までと変わらないが、尻尾を大きく振っている。僅かな鼓動の違いで、ボクの気持ちの変化を察しているに違いない。


「マズい、バーゲストが来る。それも異形種。ちょっと騒ぎすぎたかもしれない」


 休む為だけだの樹洞の中で、少し騒ぎすぎてしまった。


「トレントは、まだ気付かぬか」


 そう言って、ディードは木に触れる。魔物が近付けばトレントが教えてくれると言っていたが、ボクの胸騒ぎだけが、バーゲストを感じている。


「まだ気付いてはおらんが、近くには居ないといっとところだな」


 ボクの胸騒ぎを“違う”とは否定はしないが、トレントの能力も信用している。


「ルクール、もっと詳しく感じ取れるか?」


 もっと周囲を意識し、胸騒ぎを強く感じる方向を探す。


「こっちだな」


 その方向を指差せば、またディードは木に触れる。


「ほう、見つけたか。確かに、こちらに来るやもしれん」

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