第15話 暗闇の中で(リオン視点)
これが、生死をかけた戦い。こんなに死を近くに感じるのは初めてかもしれない。
私は、ゴセキの狐人族のリオン。大地の精霊ミュラー様に愛された、誇り高きゴセキの獣人族。
獣人族といっても数多の種族がいるけれども、狐人族より優れた種族はいませんわ。ただの脳筋ゴリラじゃなく、鋭い聴覚は僅かな筋肉の動きや鼓動の変化をも見抜き、相手がどう動くかなんて手に取るように分かってしまいますのよ。
だけど、狐人族の真価は強さだけじゃありませんの。狐人族の象徴といえば、ピンと立ったケモ耳とモフモフの長い尻尾。全ての世界の人々を魅了して止まない罪な種族。
何が言いたいかといえば、私はその中でも特殊な存在で、普通の狐人族とは少し違いますのよ。耳と尻尾の先端が紫紺に輝き、それを妖狐と呼ぶ輩が少なからずいますけれども、それは妬みでしかありませんわ。
そう、私は大地の精霊ミュラー様に仕える、精霊の巫女の1人なのです。精霊ミュラー様の傍に仕えることを許されるのは、獣人族の中でも数人しかいない栄誉。ましてや最年少で巫女となったのだから、多少の妬みは仕方ないでしょう。
ミュラー様は、ゴセキの山の地下深くにある太古の石に宿ります。この世界の大地を産み出したと云われる太古の石の一つ。その大きさゆえに一部しか見ることが出来ませんが、吸い込まれそうな漆黒の巨石。漆黒なのですが様々な色の光を放ち、見た者の心を一瞬で奪ってしまいます。もちろん、私も虜になった1人。
どれくらいの年月を、ミュラー様と一緒に地下深くで過ごしてきたでしょう。周りの獣人族は年老いてゆくのに、私だけは老いとは無縁。恐らくはミュラー様の加護により、寿命という概念から解放されたのでしょう。
毎日同じことの繰り返しではありますが、私にとっては至高の日々。しかし、それは急に終わりを告げました。
ゴセキの山の地下には、獣人族によって掘られた無数の洞穴が張り巡らされていいます。それが突然崩れたかと思えば、魔物達が現れたのです。バーゲストなんて獣人族にとっては、取るに足らない相手のはずなのに、湧き出る魔物は止まりません。次第にミュラー様の元へと迫り、遂には巫女の私の出番となるはずでした。
しかし、私に与えられた役目は違いました。突然のミュラー様の啓示は、私だけが地上へと戻り、エルフ族との大地の盟約を遂行せよというのです。
エルフに助けを求めるなんて、あり得ません。ましてや、過去に一度だけ会ったことのあるイスイのエルフの巫女は、低俗で私の感性とは全く合わない。確か名はディード。それを、こちらから会いに行けとは……。
しかし、ミュラー様は本気です。自らの魂の一分が宿った太古の石の欠片と、さらなる加護を私に与えたのです。後はミュラー様の導く先が、低俗なディードてないことを祈るしかありません。
一旦開き直れば、久しぶりの陽の光を楽しもうとさえ思いました。しかし、地上は黒い靄に覆われ、陽の光なんて届かない暗闇。それどころか、幾つもの魔物の気配がします。
そして、今私は暗闇の中にいます……。
私に襲いかかってきたのは、双頭のバーゲスト。異形種であっても獣型の魔物ならば、狐人族の私が負けるはずがありません。
例え私よりも速く動けたとしても、知性が劣り本能でしか行動出来なければ、動きは手に取るように分かります。
「どうしてですの!」
しかし、幾ら殴ろうが蹴ろうが、双頭のバーゲストは立ち上がってくるではないですか。確かに、頭蓋骨は蹴りの一撃で砕けたはず。それなのに、紅い瞳の輝きは失われないなんて。
それに私のスタミナは消費する一方なのに、双頭のバーゲストの動きは変わらないなんて。これって、ジリ貧というやつではないですか。
こうなれば不本意ですが、ミュラー様が与えてくれて加護を使うしかありません。
「大地の精霊ミュラー様。忠実な下部にして、精霊の巫女たるリオンに、忌まわしきバーゲストを打ち砕く為の力を与えてたまえ」
ミュラー様に願ったのは、バーゲストを粉砕する鎚。目の前にボヤッと現れた鎚を手に取ると、次第に重みが増して行きます。
膂力のある獣人族でも、簡単に持ち上げることは不可能。しかし、私は精霊の加護により強化された巫女。ミュラー様の与えてくださった鎚が、使えないわけがありません。
「えっ、そんな馬鹿な。持ち上げることが出来ないなんて」
もしかして、私は思った以上に疲労が蓄積しているのかもしれない。それならば……。
「大地の精霊ミュラー様。忠実な下部にして、精霊の巫女たるリオンに、忌まわしきバーゲストの牙から守る力を、一時与えたまえ」
今度は私の体が光に包まれると、徐々に重みがのし掛かってきます。それは、体全体を覆う重装鎧。確かに、バーゲストの牙からは守ってはくれます。でも一切の隙間は無く、視界さえもありません。それに鎚以上に重く、これでは身動き一つ取れないではないですか。これが、生死を掛けた戦いというものなのでしょうか。
今、私は暗闇の中に居ます。




