第14話 予想だにしない展開
地面に縫いつけられた双頭の間に飛び込み、首もとへと短剣を思いっきり突き刺すが、針金のようなバーゲストの体毛は、キンッという甲高い音と共にボクの短剣を弾く。
「それは、分かってるよ」
両手で柄を握り直すと、今後はグッと押し当てるように力を込める。少しずつ捻りながら体毛を抉じ開け、皮膚にまで到達すればその証として、バーゲストの血が滲み出てくる。
しかし、短剣からはパキンッと小さな音が聞こえる。今まで刃こぼれ一つしたことのない短剣だが、恐らく切っ先は欠けている。それでも、今さら力を緩めることなんて出来ない。抉じ開けた隙間をさらに広げる為に、力任せに短剣を押し込む。
少しずつ短剣が食い込み、剣身の半ばまでくる。しかし、パキッと剣身にヒビの入る音が聞こえてくる。異形のバーゲストを相手にしたせいなのか、それとも今までのダメージの蓄積なのかは分からない。ただ、もう父親の形見の短剣は使い物にならないだろう。
「頼む、最後まで持ち堪えてくれ!」
これが最後と短剣に体を預けると、急に感触が軽くなる。
パキーーンッと、森の中に響く音。持ち慣れた重みや感触は消え去り、柄よりも先は折れたのではなく粉々に砕け散っている。
「どうだ、やったか?」
それでも剣身の全てとまではいかないが、鍔の近くまで押し込んだ感触はあった。短剣が魔石に届いているならば、クオンの影縛りの効果は切れバーゲストの体は崩れ落ちるはず。
だが、バーゲストの尾は不自然な位置のままで、まだ生きていることを教えてくれる。
「まさか、魔石に届いていないなんて」
誰に向けて話したわけでもない。ぼっちだったボクの、不安な気持ちを誤魔化す為の独り言。
「ご主人様、大丈夫ですわ」
しかし、急に後ろから声がすると、背中には柔らかな感触がする。そして、ボクの短剣の柄を持つ両手に、そっと添えられる狐人の手。
「大地の精霊ミュラー様。精霊の巫女リオンの願いを聞き届けたまえ。我が主人に御加護を!」
ドクンッと、柄が脈動する。柄と鍔しか残っていないはずの短剣に、いつもの感触と重みが戻ってくる。砕け散ったはずの剣身が再び姿を現し、バーゲストの体へと食い込んでゆく。
今度こそ止めを刺そうと柄を握り直すが、そこで短剣の変化は終わらない。もうボクの知っている短剣の重みを越え、バーゲストの体の中へと剣身は伸び続けている。
パキンッという感触が伝わってくるが、それは短剣が折れたのではなく、魔石を貫いた音。バーゲストの体は崩れ落ち、滅紫の光に包まれる。滅びの魔法と同じ光に、慌てて短剣を引き抜く。
「倒したのか」
滅紫の光が消えると、そこには複数の上位種のバーゲストが横たわっている。ディードが“造り物”といった理由は、きっとこれの事だったのだろう。幾つもの上位種を合成して作られた異形種。全てのバーゲストの瞳からは紅い輝きは失われ、すでに事切れている。
胸騒ぎはしないし、危険はない。それどころか、鼓動がの高鳴る。その原因は、左腕の幸せ触感。
「はい、全てご主人様のお力ですわ」
「えっ、ご主人様って、だっ、誰のことだよ。それに君は何者なんだ!」
大地の精霊ミュラーの巫女リオンと名乗りを上げていたか、ボクはそう聞かずにはいられない。
「ゴセキの山の尻軽巫女リオン。巫女史上、最大の汚点の1つよ」
そしてボクの疑問に、ディードが新しい答えを提示する。いつも飄々とし人を食ったような話し方をするのに、今は珍しく眉間に皺を寄せ嫌悪感を露にしている。
「あら、言ってくれますわね。イスイのエロフ巫女。貴女には、この良さは分かりませんのよ」
そう言って、リオンはモフモフの尻尾をボクに擦り付けてくる。
「やめんか、妖狐め。ルクールに、勝手に触るでない。穢れが移ってしまう」
「ミュラー様が宿られたのです。わたくしが、側でお仕えするは至極当然のこと。何か問題がありまして?」
非常にマズい雰囲気が漂っている。だけど、ボクの胸騒ぎスキルは全く反応してくれない。
ただ唖然として傍観しているボクに、2人の視線が突き刺さる。逃げようにも、ボクの腕は幸せ触感と共にがっちりと捕まれている。獣人族は、華奢に見えて力は半端ないと言っていた意味が良く分かる。
前門のエロフ、後門の妖狐。これならば、双頭のバーゲストと向き合っていた方がマシだとさえ感じる。
「ちょっと、待って。何がどうなってるんだ?ボクにも分かるように説明してよ」
「ルクールだけには関わらせたくないと思っておったが、どうしても聞きたいというのであれば仕方あるまい。流石は、妾が見込んだだけの男ではあるがな」
「ちょっと、待っ……」
「大地の盟約。全てはそこから始まる」
エルフ達が移り住む前のイスイの森は、幾つもの凶暴な獣達が棲み、人が入ることを拒んでいた。獣達も森の中では弱肉強食で、常に生存競争が繰り広げられ、安寧の地としては程遠い。魔物に追われたエルフが、簡単にイスイの森に入れるような甘い世界ではなかった。
そこに手を差し伸べたのが、ゴセキの山の獣人族。獣人族が信仰し、守護しているのは大地の精霊ミュラーだが、イスイの森は安全を担保する上で必要な森でもある。しかし、大地の精霊ミュラーを守護する獣人族は、精霊ユーリシアの力を最大限に発揮することは出来ない。
そこに都合良く現れたのが、魔物に追われたエルフ族。安寧の地を求めるエルフ族と、精霊ユーリシアの力を最大限に利用したい獣人族。
そして、エルフ族と獣人族の間に盟約が結ばれた。
獣人族は獣達をゴセキの山へと連れ去り、エルフ族がイスイの森で精霊ユーリシアを守護する。決して違えてはならない盟約。
「そして、これが盟約の最後。ゴセキの獣人族の為に、イスイの森のエルフ族は全てを擲ってでも駆けつけなければならない。例えそれが、尻軽妖狐であっもな」
「でも、ディードはイスイのエルフじゃないだろ。そんな必要はないばす」
「それが精霊の巫女となった者の宿命よ」




