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第13話 迷い

 黒柄の短剣を手にして、そっとバーゲストに近付く。


 ボクの父の形見である黒柄の短剣が、ボクの最強の攻撃手段。森の中を逃げて、罠に誘い込むのがボクの戦い方なのだから、ボクが武器に求めるのは2つ。

 走り回っても負担にならない軽さと、森の木々や茂みの中をすり抜けても邪魔にならない大きさ。それは殺傷能力とは、相反する性能かもしれない。


 せめてショートソードくらい準備しておくんだったと後悔するが、時既に遅し。それに金銭的余裕は無かったことを思い出すと、少しだけ情けなくなる。どんなに格好いい理由を並べても、実際は乱暴に扱っても刃こぼれ一つしない短剣だからこそ使い続けていた。



「一撃で仕留めないと」


 覚悟を決めて、短剣の黒柄を両手で握りしめる。切ることよりも突き刺すほうが、技量のないボクにでも出来る。ボクの決意を感じ取ったのか、バーゲストが睨み付けてくる。視線が動くとこを隠すための大きな瞳のはずだが、痛いくらいに視線を感じる。


「脳天を貫かれてるのに、ボクが見えるなんて化け物だよな」


 その言葉に反応して、バーゲストは大きく尾を振るう。下位種であろうが異形のバーゲストであろうが、牙と爪が武器となるのは同じ。

 そして、忘れてはいけない武器が、強靭で長い尾による攻撃。まともに当たれば、骨なんて簡単に砕けてしまう。また、モフモフ感は皆無の針金のような固い毛は、触れたものを抉りとる。下位種であっても凶暴なのだから、異形となれば尚更で、威力は桁違いだろう。


 さらに近付けば、体をくねらせてボクに尾を向けてくる。脳天から血が溢れ出すが、体は力強く動いている。さっきは無視されたけど、今は脅威を感じている。そう思えれば、少しは可能性があると自身に言い聞かせる。


 ゆっくりと双頭のバーゲストの周りを歩きながら、胸騒ぎを感じる。安全な場所なんてあるわけがないが、少しでもマシだなと感じる場所に魔石があるはず。


「尻尾じゃないだけイイとするか……」


 2頭の首の根本でもあり、2股となる場所。その奥に、バーゲストの魔石がある。だが、それにはバーゲストの真正面から飛び込むしか方法がない。


 難しく考える必要なんてない。相手が下位種であろうが異形であろうが、ボクが出来ることは1つしかない。ラドルがボクの影を操り、クオンがバーゲストの影を縛って動きを止める。そして、ボクが全力を込めた一撃を入れる。それしか術はないんだ。だけど、頭を貫かれても尚動き続けるバーゲストの異様な光景に、ボクはなかなか踏ん切りがつかない。


「はぁーーっ」


 その時、ディードの吐息が漏れる。恍惚とした表情からは読み取り難いが、想像以上にディードの負担は大きく、拘束出来る時間は長くない。


 焦って踏み出してしまった、中途半端な一歩。動きだした瞬間に、大きくなる胸騒ぎ。今ここで動いてはいけないと、胸騒ぎが警告してくる。でも一旦動きだした体は、直ぐに止まらない。


「ヤバいっ」


 ボクの小さな呟きとともに、周囲は光に包まれた。




 ラドルの光とは違う。アージさんように暖かい光だが、それとも少し違う。ボクは立っているのか、宙に浮いているのかさえ分からない、不思議な空間にいる。でも不安はなく、ボクの焦る気持ちを落ち着かせて、疲れた身体を癒してくれる。そんな優しい光の空間。それは夢なのか、それとも……。


 少し戸惑っていると、何が起こったのか全てが見えてくる。いや、正確には頭の中に直接光景が映し出される。


 バーゲストの放った尾の一撃は、ボクを狙っていなかった。狙っていたのは、ボクの影の中のクオン。影縛りさえ封じてしまえば、ボクに勝ち目がない。それを、バーゲストは分かっている。

 クオンはボクの影から出た瞬間に、バーゲストの長い尾で吹き飛ばされ、それを見てボクは立ち尽くすしかなかった。ラドルがボクの盾となり身を挺するが、何も出来ないままに、双頭のバーゲストの虐殺が始まる。


 ボクの中途半端な行動は、最悪の結果を招いた。ボクが死ぬだけじゃないんだ。精霊達を傷付け、愛する人も守れない。その現実を見せられて、ただただ情けなくて、虚しくて、悔しい。


「ルクールらしくないわ。しっかりしなさい」


 どこからかともなく声が聞こえる。辺りを見回しても、光の中では何も見えない。


「皆待っていますよ。さあ、行きなさい」


「誰、誰なんだ?今さらボクに何が出来るんだ」


 ボクの問いかけには何も答えてはくれない。次第に光は薄れると、再びボクの目の前に双頭のバーゲストが現れる。

 地面には尾によって抉り取られた傷跡があり、今まさに飛び散った土が、礫となってボクに襲いかかっくる。慌てて両手を交差させて顔をガードするが、全く間に合わない。ハッキリとした痛みが伝わり、間違いなくここは現実の世界だと教えてくれる。


 しかし、ボクの頭の中で繰り広げられた光景と全く同じならば、これから最悪の現実が待っている。


「クオン……。えっ、影がない」


 クオンを助けなければと思ったが、ボクの影がどこにもない。ボクを包んだ光が、影を消してくれている。もちろん影がなければ、クオンは出てこれない。

 そして、再び現れるボクの影。一緒に見えたが大きく違う現実に、戸惑っている暇なんてない。大きく踏み出す一歩をに、もう一切の迷いはない。


 ボクが迷ってどうするんだ。皆がボクを信じてくれるなら、ボクも信じるんだ。もっともっと、胸騒ぎを感じて、胸騒ぎを信じろ。


「クオン、行くぞ」


 ボクの影から姿を見せたクオンは、傷一つないどころか、先より一回り大きくなっている。難なくバーゲストの顔の前に立つと、影を傷付けて動きを止める。

 空振りしたバーゲストの尾は、再びボク達を凪払おうしたが、途中で不自然に動きを止めている。


 後はボクが、バーゲストの魔石を砕くだけ。再びバーゲストの尾が動き出す前に!


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