第12話 双頭のバーゲストとの戦い
「なんで、三角ビキニなんだよ!」
滅紫の光から飛び出してきた人影は、ボクの想像と全く違っている。双頭のバーゲストの牙に耐えた鎧でも、滅びの魔法を防ぎきることが出来なかった。
辛うじて破滅の光の中から抜け出すことは出来たが、チリチリと火花を散らし、滅びの魔法からは逃れれない。ただ、こちらへと向かってくる足取りはしっかりとしているが、一歩進む毎に鎧は崩れ落ちる。そこに爆風が重なれば、纏っていた鎧は一瞬で消え去る。
鎧姿とは全くかけ離れた、最小限を隠すだけの姿に、ボクは混乱するしかない。
「見っけぇーーーっ」
さらに、ビキニ姿の女が大声で叫ぶ。それが、ボクの混乱に拍車をかける。爆風に吹き飛ばされているのでなく、爆風をも利用し、ボクを目掛けて加速度的な勢いで迫ってくる。緊迫感のある声だが、助けを求めている感じはない。
それに、爆風の中を進んでくるビキニ姿の女の対処法なんて教科書にも載ってないし、こんな経験は誰もしたことがないはず。迫りくるビキニが、ボクにとって敵か味方なのかさえ分からないのに。
答えなんて出せるわけがない。それなのに、ボクの両手は勝手に開き、ビキニを受け止める準備をしてしまう。いや、これはボクの意思じゃなく、胸騒ぎの仕業だ。
「えっ、消えた?」
ハッキリと捉えていたビキニ姿がボクの視界から消えると、その代わりに衝撃が襲いかかってくる。多分、体当たりされたのだ思う。でも、衝撃はそれほど大きくなく、フワリと宙を舞った感覚さえある。
そして、何よりも柔らかな感触が伝わってくる。その感触がボクの思考の全てを占領し、気付けばボクは空を見上げていた。
周囲の木々は、破滅の魔法によって塵となって消滅している。消えたのは、それだけでなく周りを取り囲んでいた下位種のバーゲストも一緒で、胸騒ぎは危険を教えてくれない。
いや、ギュッと抱き締められる柔らかな感触。胸の高鳴りが、ボクの胸騒ぎを凌駕しているのかもしれない。ボクも抱き締め返すと、少し心が落ち着く気がした。
「いつまで、イチャついておる。ラドルが“アージ”に報告するぞ。どうせなら、後で妾も混ざってやろう」
ラドルが明滅し、ディードの言葉を肯定すると、ボクの混乱し止まっていた思考が、急激に動き出す。アージさんの顔を思い出すだけで、ボクの煩悩が恐怖によって粉々に打ち砕かれ、理性を取り戻させる。
まず、ボクの腕にはモフモフの感触。横にある頭を見れば、ピンと立ったケモ耳がある。
「獣人族」
「ゴセキの狐人族よ。それよりも優先することがあろうが、相変わらずのど阿呆種族が」
ディードは狐人族のことを知っている。しかし今は戦いの最中で、優先すべきは双頭のハーベスト。粉々打ち砕かれても、尚残った未練をボクは振り払い、なくなく抱しめていた腕を離す。しかし、ボクが強く抱き締められているのだから、事態は何も変わらない。
両手をつき体を起こせば、舞い散る塵の中から双頭のバーゲストがゆっくりと歩いてくる姿が見える。
一気に距離は詰めてこずに、大きく肩で息をしている。異形の魔物であっても、流石に破滅の魔法の負荷は大きく、魔力や体力が激しく消耗している。
「離れろ、今ならバーゲストから逃げれるかもしれない」
「ご主人様。離さない」
「ちょっも待て、何言ってる。ご主人様ってのも何なんだよ」
「後で妾も混ざってやる。そこで大人しく、待っておれ」
バーゲストの口が再び開き、滅紫の光が漏れ始めている。先の魔法よりは、開かれた口も小さく光も弱い。しかし、それは規模だけの問題で、ボクが少しでも触れれば消滅してしまうのは同じ。
狐人を離そうと両肩を掴めば、素肌に触れてしまい、それがボクに余計に獣人族の体を意識させてしまう。
ボクの理性よ、仕事をしろ!
思いきって体を回転させると、狐人を地面に押し付けて体を起こす。ボクは狐人の女の子に馬乗りの体勢となり、女の子は目を閉じる。いや、意識を失っている。
再度、心の中で叫ぶ。ボクの胸騒ぎ、状況を教えろ!
しかし、ボクの胸騒ぎは収まってゆく。バーゲストの口からは、破滅の魔法が放たれようとしていたはず。しかし、右のバーゲストの口は閉ざされ、滅紫の光は消えている。
「黒龍の鞭、ディードか!」
良く見れば、バーゲストの頭は地面から付き出した鞭によって、顎から脳天を貫かれている。
「まだよ、ここからが妾の腕の見せ所」
バーゲストの脳天を貫いた鞭は、まだまだ長く伸びると今度は向きを変える。そして狙うのは、まだ魔法を口に蓄えている左の頭。逃げようと思っても、右の頭を鞭で貫かれているのだから、自由に動くことは出来ない。少し首をくねらせる程度の抵抗しか出来ず、黒龍の鞭が左の頭を脳天から顎へとかけて貫く。
「どうだ、妾の力は。裁縫も得意での、良き伴侶となるぞ」
「それは……違うだろ」
御伽噺の世界だと思っていた異形種が、ディードの鞭で双頭を貫かれ、地面へと縫い付けられている。炎の精霊魔法を使わずとも、イスイの町でギルドマスターを務めるだけの力がディードにはある。
「さあ、ルクール。止めを刺せ!」
「えっ、何で?もう倒したんじゃ?」
「造り物の異形種。力は弱いが、生命力は強いのが厄介でな」
バーゲストを見れば、脳天を貫かれたにも関わらず、魔物特有の紅い瞳は輝き、こちらを睨み付けている。
「何でボクが止めを?」
「妾は動きを止めている。これ以上は出来ん。魔石を破壊するだけの簡単な仕事よ」
「でも、止めなんてどうやって?それに、どこにあるんだよ魔石なんて」
「そんなもん、知るわけがなかろう。でも、ルクールなら出来る。大丈夫、妾の女の勘を信用しろ」
そんな事を言われても……。それに、ボクには短剣と短刀しかなく、上位種でさえやっとなのに。
「ほれ、大人しくしろ」
双頭のバーゲストは、地面に縫い付けられているにも関わらず、体がジタバタと暴れだす。脳天から血が吹き出ようがお構い無しで、それを押さえつける為に黒龍の鞭に魔力を流せば、ディードの顔はさらに恍惚とした表情になり吐息が漏れる。
決して口には出さないが、ディードも余裕ではない。無駄にしてもいい時間はなく、ここに居るのはボクだけ。
幾ら時間をかけても、答えは変わらない。ボクにあるのは、この短剣と胸騒ぎだけだ。覚悟を決めて、短剣の柄に手をかける。




