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第10話 異形種

 ゴセキの山に近付く程に、バーゲストとの遭遇は多くなる。ボクと精霊の連携を高める意味もあり、最初こそバーゲストを倒しながら進んでいた。それに少しでも多くのバーゲストを倒せば、イスイの村の負担が軽くなる。しかし、ここまで多くなるとキリがない。


「はぁー、飽きてきた。もう放っておくぞ。暇潰しにもならん」


 ボクが思っていても絶対に言えなかったことを、ディードはさらっと言ってしまう。ボクならまだしも、ディードは元ギルドマスター。言って良いこと、悪いことがある。


「そんなこと言って大丈夫なのか?まあ、誰も聞いてはないけど」


「あら、目的はゴセキの山を調査よ。バーゲストを無視しても、妾にはなんの咎めもない。それに、朝は近いぞ」


 日が昇れば、森の中といえども光が射し込む。夜だからこそ、ラドルがボクの影を自由に操り、クオンの能力が最大限に発揮出来る。だが朝になれば、思い通りにはならない。


「そうだな、進むことを優先するか」


 ディードは何も言わず頷き、ボクはゴセキの山だけを目指して再び駆ける。ボクはラドルの加護で敏捷性が上がっている。それに余裕でついてくるのだから、ディードにも精霊の加護があるはずだが、まだ全ては明かしてくれない。


「んっ……」


 暫く走ると、胸騒ぎが大きくなりだす。明らかに、今までの下位のバーゲストとは異なる感覚に、思わず立ち止まる。


「どうした、ルクール?」


「上位種かもしれない」


 ボクは少し息切れしているのに、ディードは全く変わらず平然としている。鞭を持った時の艶かしさが消えてくれたのにはホッとしたが、最初に見たビスチェ姿の印象が強く、普段でもボクには色香を強く感じてしまう。


「どうした、ルクール。妾に見惚れたか?」


 ボクは、ジト目でディードを見るしかない。


「そうか同じパーティーなのだ。遠慮する必要はないぞ。何でも好き言っも良い」


 本当は“そんなわけ、ねーだろ!”と言い返したい。でもニタニタと笑うディードは、当然の如くボクの考えを見透かしているし、上手く弄ばれている。やはり、長く黒龍の鞭を持たせて、よりディードの本性が強く出てしまうのは、ボクにとってイロイロと危険だ。


「これは、放置出来ない」


 上位種が出てくれば、一気に状況が変わる。ボクよりも動きは素早いし、それに単体じゃない。数体の下位種を引き連れ、群となれば脅威度は大きく跳ね上がる。


「ほう、珍しいな」


 いつもなら迷うボクが即決し、ラドルにハンドサインを送り、進むルートを少し変える。ディードも少し驚いているが、他には何も言わずに駆け出す。


 暫く走ると、誰にでも分かる明らかな反応がある。森の中に、響き渡る音。それは、間違いなく戦いの音。木々が激しく揺れ動き、バーゲスト達の咆哮が次々と木霊する。


「不味いな、仲間を呼んでる」


 立ち止まり、周囲に意識を集中する。どの方向に意識を向けても、胸騒ぎは大きくしかならず、落ち着く場所なんてない。1つの咆哮が、さらなる咆哮を産み、それが次々と連鎖してゆく。


「どんどん集まってる。もう幾重にも囲まれて、逃げ場所なんてない」


「さて、どうするかの?」


 命懸けの戦いの中で、消去法でしか意思決定出来ないのは愚かだ。しかし、この状況下にあっても村に戻ってはならないと、ボクの胸騒ぎが言ってくる。そして、一番胸騒ぎの小さくなる場所は……。やはり、このバーゲスト達の咆哮が始まった、上位種のいる場所。


「行くしかないだろ。それが一番マシなんだから」


 ディードは何も言わず、笑みを浮かべて了承の意を示してくる。ボクの胸騒ぎだけじゃない。ディードの女の勘も一緒なのだ。だから、ディードはボクをパートナーとして指名した。


 一度決めれば、迷わず進む。時間が経てば経つほどに、状況は悪くしかならない。今は、忍び寄ることなんて意味がない。

 さらに、宙を進むラドルの光が変化する。青から黄、黄から赤となる変化。それが意味するのは、ボクがまだ見たことのない上位種であり、危険を知らせる合図。嫌な予感は、予定通りに現実となる。


 最初に見えてきたのは、いつもと変わらない下位種のバーゲスト達の後ろ姿。それ以外に、まだ上位種が居る。


「うおぉぉぉーーーーっ!」


 折角背後を取れたのだから、このまま先手を取るのが最善なのに、自然と雄叫びが込み上げてくる。バーゲストを威嚇するためでもなく、萎縮したボクの体を動かすためでもない。ボクに注目を集めるための雄叫び。


 ボクの意図した通りに、バーゲスト達が振り返る。だが、ボクの存在に気付いた時には、一番近くのバーゲストの動きはクオンが止めている。バーゲストを完全に仕留める必要はなく、首筋に致命傷を与えて、一気に抜き去る。


 そして、想像以上に最悪な状況が待っていた。


 目の前には、全身を真っ赤な血に染め、鎚を支えにしてしか立てない戦士の姿。そして奥に見えるのが、双頭のバーゲスト。


「異形種……」


 昨日遭遇した上位種なんて、比較にならない。御伽噺でしか聞いたことのない、最上位種のバーゲスト。戦士に襲いかかろうとしていたが、邪魔者が現れたことで動きを止める。双頭のバーゲストの片方の視線がボクを捉え、ボクの胸騒ぎも最高潮に達する。


 胸騒ぎを信じた、自分が腹立たしい。これより、最悪なことって何があるんだ!


 だがバーゲストは、ボクから戦士へと視線を戻す。ボクが品定めされたのは一瞬で、脅威にならない存在と判断された。悔しいが、異形のバーゲストにボクが勝てるはずもないのは、ボクが一番分かっている。


 だが、自然と短剣の束に手が伸びている。


「妾に任せておけ」


「ああ、分かってるって。心配しなくても、ボクの足は動いてくれない」


 ボクが出来ることは、1つしかない。襲いかかるバーゲストの邪魔することだけ。目の前の戦士を助けてやることなんて無理なのは分かってる。


「逃げろーっ!」


 戦士に向かって叫ぶと同時に、短剣を抜き真上へと翳す。少しでもボクの影が双頭のバーゲストに届くようにと! それに呼応し、ラドルが双頭のバーゲストに向かって、ボクの影を伸ばす。

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