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ジェラルド伯爵 

 会場に戻って座れるソファーを探してると、ラベナが寄って来た。

 軽く眉を上げて私を睨む。


「急にいなくならないでくれよ。探しただろ」

「いい所に来た。どこか座れるとこない?」

「殿下……具合悪いのか?」

「少し熱があるの」


 さすが元お側付き、彼はすぐ周りを見回して、空いてるソファーに殿下を座らせてくれた。


「私、飲み物を取ってくる。ラベナは側にいてね?」

「ああ」


 殿下は少し拗ねた顔で私たちを見る。


「だいぶ楽になった。そんなに大げさにしないでくれよ」

「分かってます。でも、風邪はかかり始めが大事なの。大人しくしてて」


 私が給仕の人に冷たい水を頼んでると、王妃殿下が寄って来た。


「マローさん」

「王妃殿下様」


 私は慌てて膝を折る。

 彼女は私の腕を取って立たせると、微笑んで声を落として聞いた。


「もしかして、ルーガは体調が悪い?」

「少し熱があるようです」

「……そうなの」


 心配そうに殿下へ視線を送る王妃殿下に、私はなるべく明るい声で伝えた。


「熱といっても微熱のようですし、会場も暑いですから。部屋に戻ってお休みになられれば、すぐ元気になられると思います」


 彼女は小さく頷いて、そっと私の手に触れた。


「あの子は、こういった催しに最後まで参加できた事はないのよ。だから、驚いてるくらい。ずいぶん体力がついたのね。体も大きくなってるし。全部、あなたのお陰ね、マローさん」


 私を励ますように微笑んでくれる。

 お守役の私を気遣ってくれてるんだよね。

 殿下の体調管理は私の仕事なんだから。


「いいえ。王太子殿下が偉いんです。お食事も頑張って食べてますし、体もよく動かしてます」


 王妃殿下はクスッと笑った。

 ——?


「あなたが居るからよ」


 彼女の側付きの女性が、軽く王妃に目配せする。

 国王に呼ばれてるようだ。

 妃殿下は私の腕に軽く触れて微笑み、小さく首を傾げた。


「ルーガを頼みますね」

「はい」


 両陛下は会場に居る間も、立ちっぱなしでホスト役をこなしてる。パーティーが始まる前には、王太子と少し話していたけど、今も忙しそうだ。もっとふんぞり返って椅子に座ってるもんだと思ってたけど、国のトップっていうのも大変なのね。


 お水をもらって殿下の所に戻ろうとしたら、麗人のジェラルド伯爵に声をかけられた。なんで急いでる時に限って、キラキラしい人達にばかり声をかけられるかな。


「君、王太子は体調が悪いのかい?」

「……え? いえ。少し会場が暑かったようです」


 彼はふいっと私の耳に顔を寄せた。


「治癒魔法を使ったろう? マロー」


 ゾワっと首筋が泡立った。

 私が睨むと、彼はニコッと笑った。


「君が魔法を使ったのが分かったよ。僕にまで分かるような強い魔法を発動させるなんて、さすがは大魔女リリサの孫だね」

「……すみません、伯爵様。急いでますので」

「大丈夫だよ。彼には近衛兵がついてる。ところで、マロー。君は体に痣がないかい?」


 そう言った伯爵様は、そっと私の顎に触れた。

 淡い緑の目が、獲物を見つけた肉食獣のように瞳孔を広げる。


 ——怖い。


 ゾワワッって。

 全身に悪寒が走り抜けた。


「そんなのありません。本当に、失礼させて——」


 伯爵は、私の腕を掴んで嗤った。


「リリサには、幼い頃に世話になった。今度、私の滞在している屋敷に来なさい。君の祖母の話をしようじゃないか」


 声が二重、三重に聞こえて、頭がボンヤリしてくる。


 ——朝に太陽が昇り、夜に月が輝くように。


 ハッキリと、お婆ちゃんの声が聞こえて、私はハッと伯爵を見た。彼は少し眉を寄せて、困惑の表情になる。まったく、美形ってのには困ったものだ。そんな顔にさえ色香が漂うんだから。


「失礼します」


 足早に殿下の側に戻って、彼の手に水を渡し、少しホッとする。

 なんなの、あの男は——。


「マロー。ジェラルド伯爵に捕まってたな?」


 殿下は水を少し飲んで、私を上目遣いに伺った。

 殿下の後ろに立ってるラベナも私の顔を見る。


「祖母の知り合いだって。滞在中に尋ねておいでって——祖母の話をしようって言ってた」


 ラベナが嫌そうな顔で軽く鼻を鳴らした。


「マロー。そういのは、男が女を口説く時の常套句だ。身内と知り合いだって臭わせて、警戒心を緩めるんだからな。だいたい、クーネル王国の近隣に住んでて、大魔女リリサを知らない奴の方が少ないんだし」


 私は鼻息荒いラベナに少し呆れて、殿下の額に手を伸ばす。


「熱はどうですか? ああ、まだ大丈夫かな」


 殿下は無言で私の手を払った。


「バカ。そういうの、やめろよ。周りの奴が熱があるんだなって思うだろ」

「あ、ごめん」

「——で、行くのか?」

「どこへ?」


 殿下は少し目を泳がせる。


「……伯爵の屋敷」

「まさか。私は殿下の側付きだし、そんな暇ないし」

「ふぅん」


 楽団の奏でる音楽が変わって、少しスローでムーディーな曲が始まった。

 ラベナが私の肩をポンッと叩く。


「ここからは大人の時間だ。殿下を部屋に戻せる」

「良かった。じゃあ、戻りましょうか」


 私が殿下に手を差し出すと、それを無視して立ち上がり、グラスを渡して来た。


「王と王妃に戻るって言って来る」


 なんだか、機嫌悪いのかな。

 グラスを近くのテーブルへ置くと、ラベナが私に小さく言った。


「結局、マローと一曲も踊れなかったな」

「私もラベナも仕事だし」

「けど、一曲くらい踊りたかった。せっかく君が綺麗なドレス着てるんだし」

「この為だけに作ったんだよね。もったいない」


 私がドレスを引っ張ると、ラベナが微笑む。


「なら、また着なよ。すごく似合ってて、綺麗だ」

「さっき褒めたお返し?」

「いや——本当に、似合うよ」


 ……嫌だな。

 そんな優しい顔されると、ラベナなのに少し嬉しいじゃない。


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